もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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11 帰結すべき物語

 教室から抜け出して女バスの跡地へと向かう。

 僕についてくる人影は無い。透明化したかのんが付いてきているはず……というのはさておき、誰からも追ってくる様子が無かったな。

 そう言えば、最後に僕の追跡を制止するようなどっかの現実(リアル)女の声が聞こえた気がしたが、また何か勘違いしてんのかねぇ。

 だが好都合だ。最悪の場合は追跡を巻いてから行く事になっていたからな。

 

 

 

 薄暗い女バスの部室後に辿り着くと、純はそこに居た。

 

「やっぱりここに居たのか」

「っ! だ、誰!?」

 

 こちらに振り向いた純は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 泣いていないのは……泣く余裕すら無いからかもしれないが。

 

「桂木……君? ど、どうしてここに?」

「お前が行く場所といったらここしか思いつかなかったからな。

 まったく、ここはお前にとって居心地が良い場所じゃないだろうに」

 

 それでも純はここに来た。ここに来るしか無かったから。

 

「お前は……結局何も学んでないんだな。

 この部室みたいに、お前もあの時と何も変わってない」

 

 女子バスケ部が潰れた当時の事は推測でしかないが、結局同じような事になっているのだけは分かる。

 これでも多少はマシになっていたのかもしれないが、そんなのは誤差の範囲に過ぎない。

 

「お前がやっている事は、『こうあるべきだ』という理想を押しつけているに過ぎない。

 極端な事を言うと、『皆の為』なんかじゃない。理想通りじゃないと気に入らない『自分の為』の行為に過ぎない!」

 

 そう、それこそが純が抱える問題点の本質。

 理想を体現したいのであれば個人競技で自分だけが頑張れば良い。

 それをせずに身の回りの人間にまで強要する事。そこにあるのは『皆の為』などという思いやりの心ではなく、ただのありがた迷惑でしかない。

 

「本当は、お前も分かってたはずだぞ?」

「止めて……止めてよ!」

 

 こんな中途半端な所で止めるわけがない。

 まだ、話は全然終わっちゃいない。

 

「なぁ、どうすれば良かったと思う? いや、どうすれば良いと思う?」

「そんなの……そんなの分からないよ!

 私には頑張る事しかできないのに、頑張れば頑張るほど皆離れていく。

 どうすれば良かったの? どうすればっ!」

「……簡単な事だ。

 他人なんて、当てにしない事だ」

「っ!?」

現実(リアル)のぬるま湯に浸かっている他人など当てにするな。

 お前がしたいと思う事にお前自身の力で全力で取り組めば良い」

「で、でも……それだと、皆が!」

「……こんな薄暗い所で話していても気が滅入るな。着いてこい」

 

 話を一旦切り上げて場所を変える。

 こんな薄暗くて埃を被った部室でのエンディングなんて締まらないならな。

 隣の部屋、開放的で明るい第一体育館へと移動する。

 純は特に反抗する様子も無く着いてきてくれた。

 

 

「西原まろん、覚えているか?

 僕の従妹だ」

「え? ええ……それが、どうしたの?」

「奴と『プロレスが魅力的である理由』について議論したというのはあの日にお前にも言ったな。

 だがもう一つ議論したんだ。『一体感を作り出していた最大の功労者は誰か』ってな」

「……?」

「お互いに様々な意見をぶつけたよ。レスラーのおかげとか、観客のおかげ、とかな。

 結局はお互いに妥協して『根回しする人と段取りを作る人のおかげ』って結論になった。その功労者達に同じ問いかけをしたらまた別の答えが返ってきそうだがな」

 

 かのんの奴、色んな意見は出してたけど『舞台の上のレスラー』とは一回も言わなかったよ。多分謙遜してたんだろうな。

 

「この答えはおそらくは人それぞれだ。絶対的に正しい答えなんて無い。

 だが、プロレスの黎明期に話を絞ったら、どうだろうか?

 きっとあいつもこう答えるよ。『新しい事を始めて、誰からも理解されない。けどそれでも孤独と戦い抜いて勝ち抜いたレスラー達だろう』ってな」

「っ!」

「新しい事を始める時、人は誰もが不安になる。

 目指した理想に邁進する事、努力する事は辛い事だ。誰だって嫌になる。

 けど、それでも戦い抜いた奴が居た。時には罵られながら、時には石を投げられながら。

 でもいつか、きっと誰かが理解してくれる。理想に向かうその姿を、誰かが認めてくれるだろう。

 そうやって、世界は変わって行った。これまでも、これからも。

 

 もう一度言う。今現在の現実(リアル)の奴らに期待なんてするな。

 絶望的な孤独の中、耐え凌ぎ、戦い抜いて、現実(リアル)の連中そのものを変えてやれ。

 それが、それこそがこのどうしようもない現実(リアル)を打ち崩す為のただ一つの方法だ」

 

「そ、そんなの……無理だよ。私には……とても……」

「確かに辛いだろうな。

 けれど、お前は進むだろう。

 強くなってくれ。そう、お前が憧れたあのレスラーみたいに。

 だって、お前は教師なんだから。皆の手本になる存在なんだから」

 

 これで、僕が純に伝えるべき事は全て伝えた。

 僕の役目は終了だ。退散させてもらおう。

 

「やれやれ、騒がしくなりそうだ。僕は先に帰ってる」

「え? 桂木君? ま、待って……」

 

 体育館の正面入り口ではなく、隅っこの方にある小さな出入り口を抜け、扉を閉める。

 その直後、扉の向こうから声が聞こえた。

 

 

「長瀬センセー!」

 

 

 最初に聞こえた声は、1人。

 だが段々と喧しくなっていく。

 大体30人分の声だろう。音を聞いただけで分かる訳が無いが、別の理由で簡単に分かる。

 

 

「あの、先生。教室戻ろうよ」

「俺たちが悪かった。謝るからさ」

 

「み、皆? どうして、ここに……?」

 

 

 やってきた1クラス分の人数マイナス3人の集団は2-Bの生徒達だった。

 

「エルシィさんは上手くやってくれたみたいだね」

「うおっ、お前そこに居たのか」

 

 すぐ隣からかのんの声が響いてきた。透明化しているから全然気付かなかったよ。

 

 こんな都合の良いタイミングでクラスの連中が偶然来るなんて有り得ない。だから事前に仕込みをしておいた。

 まあ、仕込みと言っても大した事じゃない。僕が教室を出た時点からエルシィに500秒ほど数えさせ、その後エルシィにクラスの連中を連れてこさせただけだ。

 あの天然なポンコツ悪魔はクラスのアイドル……とまでは言わずともマスコットみたいな感じで人気者だ。そのエルシィが『長瀬先生を呼び戻しにいこう』と提案すれば必ず何人かは同調する。主にちひろとか歩美とか、ちひろとかだな。

 純に恨みがある生徒なんてそうそう居ないし、マラソンの強制参加の件も僕がより強い怒りで埋めて引きつけたから気にする奴はあまり居ない。自然と迎えに行こうという雰囲気で覆い尽くされ、反発する奴が仮に居たとしても少数派なんで封殺される。

 

 こうして、理想的な結末が完成するわけだ。

 

「んじゃ、後はお前らに任せるぞ」

「うん、先生の為にも精一杯歌うよ」

 

 

 それから間もなく、純の駆け魂は無事に追い出され、エルシィとかのんの手で止めを刺された。なんて事は語るまでもないだろう。







 何故、原作の桂馬は先回りして長瀬先生のロッカーに隠れられたんだろうか?
 長瀬先生は舞島学園の卒業生だし、実習に来てから数日経っているのであの長瀬先生なら道に迷ったという事は無いはず。(あの熱血な長瀬先生なら全く関係ない部活の部室の場所すら暗記してそうな気がします)
 と言うことは神様が回り道をして先回りして待機するよりも遅いスピードで来た事になる。多分全力で走ってたはずなのに鈍足の先生はやっぱり虚弱……
 なんて虚弱ネタはさておき、きっと何も考えずにあちこち走り回って、最終的に女バスの部室に来ただけなんでしょうね。
 本作でもそういう風にしても良かったのですが、一直線に女バスに向かってそれに追いついた方がイメージしやすかったのでああなりました。

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