もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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07 齟齬

 翌日。

 エルシィさんの姿をした私が長瀬先生と接触する。

 

「長瀬せんせ~!」

「あら、エルちゃん? 何か相談事?」

「まあ相談と言えば相談なんですが……」

「どんな事? 何でもいいから先生に話してごらん?」

「じゃあ、はい」

 

 事前に桂馬くんと用意した筋書き通りに、事情を話す。

 

「実は、私の親戚でプロレスが好きな人が居るんですけど……」

「えっ、プロレスが? 誰のファンなの!? 若松!?」

「いや、その辺はよく分からないです」

「あ、ごめんね。続けて」

「はい。その人が今週末に開かれる試合のチケットを取ったらしいんですけど、突然都合が悪くなってしまったみたいで私にどうかって言ってくれたんです」

「今週末? もしかして、鳴沢体育館で開かれる試合の事?」

「たしかそうだったかな……あんまり詳しい事は覚えてないんですけど、もし長瀬先生が観たいのであればお譲りしようかと思いまして。

 私もその日はちょっと用事があるので」

「なるほどね。事情は分かったわ。

 気持ちは嬉しいんだけど……私もうその試合のチケットは取ってるのよ」

「あ~、やっぱりそうでしたか。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 

 まあそうだろうとは思ってたけどね。

 むしろ断ってくれて助かった。あんまり良い席じゃないから。

 

「それでは、失礼しますね」

「あ、ちょっと待って!」

 

 ボロが出る前に退散しようとしたら呼び止められた。何だろう?

 

「あの、桂木君の事なんだけど……」

「お兄様がどうかしましたか?」

「どうかって言うか……あの、授業中にゲームさせるのって止めさせられないかな?

 妹であるあなたから言ってもらえればもしかしたらと思って」

「あ~……無理でしょうね。

 お兄様にとってゲームは酸素みたいなものらしいですから」

「そこまでなの!?」

「らしいですね。

 ……あ、そうだ」

 

 こんな風に長々と会話する予定なんて無かったけど……これくらいなら別に問題ないだろう。

 

「このチケット、お兄様に送りつけましょうか?」

「え、それはつまり、桂木君にプロレスを見せるって事?」

「はい。お兄様も長瀬先生の事をもっと良く知れば態度を改めるかもしれませんからね。

 ゲーム止めさせる事はできなくてもそのくらいなら何とかなります。多分!」

「そう……分かった。それじゃあお願いね」

「はいっ!」

 

 これで試合後に会話しやすくなるかな。

 突然遭遇した方が効果的な場合もありそうだけど、今回の場合は大した違いは無いはずだ。

 

「あ、そろそろ授業だね。それじゃあまた」

「は~い」

 

 

 

 

 

 そんな感じで週末……まで話を飛ばしたかったんだけどそうもいかなかった。

 とは言ってもそこまで大した事件じゃない。ただ、長瀬先生が抱える『問題』がほんの少し顕在化しただけだ。

 そういうわけで、学校の昼休みから。

 

 

「ねえ君、私と勉強しない?」

 

 

 学校の先生が生徒に言うものとしてはそこまで不自然ではないけど、昼休みに聞くものとしては場違いな感じがしなくもないセリフだ。

 

 

「え? い、いや、わざわざいいよ」

「児玉先生にあれだけ言われて悔しくないの? 見返してやりましょうよ」

「いや、別に見返すとか……」

「それなら児玉先生に文句を言うべきよ。おかしいもの!」

 

 

 部外者である私たちには事情はよく分からないけど、きっと児玉先生が必要以上に生徒を貶すような発言をしたんだろうなとは想像が付く。

 だけど、いつもの事だからわざわざ騒ぎ立てるような人は居ない。いつもは。

 

 

「長瀬せんせー。嫌がってるみたいだし止めとこうよー」

「下手な事して面倒な事になってもやだしさー」

「面倒? 君達、面倒だからバカって呼ばれても良いって言うの!?」

「いや、良くはないけどさ……」

「だからって、ねぇ……」

 

 

 先生の言ってる事は間違いでは無いと思う。正しい事なのかもしれない。

 だけど、ねぇ……

 

 

「どうして皆が嫌がる事なのに、誰も何もしないの……?」

「まー仕方ないでしょ。それが現実って事で」

「っ、何が現実よ! バカじゃないの!?」

 

 

 長瀬先生の叫びが教室に響き渡り、雑談していた生徒たちも黙り込む。

 それを見て自分のした事に気付いた先生はハッとした顔をした後、

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 とだけ言って去って行った。

 

 

 

 それを見送った後、私は携帯を取り出してメールを送る。

 

”長瀬先生の言う事も決して間違いではないと思うんだよね。桂馬くんはどう思う?”

 

 桂馬くんはすぐに目の前に居るから口頭で話す事もできるけど、流石にエルシィさんの演技を維持したまま議論するのはちょっと……いや、かなり難しい。

 それを察してくれたのかすぐに返事が返ってくる。

 

”おそらく誰も間違いだなんて思っちゃいないさ。

 ただ、正しい事とやりたい事が一致するケースなんて稀だ。

 今回の場合も、正しい事は面倒でやりたくない事だった。

 そういう場合に『面倒でも正しい事をする』のか『面倒だから止める』のか。そこの優先度が違うというだけの話だろう”

 

”そっか、そうやってまとめると分かりやすいね。ありがと”

 

 その辺の優先順位は人それぞれだ。どちらが合っている、間違っているという話じゃない。

 となると、やっぱり問題点は……


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