もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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影は常に光を支える

 翌日、長瀬先生の実習最終日。私は久しぶりに『中川かのん』として学校に来ていた。

 特に何か深い意図があるわけじゃなかった。ただ、何となく2-Bの一員として長瀬先生に会っておきたかった。

 

「あっ、かのんちゃん来てる!!」

「えっ、マジで!? マジだ!!」

 

 こんな風に騒がしくなる事も当然分かってはいたんだけど……それでも来てみたかった。

 

「おはようございます、長瀬先生」

「あ、は、はい……え、えっ!?

 ど、どどどどういう事ですか二階堂先輩!!」

「いつもは来ないうちのクラスの生徒の1人だ」

「せ、生徒!? かのんちゃんが!? えええええっっ!?

 先輩っ! どうして黙ってたんですか!!」

「まさか来るとは思ってなかったからな。

 と言うか、何で来たんだ?」

「え? ダメでしたか?」

「そういうわけではないが……純粋な疑問だ」

「大した理由じゃないですよ。今日で教育実習の最終日だと聞いていたので、挨拶だけでもしておこうかと思いまして」

「ど、どうも。これはご丁寧に……」

「おい長瀬、生徒に敬語使ってどうする」

「す、すいません」

 

 緊張してるのかな長瀬先生。ちょっと刺激が強すぎたかもしれない。

 

「……あれ?」

「どうかしましたか?」

「気のせいだと思うんだけど……私とどこかで会ったことある?」

「……先生が握手会とかのイベントに来て頂いたのでなければ、話した事は無いと思いますよ。

 道端ですれ違った可能性までは否定しませんけど」

「そう……ならいいわ。変な事言ってごめんなさいね」

「いえいえ」

 

 『西原まろん』は別人扱いのはずなんだけど……何となく察したのかもしれない。

 

 

「かのんちゃーん、ちょっとこっち来てー!」

「あ、はーい!

 それじゃあ失礼しますね。また、お会いしましょう!」

「っ、うん! またね!」

 

 教員になる為のシステムはよくは知らないけど、先生が大学を卒業するのは今年度だ。

 早ければ来年から、私たちが3年生になる年度から本当の教師として学校に来るのかもしれない。

 その時に、また会えるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今頃、2-Bの教室では先生の送別会でもやってるのかな。

 かのんも登校しているから、一曲歌うくらいの事はしてるかもしれない。

 

 そんな事を思いながら僕は屋上でゲームしていた。

 僕が歓迎会に参加する意味は無いだろう。連中の怒りを引きつけたのはほんの昨日の事だから、僕が居たら場が盛り上がらなくなる。

 ああ、やはりゲームは素晴らしい。現実(リアル)の連中なんかとは大違いだ。

 

 

 そうやってゲームを楽しんでいると屋上の扉が開く音が聞こえた。

 こんな時間に珍しいなと視線をそちらに向けると、息を切らした純がそこに居た。

 

「はぁ、はぁ……やっと見つけたよ」

「わざわざ僕を探してたのか? よっぽど暇だったんだな」

「そういうわけじゃないよ! ただ、最後に君にお礼を言っておきたかったんだ。

 君は、凄く孤独で冷たい人だと思ってた。けど、ちゃんと私の事を、皆の事を見ててくれてたんだよね。

 ありがとう。君のおかげで、私は救われたよ」

 

 記憶……まだ微妙に残ってるのか。

 処理した後でコレなのか、それとも後で処理するのか……

 まあいい。だったら少し話をしておこう。

 

「……そう言えば、お前に一つだけ言っておく事があった」

 

 実は、攻略が終わった後でかのんに少し怒られたんだ。

 僕の言ってる事が、少しだけ間違ってるってな。

 

「西原に言ってみたんだ。『黎明期のプロレスの最大の功労者』について。

 あいつは言ってたよ。確かにレスラー達も頑張ってただろうけど、それでも影から支えた人は、理解者は居たはずだってさ。

 もしお前がこの先で何もかもが嫌になる事があったら、一度深呼吸して周りを見てみるといい。

 もしかしたら、誰か協力してくれる人が居るかもしれないから」

「……ありがとう、桂木くん。

 西原さんにも、そう伝えておいて」

「ああ、伝えておく」

「良かった。それじゃあ……さようなら」

 

 『さようなら』か。

 ……ま、後生の別れと言うわけでもないんだ。

 

「……またな」

 

 そう、返しておいた。







 これにて長瀬先生編終了です!
 神のみって基本的にラブコメのはずなのに推理物っぽい雰囲気を醸し出したり、哲学漫画と化す場面もありますよね。
 恋愛とはミステリーであり哲学でもある……適当にそれっぽい言葉を並べてみたらあながち間違ってもいないような気がします。

 『理想の世界の住人』である桂馬が主人公である故か本章にあったような『理想問答』とでも呼ぶべき場面が神のみではちょくちょく出てきます。
 今回は原作で桂馬が長瀬先生に言ってた事を自分なりに噛み砕いて解釈してみました。
 結論としては『他人を気にせず自分自身で理想を体現し、後に続く者たちを惹きつける』というものですが、この結論に至った理由は2つあります。

 まず、長瀬先生の問題点として『理想の姿であるべき事を他者に強要する』事が挙げられます。この言葉だけ聞くと精神病を疑うレベルですね……
 この問題点はあくまで『強要する』事であり、自分自身が頑張るだけならあまり問題は無いわけです。
 なので、『他人は巻き込まないで下さい』という、筆者流の少々情けない解決策を提示してみました。

 2つ目は桂馬のセリフです。
 原作において『理想をもっと押しつけたらいい』と言っていますが、これをこのまま解釈すると『今までやってた事をもっと激しくしろ』となってしまいます。流石にそれは余計に酷くなるだけなんじゃないか……と思いましたが、続けてこんなセリフがあります。

 『どれだけ傷付いても、孤独でも、お前は理想を見せなきゃいけない』

 注目すべきは『見せなきゃいけない』です。『やらせなきゃ』とかではありません。
 これが意味するのは『長瀬先生自身が理想になって、それを生徒たちに見せる』という事ではないかと解釈してみました。
 だから、『理想をもっと押しつける』というのは『態度で示す事でより強く押しつける』という意味なのでしょう。多分。

 そんな感じで上手く混ぜた結果、先に書いた結論のようになりました。この結論が絶対的に正しい等と言う気は毛頭ありませんが、理解し納得して頂けたなら幸いです。こういう哲学パートを書く時は毎回ビクビクしながら書いてるので……


 あと、今回はあえて攻略ヒロイン視点を縛ってみました。
 今までは最初だったんで余裕が無かった歩美編と単純に入れ損ねたスミレ編以外ではヒロイン視点があったんですけどね。
 原作における長瀬編はヒロイン視点からスタートし、その後もモノローグとかが多いので原作から引き離す為にやってみました。
 その結果は……いかがだったでしょうか?



 さて、次回の話です。
 ジョーカーを引きました。
 そういうわけで天理編……なのですが、天理編と同時に夏休みスタートなので、夏休み前の細々としたイベントをこなしていきたいと思います。
 まずは小阪ちひろによる2Bペンシルズ結成秘話から……の予定だったのですが、その前に一つフラグ回収をしておきます。
 月夜編最終話で桂馬が立てたあのフラグ……桂馬によるかのんコンサートの見学回です。
 長瀬編の投稿中に何とか書き終える事ができたので明日からスタートです。

 それでは、明日もお楽しみに!

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