鮎川家ご一行を見送った後、ミーティングに入る。
かのんも呼んでおきたい所だが、今日は仕事が入っているので遅くなるらしい。
「まず確認しておくが、センサー鳴ったよな?」
「はい、短かったけど確かに鳴ってました。
ログも残ってるみたいです」
「……何で途中で止まったかまで分かるか?」
「いえ、全く分かりません。何でなんでしょう?」
「…………まあいい」
聞き間違い、もしくは室長とかからの連絡であって欲しかったがそう都合良くはいかないようだ。
くそっ、せっかく1000時間が目の前にあるというのに! 幼馴染みだか何だか知らんが空気を読め!
「……あ、あれ?」
「ん? どうした、またトラブルか?」
「またって何ですかまたって!
確かにトラブルと言えばトラブルですけど……」
「サッサと言ってくれ」
「えっとですね、センサーが鳴ったらその事を上に報告する義務があるんです。
同じ駆け魂を2人の悪魔が担当してしまわないようにする為のものですね。
なので今回もそうしようとしたのですが……」
「まさか、先約が居たのか?」
「そうみたいです。担当は……うわっ、ノーラさんですか……」
先約が居たという事は僕は攻略しなくても良いという事だ。
しかし、そんな都合の良い事がそうそう起こるとも思えんな……
「そのノーラとやらに何か問題でもあるのか?」
「問題と言うか……色々と良くない噂があるんですよ。
攻略の仕方がかなり強引で、速いときは半日で駆け魂を出したけど失敗した時は逆に駆け魂を成長させる……なんて事も……」
「……どうしてそんな物騒な奴を上は放置してるんだ?」
「いや、あくまで噂ですから。流石に全部が本当って事は無いと思います。
だけどどうしてノーラさんが担当してるんだろう? あの人の担当地区と結構離れてるはずなのに」
「遠くの街から近くに引っ越してきたからだろう。
天理がそのノーラって奴の担当地区からこの近辺に引っ越してきたなら筋は通る。
遠くの街からの移動途中にノーラが見つけた、でも問題ないな」
「あ、なるほど!
あれ、でも引越しって?」
「あの制服、東美里高校の……七香の高校のものだった。
学区内に引っ越してきたって事だ」
「なるほど! そう言えばそうでしたね!」
ってそんな事はどうでもいい。
ひとまず攻略しなくて大丈夫なようであれば……
「さぁ、ようやくゲームだ! やるぞ!!」
「い、行ってらっしゃいませ」
一方その頃……
舞島の街の上空、1つの人影がそこにあった。
「くそっ、どこに居るのよ! 地獄から戻ってきてからの最初の1匹、絶対に逃さないっ!」
その人影とは、件の人物であるノーラ。
桂馬が推測した通り、遠くの街で見つけた天理を追ってはるばるここまでやって来たようだ。
「絶対この近くに居るはず。
この辺の担当は……エルシィ?
フン、あんな落ちこぼれに関わらせるわけにはいかないわね。サッサと捕まえてやらないと!」
気合を入れ直したノーラは飛行のスピードを上げた。
すぐ下に居た天理には気付かずに。
「……どうやら、私たちは追われているようですね。
何とかしなくては」
昼に桂木宅を訪れた時のような暗い顔で俯いてプチプチを潰していたような雰囲気とは打って変わって、毅然とした態度で空を睨む少女がそこには居た。
翌日!
「フハハ、フハハハハハハハハ!!
やはり夏休みは素晴らしいな!!」
「そーですね」
「見ろエルシィ、あまりに時間があるので昨日買ってきたゲームは大体やってしまったぞ」
「ええええっ!? あれだけの量をですか!?」
「保存食を買って持ち運ぶ分を考えると実際にはそこまで大量のゲームを運べたわけじゃないからな。
買出しに行かなくては」
「そーですか。では行ってらっしゃいませ」
「何を言っているんだ。お前も来てくれ。1人じゃ運びきれん」
「どれだけ買うおつもりですか……」
「無論、店にある未購入のもの全てだ!!」
そんなこんなで、僕はエルシィを連れてゲームショップへと向かった。
え? かのん? あいつに荷物持ちなんて雑用を頼む訳にはいかんだろう。そもそも仕事あるらしいし。
「♪♪♪♪~♪♪♪♪♪♪♪~♪♪♪~♪♪~♪♪~」
「神様ご機嫌ですね~」
「何者にも縛られずゲームが出来る。
「そ、そうですか。
それにしても、あれだけゲームを買ってるのによくお金が保ちますね」
「M資金があるからな」
「えむしきん?」
「ああ。
あ、そうだ。昨日のセンサーが突然切れた原因って結局分かったのか?」
「いえ、全然です。
故障かもしれないので羽衣さんに診察してもらったんですけど正常でしたし……」
「また羽衣さんか」
どれだけ高性能なんだよそれ。
もし羽衣さんが故障していたらその診察に意味は無いが……流石に両方が同時に壊れるなんて事はそうそうないか。
「センサーのスイッチは今は入ってるのか?」
「勿論です! 未知の駆け魂も見つけられますし、天理さんの駆け魂にも反応する状態にしてありますよ」
「そうか。分かった」
のんびりと歩いていたら信号が赤になっていたので止まる。
交通量の少ない小さな交差点ならともかく、繁華街に近いこんな所で信号無視して突っ切るわけにもいかない。大人しく待とう。
そう思って立ち止まった。その時だった。
ドンッ
「っ!?」
後ろからの突然の衝撃。
受け身を取る暇も無く倒れた僕のすぐ目の前をトラックが通過していった。
「な、何だ!?」
急いで歩道に戻って、確認する。
そこに居たのは昨日うちに挨拶に来た少女……天理だった。
「ちょっと! にーさまに何するんですか!!」
「……っ!」
エルシィに問い詰められた天理は無言でどこかへ走り去ってしまった。
う~む、いくつか気になる事はあるが……
「まあいい。ゲームゲーム」
「いや、良くないでしょ! 道路に突き飛ばされたんですよ!?
ねぇ、ちょっと? 神様!!」
……しかし、やはり気になるな。
『何故、センサーは鳴らなかった?』
………………
「エルシィ! これとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれ! レジに運んでくれ」
「りょ、了解ですぅ!!」
「しかしホント優秀だな、羽衣さん」
大量の物を運ぶのにも非常に重宝する。
働かせすぎな気がしないでもないがきっと気のせいだろう。
「よし、撤収するぞ!」
「りょーかいです!」
僕は大型のリュックと大きな紙袋2つ、エルシィは羽衣にゲームを入れて運ぶ。
そして、店から出た直後……
再びの衝撃が、今度は右の頬を襲った。
「へぶっ!」
続けてバシャリという音とともに黒い熱湯……コーヒーが頭から被せられる。
「あちちちちっ!!」
「か、神様!? どうしましたか!?」
「ぐっ、大丈夫だ。問題な……あああっっ!!」
「神様!?」
「こ、コーヒーが、ゲームのパッケージに染み込んでいるぅぅぅ!!!」
「……ああ、そうですか」
「この罪は万死に値するぞ!! 僕のゲームにコーヒーをぶっかけたのはどこのどいつだ!!!」
そう怒鳴りながら衝撃を受けた方向を向く。
そこに居たのは……またしても天理だった。
「またお前か! 僕に何の恨みがあるんだ!!」
「ぁ……ぅ……」
「僕を突き飛ばす程度ならわざわざ文句は言わない。
だが、ゲームを巻き込んだ事は許せん!!」
「いや、ご自分の体も大事にして下さいよ」
「さあ答えろ! 何が目的だ!!」
「……『目的』?」
その時、天理の雰囲気が変わった。
俯いてオドオドしていた姿はどこえやら、僕を睨みつけながらはっきりした声で言葉を紡ぎ出した。
「ご自分の胸に訊いてみたらいかがですか? 私が何故こんな事をするのかを」
「……いやいや、誤魔化すなよ! お前が汚したゲーム、どうしてくれるんだ!!」
「たかがゲームでしょう。その程度の事で騒ぐなんてどうかしている」
「たかがゲーム……だと? 貴様、覚悟は出来ているんだろうな!? この落とし神の前でゲームをバカにするという事の意味をお前に教えて……」
ドロドロドロドロ!!
こんな時にセンサーが!? どうなっているんだ一体……
「またあのドロドロ音……一旦帰らせてもらいます」
天理……らしき人物は僕達に背を向けると吹き抜けから勢いよく飛び降りた。
「あ、おいっ! ここ3階だぞ!?」
慌てて吹き抜けの手すりに駆け寄って下を覗く。
しかしそこには平然と歩いている様子の天理の姿しか無かった。
「……センサーは条件を満たせば鳴る?
センサーの条件……駆け魂の感知……
可能性は……2パターンで良いのか?」
「か、神様?」
「……面倒な事にならないと良いがな。ひとまず帰るぞ」
「りょーかいです!」
『M資金』でググるとGHQが作ったとされる存在自体が不明確な秘密基金みたいなのが出てくるんですが、コレの事なんですかね?
原作では『凄そうな基金』くらいの意味で使ってそうな気はしますけどね。