「じゃーん! 試作品53号だよ!
今回は改良に改良を重ねたからね。桂馬も気に入るはずだよ!」
「ふむ……」
スミレの試作品を味見しながらも大将の説得方法を考える。
こうやって美味いラーメンを作っても説得の役には立たないんだよな。むしろ逆効果になりかねな……
「ってアレ? 美味いぞ」
「え、ホント!?」
「まだまだ甘すぎるが、最初の方に比べれば格段に良くなってる」
甘味ラーメンなんて有り得ないと思ってた……いや、今も割と思ってるが、頑張れば良くなるもんなんだな。
流石はラーメン屋の娘という事だろうか?
「このラーメンがあれば父さんに勝てるかな!?」
「……あくまで僕の意見だが、親父さんのラーメンの方が美味いな。
だが、甘い物が好きな客なら勝てる可能性はあるって所だな」
「う~ん……場合によっては勝てるかもしれない事に喜べば良いのか、それてともまだまだ追いついてない事に嘆けば良いのか」
「今は素直に喜んで良いんじゃないか? 上達している事だけは間違い無いんだから」
「……それもそうだね。ありがと、桂馬」
僕としては素直に喜べないがな。
あの頑固な大将を説得させる事ができないラーメンに価値は無い。
「ん? って言うかお前、僕の事をトンコツって言わなくなったな」
「え!? 私さっき何て言ってたっけ?」
「下の名前で呼んでたぞ」
「そ、そんなわけ無いじゃん! けい……コツ!」
「鳥の骨になったな。まあ僕がそっちを『スミレ』って呼べばおあいこだからそれでいいや。
よろしくなスミレ」
「な、何言ってるのよ!! 私、桂馬の事なんて名前で呼んでないわよ!」
「今呼んだじゃないか」
「うっ、うぅぅぅぅ……」
スミレは分かりやすく顔を赤くして涙目でこちらを睨んでる。
ああ、ちょっと忘れてた。これって攻略だったな。無意識にやってたわ。
「あ、あの、桂馬?」
「どうしたスミレ」
「あの、えっとさ……桂馬ってどんなラーメンが好き?
もし父さんに勝てたら、桂馬の好きなラーメン、作ってあげてもいいかなって。
あっ、別にラーメンじゃなくても……いや、何でもない」
普通の攻略だったら後はもうエンディング一直線なんだがな。
しっかし、好きなラーメンと言われても大将のラーメンとしか答えられんぞ。そんな事を言ったらせっかくここまで上げた好感度が大きく下がって……
……ん? 待てよ? これなら行ける、か?
「なあスミレ、ちょっと頼みたい事が……」
と、僕が声を掛けた時だった。
突然ガチャリという音がしてドアが開いた。
現れたのは勿論……
「……お前ら、まだそんな下らない事をやってんのか」
大将ことスミレの父親だった。
「お、お父さん、丁度いい所に!
このラーメン、食べてください!」
スミレが突きつけたのは先ほど僕が試食したラーメンだ。
まだまだ荒削りだが場合によっては勝てるかもしれないラーメン。
だが……
バシャン
大将は一口も食べることなく丼を叩き落とした。
「下らねぇ事は、止めろ」
それだけを一方的に言い放って、再び下の店の方に戻って行った。
「……どうして、どうして分かってくれないの?
私はこの店の……父さんの力になりたいのに!」
不器用で、そして馬鹿な親子だな。
だが、エンディングは見えた。あと一つだけピースを埋める。それだけで完成だ。
PFPのメーラーを起動しながら泣き崩れているスミレに声を掛ける。
「スミレ、ちょっと作ってほしいものがあるんだ。今すぐに」
「……うぇ?」
十数分後、僕は一つの丼を持って店に入った。
片付けを終えた大将は酒瓶を片手にカウンター席に座っていた。これから飲む所なのか、既にある程度飲んだのか、まあどちらであってもやることは変わらないが。
「大将、突然で申し訳ありませんが、僕は今日でこの店を辞めます」
「……そうか。ま、無理もねぇな。あんな下らねぇ事を見せちまったからな」
「いいえ、僕が辞める理由はそんな事じゃあない」
「あん?」
「僕が店を辞めるのは、今日で僕が必要無くなるからです」
「どういう意味だ?」
「僕はきっと、今日このラーメンをあなたに届ける為にここに来たんです。
受け取って下さい。スミレさんが作ったこのラーメンを」
「何べんも言わせるな。そんな下らない事は……」
「逃げるんですか?」
僕が鋭く放ったその一言は、丼を再び叩き落とそうとした大将の動きを確かに止めていた。
「本気でスミレさんにラーメン屋を継いでほしくないなら、このラーメンを食べて、その上で否定して下さい。
ま、あなたには無理だと思いますけどね」
「……いいだろう。そこまで言うなら食ってやる」
良かった。ここでセリフが間に合わずに叩き落とされてたらもう一度やるハメになってたからな。
インパクトが薄れるから仕切り直しなんてしたくない。
「ったく、どんなラーメンだか知らんが無駄だ。
こんな薄汚いちっぽけな店は俺の代で潰す。
スミレにはこんな店に執着せず、もっと大きな幸せを掴んでもらいてぇんだ」
「そこまで仰るなら堂々とそのラーメンを否定して下さい。
それができれば、きっと大将の願う結果に繋がりますよ」
「ワケの分からねぇ事を……」
その時、ラーメンを覗き込んだ大将が固まった。
ようやく気付いたか。少々酔っていたのか?
「おい、どういう事だコレは」
「おや? 何か問題でも?」
「問題もなにも、これは俺の作ってるラーメンじゃねぇか!!」
「そうですね。一応言っておきますが、厨房から盗み出したわけじゃないですよ」
「んなこたぁ分かってる! さっき完全に片付けたばかりだし、それに何より……」
箸を取ってラーメンを2~3口すすってから続ける。
「具材の処理や煮込み時間、その他諸々が甘い。味が数段落ちてやがる。
だがっ、これは間違いなく俺のラーメンの味だ! あいつには教えてねぇはずなのに、どうして……」
「私も、作れるとは思ってなかったよ」
入って来たのは最初からずっと外で話を聞いていたスミレだ。
後は僕が手を加える必要は無い。
「でも、作れた。きっと子供の頃から食べてるから体に味が染み付いてるんだよ。
父さんの想いは聞いたよ。
でも私には大きな幸せなんて必要ない。
ちっぽけでもいい、ずっとこの店を残して、お父さんと一緒にラーメンを作っていれば、それだけで良いんだよ!」
スミレの訴えを聞いた大将は顔をうつむかせていた。
そして、やがて絞り出すように言葉を紡いだ。
「……バカヤロウが。
親ってのはな、子供が自分と一緒じゃ気が済まないんだよ。
自分が情けないほど、同じじゃダメなんだよ」
「父さんっ!」
大将はゆっくりと立ち上がり、そのまま店の外へとのろのろと歩き出す。
……本当に大丈夫だよな? いや、きっと大丈夫だ。
スミレと一緒に追いかけると、どこから持ってきたのか脚立とペンキを手にしていた。
店の入り口で脚立を立て、ペンキを片手に上る
そして、入り口の上に掲げられている『上本屋』の看板に勢いよく刷毛を振り下ろした。
『上本屋』という名前を塗りつぶすかのような新しく字を書いた大将は満足そうに脚立から降りた。
「でも、俺が言える事はもう何もねぇ。俺の小さなこだわりのあのラーメンを簡単に真似されちゃあな。
この店は、お前に任せたぜ」
『上本屋』というその名の上には『すみれや』と書かれていた。
「俺は少し散歩してくる。店の掃除でもやっとけ」
畳んだ脚立を片手に去っていく大将は、少し誇らしげな、そんな気がした。