もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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08 愛は全てに勝る

ギイィ……

 

 屋上の扉が開く音が聞こえた。

 でもおかしいのですね、今は夜間警備員が回ってくる時間帯じゃない。

 私の天文部の他に夜こんな所で活動する部活も居ないはずなのですね。

 

(誰だか知らんがお前が見つかるとマズい。とにかく隠れるぞ!)

(え、ええ!)

 

 桂馬に抱えられてベンチの影に隠れる。

 

(桂馬、誰が来たの?)

(警備員……ではなさそうだな。口で説明するより見た方が早い。見えるか?)

 

 屋上の出入り口付近が見えるギリギリの場所まで運ばれる。

 そして、入って来た存在の姿を確認する。

 

 そこに居たのは、全身黒ずくめの不気味な人物。

 黒いフードとマントを羽織り、顔はのっぺりとした仮面で隠されていた。

 夜間警備員ではないのは勿論、どう見てもまともな人物には見えない。

 

『……ククククク』

 

 その声は仮面のせいかくぐもっていて、ますます不気味な印象を与えた。

 

『ククク、そこに居るのは分かっている。大人しく出てくるがいい』

 

 仮面の人物は確かにこちらの方を見てそう言った。

 どうして分かったの? そもそも、アレは一体何者なの!?

 

(……月夜、僕が行くからお前はいざという時には逃げてくれ)

(えっ、桂馬? ちょっと待って!)

 

 桂馬は私を屋上の床に置くと物陰から出ていってしまった。

 

「何か用か? って言うかアンタは誰だ?」

『……貴様だけか?』

「質問に質問で返すのは気に入らんな。

 だがあえて答えてやろう。僕1人だ」

『ククク……それは嘘だな。もう1人、女が居るはずだ』

 

 バレている!?

 逃げた方が良いの? でも、あんな怪しげなのの前に桂馬を置いて逃げるわけには……

 

「……はぁ、下らない言いがかりは止してくれ。

 何の根拠があってそんな事を言うんだ?」

『フン、いつもなら人間如きにこの私が時間を割く事など有り得んが、今は気分が良いから特別に教えてやろう。

 我々は人間界に撒かれた『闇の種』の波動を感知する事ができるのだ。

 そしてそれは人間の女に植え付けられる。

 今そこのベンチの影から波動を感じるという事は人間の女が居るという事に他ならない』

 

 ひ、非現実的な展開なのですね。

 でも、私の身に起こった超常現象を考えるとあながち有り得ない話ではない……?

 

「中二病? いや、まさか……

 もう一つ質問させてくれ。その『闇の種』とやらは人を小さくするような作用でもあるのか?」

『ふぅん、有り得んとは言わんな。

 『闇の種』は宿主の願望を吸収して成長する過程でその願望を宿主に反映させる。

 高身長にでも悩んでいたのならコロボックルくらいにはするかもしれんなぁ』

「随分と極端な代物だな。

 まあいい。それを治すにはどうすればいいんだ?」

『クク、簡単な事だ。

 願えば良い。今までの願望すら塗り替えるほどに、強く願う事だ。そうすれば『闇の種』は弾かれる。

 まぁ、人間如きが己の願望を変えるなど不可能だろうがな』

「……なるほどな、感謝する」

 

 この不気味な仮面が言ってる事が本当の事だとすると、私が心の底から願えば戻る事ができる?

 いえ、それだけじゃない。きっと切り捨てる覚悟が必要なんだ。あの完璧だった世界を……

 

「最後にもう一つだけ。

 その『闇の種』が植え付けられた女子をどうするんだ?」

『ククククク、我らの施設に運び、『闇の種』を抉り出すまでよ』

「抉り出す、だと?」

『ああ、文字通り腹を捌いて取り出すだけだ』

 

 っ!?

 

「なっ!? そんな事はさせない!!」

『人間の都合など知ったことか。

 そしてもう一つ教えてやろう。何故私がお前のような部外者にベラベラと喋ったのか。

 それは……貴様の死が確定しているからだ!!』

「ぐわっ!」

 

「っ、桂馬!?」

 

 思わず物陰から飛び出す。

 

 片手で桂馬の首を吊るす仮面。

 それから逃れようと必死にもがく桂馬。

 

 それが、私が目にした光景だった。

 

「ぐっ、逃、げろ、月夜っ!」

『ほぅ? この状況で他人を気遣う余裕があるとはな。

 こういう時、人間は普通『助けてくれ』と泣き叫ぶと思っていたが』

 

 あっ、そうだ、助けないと。

 そうしないと、桂馬が、桂馬が……

 

「そんなもん、知るか! 月夜に、手出しはさせない!!」

『ククク、面白い。

 その余裕がいつまで保つかな? 貴様はじわじわと仕留めてやろう』

「ぐわあああああ!!!」

 

 私が助けに行かないと、桂馬は……死ぬ。

 でも、こんな体でできる事なんて何もない。携帯は部室に置いてあるから助けを呼ぶ事もできない。

 私が助けなきゃならない。

 何を犠牲にしても、桂馬を助けないといけない。

 

 

 だって、私は桂馬の事が……だから!

 

 

 

 

 その気持ちを強く自覚した瞬間、変化は現れた。

 体の中の余計なものがこぼれ落ちる感覚、

 空いた穴に暖かいものが満たされるような感覚、

 そして、小さくなっていく周りの世界。

 

 

 さようなら、私の理想だった世界。

 でも、後悔なんてしない。その世界に桂馬は居ないのですね。

 

「桂馬を、放しなさい!」

 

 元に戻った体で仮面に向かって体当たりをする。

 

『な、何だと!? くっ!』

 

 う、運動神経は良い方ではないのでアッサリと躱されてしまったけど……桂馬は放してもらえたのですね!

 

『バカな、このタイミングで『闇の種』を弾いた、だと?

 チッ、しばらく貴様らの命は預けてやる。さらばだ!』

 

 そう言い放つと屋上のフェンスを軽々と飛び越えてどこかへと去って行った。

 助かった……みたいなのですね。

 あっ、そうだ。桂馬は?

 

「桂馬っ! 無事なの?」

「ゲホッゲホッ、ちょっと喉が痛いが、大丈夫だ」

「そう、良かったのですね」

「体、戻ったんだな。良かったじゃないか」

「……ええ。あなたのおかげで」

「? 僕は何もやってなむぐっ!」

 

 桂馬が愛おしくて、愛おし過ぎて、気付いたらキスをしていた。

 ファーストキスの味は……分からなかった。幸せ過ぎて、そんな事を感じる余裕は無かったのですね。

 

「ぷはっ! どうしたんだ、突然?」

「桂馬、あなたの事が大好きです。

 誰よりも、何よりも、貴方の事が……」

「……そうか、それは光栄だな。

 ごめんね、月夜。理想の世界を捨てさせて。

 ありがとう、月夜。僕を助けてくれて」

「そんな事はいいの。理想の世界なんて無くても、桂馬と一緒ならきっと別の美しいものが探せるから」

「……そうだな。きっと、探せるよ」

 

 私と桂馬の、屋上での一幕。

 いつもと変わらない、変わらないが故に私の心を映していた月だけが、ただ見守っていた。







 悪役で中二病なかのんちゃん、アリだと思います!
 屋上のフェンスは数メートルあり、普通に飛び越えられるわけがないので地味に飛行魔法を使ってたりします。
 そんなに経験が無くても跳躍の補助と着地くらいには使える……はず。

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