もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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中編

 ちょうど昼食時になろうかという時刻、ようやく収録が終わったようだ。

 音ゲー以外の宣伝もやっていたらしく、店内の極一部を除く全てのエリアを見回っていた。何度かニアミスしたが、スニーキング系のゲームもこなせる僕にとってただ隠れ続けるだけなら余裕だった。現実(リアル)はゲームと違って固定ルーチンでない代わりにタイムアップで相手が帰ってくれるからその点ではありがたい。

 

「コレ下さい」

「はい、15,800円になります」

「2万と800円で」

「はい、20、800円お預かりして5、000円のお返しになります。

 またのご利用をお待ちしています」

 

 無事に『らぶ・てぃあ~ず』の会計を済ませて店を後にする。

 

 思わぬ所で時間を食ってしまったが、午後6時から始まるかのんのコンサートには移動時間込みで考えてもまだ余裕がある。

 ひとまずは……昼食か。食べられればラーメンだろうが何だろうが何でも良い(スミレの甘味ラーメンを除く)だが、やはり最優先事項は『かのんと遭遇しない』だな。

 とは言っても、普通に考えてたらテレビ局がロケ弁を用意するとか、あって番組スタッフを適当な店へとパシらせるくらいだろう。

 よって、適当な店に入って持ち帰りせずにその中で食事を終えればかのん本人と遭遇する確率は限りなく少ないっ!!

 そう判断し、適当に歩いて見つけた全国チェーンのハンバーガー店へと足を踏み入れた。

 

 

 

 昼食時なだけあって店内は混み合っていた。

 一番安いハンバーガーを数個注文する事を決めて列に並び、ゲームしながら待つ。

 早く席に座りたいな。立ったままだとPFPを落とすリスクがあるから2面同時攻略ができない。

 

 

 ようやくハンバーガーを受け取り、適当な空いてる席を捜す。

 店も混んでいるし、サッサと食べてサッサと出よう。

 そう考えながら席に座った時だった。

 

 

「あ、かのんちゃんだ!」

「こんな店にあのかのんちゃんが!?」

 

 

(おいふざけるなよ現実(リアル)っ!!!)

 

 絶叫しそうになったが何とかこらえる。こんな所で叫んだら間違いなく注目を浴びる。

 一体何をしにきやがったかのん! 人気アイドルらしく下っ端をパシらせてロケ弁でも食べててくれよ!!

 

「すいませーん。新発売のスーパービッグチキン&ビーフ&エッグバーガー鳴沢風味を一つ下さい!」

「ご注文を繰り返します。スーパービッグチキン&ビーフ&エッグバーガー鳴沢風味を1点ですね?」

「はいっ!」

 

 何だその無駄に長い上に盛りすぎな名前は。

 かのんは食い意地の張った大食い系キャラではないし、むしろ体型維持の為にあんな聞いただけで太りそうな代物を自分から注文するとは思えない。

 と言うことは……新商品の宣伝か何かなのか? あいつの生活では昼食も仕事なのか。

 

「おお、凄そうな名前だ! 俺も注文してみよう!」

「店員さん! スーパーチキンエッグ……さ、さっきのお願いします!!」

 

 早速宣伝効果が発揮されてるな。恐るべし、トップアイドル。

 ……一体いくらするんだろうな。相当ボッタクってるんじゃないか?

 

 

「お待たせしました。スーパービッグチキン&ビーフ&エッグバーガー鳴沢風味になります」

「うわっ、大きいですね」

「ひとまず席にお持ちします。あそこが空いたようですね」

 

 そんな事を言いながら店員がこちらの方に近寄ってくる。店員側から見て僕よりも遠い席に空きは見あたらないので僕より前で止まってくれるはずだ。

 そして、その読み通りにちゃんと止まってくれた。

 ……僕の後ろの席、仕切りを挟んだだけの位置にある席に。

 …………い、いや、逆に良かったと考えるんだ。

 距離的にはそんなに厚くない仕切りを挟んで背中合わせなので凄く近いが、仕切りのおかげでかのんには未だに見つかってないはずだ。

 急に後ろを振り向く事なんてそうそう無いし、後ろを向いた上で仕切りの上から覗き込んでくるなんて事もまず有り得ない。

 中途半端に遠いけどずっとこちらを向いてるような席よりは良かったのだ。

 

「うーん、どうやって食べようかな。この大きさだと顎が外れちゃいそうで怖いですけど……」

「ご安心下さい。当店の新商品はそんなお客様のご要望にバッチリお答えしました。

 この商品は挟まれた具材の中に2連続のパンを入れた箇所が何ヶ所かございますので、何と、分割できます!!」

「そ、それは……凄いですね!! それなら楽に食べられます!」

 

 ……それは、複数のバーガーを積み重ねているのと全く変わらないんじゃないか? 強いて言うならパンが積み重ねやすいような形になってる事くらいだぞ。

 持ち運びの手間とかを考えてもチキンバーガーとビーフバーガーと月見バーガーをそれぞれ単品で注文した方がお得だろう。

 これで値段が安いならまだ救いはあるが、メニューを見る限りではどうやら3種のバーガーを合算した額の1割増し程度だ。見た感じの使ってる材料の量の合計は大体同じにも関わらずである。

 希少性とかその他のプレミアを付けて売り込もうとしてるんだろうな。今かのんに宣伝させてるみたいに。

 

 そんな事より、僕はどう動くか。

 僕が座っている席はかのんの席より店の奥の方にあるので出口に向かおうとすると必ず目の前を通る事になる。脱出は困難だ。

 ……仕方ない。のんびりと食べてかのんが帰るのを待とう。何かさっきも同じような事をしていた気がするが気のせいに違い無いな!

 幸い、テーブルに着いているので片手でも2面同時攻略くらいは何とかなる。食事如きに時間を割くのは癪だが、よく噛んで食べてやろう。

 

 

「それじゃあ頂きます。まずは一番上のビーフバー……ビーフ部分から!」

 

 かのん、今『ビーフバーガー』って単品の商品名を言おうとしてたよな……

 苦労してるんだな。芸能人って。

 

「はむっ……

 ……ん? 柔らかい?」

「おや、お気付きになられましたか」

「……はい。これ、具材を柔らかく仕上げてありますよね?

 おそらくは、一度に食べた時に食べる人の負担を少なくするために」

「ご名答です。流石はあの中川かのん様ですね」

「あと、気のせいかもしれませんが……単品で似たものを頼んだ時と比べて味が若干異なるような……」

「そこまでお気づきになられましたか。お見事です」

 

 どうやら見た目の印象よりはまともな商品だったらしい。

 柔らかくした上にテイストを若干変えた?

 テイストまで変えている理由、まさか……

 

「次は2つ同時に頂きます。せっかく柔らかく仕上げてありますから」

「どうぞ、お召し上がり下さい」

「………………その為ですか。よく分かりました。

 これ、同時に食べた時にしっかりと味が噛み合うように、お互いに高め合うように、緻密な調整を行っていますよね?」

「その通りでございます」

「あと2回はこの店にまた来てみたいものです。

 それでは、ご馳走様でした」

「またのご来店をお待ちしております」

 

 店長とのいかにもなやりとりを終えてかのんは店から去って行った。

 かのんが最後に食べたのはチキンと卵の組み合わせだったが、ビーフとチキン、ビーフと卵の組み合わせはまだ試せていなかった。

 だから、2回来るって事か。

 アレ1つでリピーターまで確保するとは、見た目のインパクトだけの商品じゃあ無かったらしいな。見事に騙されたよ。

 

 しかしアレ、どこまでが台本通りだったんだ? 声の調子は凄く自然で作り物臭さは一切感じなかったんだが……

 

「お客様、押していますのでそろそろ宜しいでしょうか?」

「ん? ああ、すいません」

 

 かのんが去った今、こんな所に居る理由は無い。サッサと出るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 午後はまた別のゲームショップへと赴く。

 するとそこには……

 

「お、かのんちゃんのCD配布だ! 午前中に別の所でもやってたよな」

「よっし、もう一度並ぶぜぇ!!」

 

 また、お前かっ!! 働きすぎだろ!!

 一体今日だけで何回遭遇しているんだ!? 4回目だよチクショウっ!!

 だが問題ない。しばらくここに居るというならまた別のゲーム屋へと……ん?

 

 ショップの外からでも良く見えるように陳列されたゲーム達。

 その中で一つ……見えた。

 アレは、『星の瞳のジュリエット 初回版A』っ!!

 先ほど購入した『らぶ・てぃあ~ず 初回版(特典CD付き)』よりレア度は少々下がるが、十分にレアな逸品だ。当然、買いだ。

 だがしかし、そうなると入り口近くのかのんが邪魔……って、何回目だよこの展開は!! 遭遇は4回目で実際に待ったのは3回目だよ!!

 まぁ、午前の部はそんなに時間がかかってなかったようだし、すぐに終わるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……数時間後……

 

「今日はありがとうございました! それでは!」

 

 何時間かかってるんだ!!

 CD配布だけならこんなにかからなかったはずだが、その後も何か色々とごちゃごちゃやってたんで全然終わらなかった。

 だが、まあいい。『星の瞳のジュリエット 初回版A』さえ手に入るのなら……

 

 

「ふむ、これは攻略サイト『落とし神』でも絶賛されていたレア物ですね。セージさんとの恋愛成就計画の為の恋愛経験値になってもらいましょう。

 買いです」

 

 

 またかぁあああ!!! 今日は厄日なのか!?

 って言うか何だあの銀髪メイド。何であんな恰好をしてるんだ……?

 

 ……はぁ、買われてしまったものはしょうがない。さっきの口ぶりからすると僕のサイトを見ている迷える子羊の1人のようだし、価値をしっかりと把握しているなら手荒に使う事は無いだろう。

 それに、家に同じ物がもう一本あるからな。さっきの『西恩灯籠』に比べたら諦めが付く。

 ん? 何で同じ物を欲しがるのかって? そんなの決まっているじゃないか。

 

 良いゲームは何本あっても良いものだからだ。







 戦闘力は要らないので今度こそ許嫁系理論派メイドが出せましたよ!


 かのんは勿論、中の人にすら食いしん坊属性や食通属性なんて無かったはずなのに、何故こうなったのか……筆者のアイドルという仕事に対する偏った知識が垣間見えます。

 あんな商品があったら実際に売れるんでしょうかね?
 今更ですが、メニューを3品追加した方が分かりやすい気がします。もしかして、アレってちょっと見方を変えるとただの質の悪い抱き合わせ商法なんじゃぁ……?

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