もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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07 心の美醜

 もう一度言わせてもらうぞ。マジかこれ。

 

(エルシィ、僕が指示したら巨大化を全部解いてくれ)

(え? いいんですか?)

(構わん。完璧に元通りにしてくれ。できるな?)

(大丈夫ですけど……どうしたんですか? そんなに慌てて)

 

 エルシィがノーテンキな事を言ってくる。

 コイツはさっきまでの僕と月夜とのやりとりを見ていなかったのか? それとも見ていた上で理解してないのか。

 

(現在の状況を説明してやる。

 月夜がまた縮んだ。以上だ)

(え? でもそれは神様が騙しただけですよね?)

(そうじゃない。それとは別に普通に縮んでいた。

 おそらくは揺さぶりをかけたせいで駆け魂の力が増したんだ)

「えっ、えええええっっっ!? それって大変じゃないですか!!」

「声が大きい!! 静かにしろ!!」

 

 こんな事になるなんて僕も思ってなかったよ。

 そういうわけなんで月夜が寝たら……いや、ドールハウスに居る最中なら僕の仕掛けは解除していい。その方が程よく安心させられるだろう。

 

(って言うかお前、気付かなかったのか?)

(いや~、周りの物が大きくなってるんで全然気付かなかったです。

 神様はよくお気付きになられましたね)

(僕の大きさは変わってないからな)

 

 確かに周りが大きくなってたせいで若干分かり辛かったが、僕やエルシィ、ついでに部屋自体の大きさも変わってない。

 実の所、僕の大きさを見て月夜が真相を見抜いてしまう可能性を危惧していた。このタイミングで本当に縮んだのはある意味ではありがたいと言えなくもない。

 

 ありがたくもあるが、それと同時に危うくもある。

 月夜がこの異常事態に直面しても耐えてこれたのはその状況が月夜の願いにマッチしていたからだ。

 それがより危険な状態にシフトした現状は……精神的に極めて危ういだろう。

 

「何とか今日中に決着を付ける。エルシィ、中川と準備を頼む」

「りょーかいです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 全部夢であってほしかった。

 けど、一眠りして起きた後も体はさらに縮んだまま。

 

 そう言えばあの時、ルナではなくて咄嗟に桂馬に助けを求めてしまった。

 人間なんて要らないはずなのに、どうしてだろう。

 …………

 

「お~い、起きてるか?」

 

 考えをまとめていると桂馬がドールハウスの外から話しかけてきた。

 私が起きたのを覗き見した……なんて事は無いと思うけど……

 

「……今起きた所なのですね。何かあったの?」

「こんな時でも体内時計は正確みたいだな。

 そろそろ夜の月の観測の時間だぞ」

「もうそんな時間? 分かった、連れていって」

 

 こんな時でも、こんな時だからこそ、月を観測しよう。

 きっと月だけは何も変わらないから。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 望遠鏡のレンズの先に見えるのは、いつもと変わらない月。

 一分一秒毎にその姿を変え、美しい姿を見せる偉大なる夜の王。

 

 だけど、その美しさを楽しむ事はできなかった。

 月は何も変わらない。変わってしまったのは、私の方だ。

 

「っ、……」

「月夜? どうした?」

「な、何でもないのですね」

「……お前、泣いてるのか?」

「そ、そんなわけ無いでしょう! このバカ!」

 

 嘘だ。私は今泣いている。

 悲しいのか、怖いのか、よくわからない感情が溢れてくる。

 美しい完璧な人形のような存在でありたいのに、私の心はぐちゃぐちゃで醜くて、それが余計に悲しくって。

 醜い感情なんて、見せたくないのに。

 

「……そうか、僕の気のせいだったみたいだな」

 

 こんな嘘、桂馬だって分かってるはずなのに、桂馬は見て見ぬふりをしてくれた。

 

「……これはあくまで独り言だ。テキトーに聞き流しても構わない。

 

 人間の思考回路ってのは支離滅裂で、混沌としてて、酷いものだ。

 ゲーム女子だったら数式を導くかの如く整然として、ロジカルで、一切のブレも無く美しい。

 そうやって考えると、やっぱり現実(リアル)なんてクソゲーだ。

 

 けどな、

 現実(リアル)はバグだらけで、だからこそなのかごく稀にに常識を越えた動きを見せる。

 この不条理で、理不尽な現実(リアル)を打ち砕く事ができるのは、きっと人の心だけなんだ。

 理不尽に翻弄される人の心は醜いかもしれない。けど、理不尽に抗う人の心は、泥まみれになっていてもきっと美しいだろう」

 

 これは……今の私の事を言ってるの?

 この訳の分からない理不尽に抗えと、そう言ってるの?

 

「……どうしろと言うの? こんな、こんな訳の分からない事に対してどうしろと言うの!?」

「……分からん」

「なっ、ふ、ふざけないで欲しいのですね! そんな無責任な事を言われて、どうすればいいの!?」

「分からない。だけど、これだけは覚えておいてほしい。

 君が元の体に戻る事を願っただけで治るなんて奇跡はまず起こらないだろう。

 けど、理不尽に嘆くだけじゃなくて、ちゃんと抗おうとしないと絶対に戻らないと思うよ」

「っ!」

 

 桂馬の言ってる事は正論だ。だけど、今はその言葉が胸に突き刺さる。

 確かにそうだ。嘆いてばかりじゃいられない。

 だけど……だけどっ!

 

「ぅぅ、ひっぐ、桂馬のバカ!

 わ、わだしだって、戻りだい! 元に戻りたいのですね!

 なのに、どうしてぞんなこと言われなきゃいけないの!?」

「……ゴメン、少し言いすぎた。

 けど、良かった。君もちゃんと戻りたがってたんだね」

「ひっぐ、と、当然なのですね!」

「それなら、僕も可能な限り協力する。

 何をどうすればいいか全く見当が付かないけど、僕達ならきっと何とかできる。そうだろ?」

「ええ、桂馬なら、私たちならきっと!」

「よし、それじゃあ()()()()か。まずはそうだな……」

 

ギイィ……

 

 その時、誰も来ないはずの屋上の扉が開く音が聞こえた。







 本作では『本当に月夜が更に縮んだ』という展開にしてみましたが、原作の絵をじっくり眺めるとマジで縮んでいるような気がしなくもないです。
 子猫、カッターナイフ、G等と比較するとそんな気がします。キスの直前、桂馬の顔に抱きつくシーンなんかも他のコマと比べて明らかに小さいです。
 単純に原作者さんが細かい身長を考えてなかった、表現の都合の関系で小さく描いただけなどの可能性もありますが……もしかすると本当に縮んでいるつもりで描いていたのかもしれませんね。縮んだタイミングは本作と違って桂馬の揺さぶりの真相が発覚した後でしょうけど。

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