朝起きたら中川が僕のベッドに潜り込んでいた。
……なんてベタなイベントは起こらず、普通の朝を迎えた。
とりあえずPFPを手に取り、プレイしながら居間に降りる。
「あ、おはよう桂馬くん」
「おはようございます! 神様!」
居間に着くと既に全員が食卓に着いていた。
「ああ。おはよう」
適当に返事をして席に着く。
テーブルに置かれているのは至って普通の料理だが、食べるのが面倒だな。もう点滴で良いよ。点滴で。
「こら桂馬! しっかり食べなさい!!」
しかし面倒な事にこの家に点滴は無いし、食事を取らなかったら母さんが怒る。
仕方がないので適当に飲み込む。
「こら! ちゃんとよく噛んで食べなさい!
はぁ……みっともない所見せちゃってゴメンね」
「い、いえ。ある意味桂馬くんらしいですね」
「かのんちゃんみたいな可愛い女の子の前でもいつも通りなのよねぇ。
こんなんじゃ将来が心配だわ」
「そ、そうですね……」
そうこうしてるうちに家を出る時間となる。
必要な荷物を持って玄関へと向かう。
中川とエルシィも一緒に家を出る。向かう先は違うが。
「それじゃ、行ってきます!」
「行ってきます、お母様!」
「はぁい。気をつけるのよ」
3人揃って玄関を出て扉を閉める。
「中川、これから仕事か?」
「うん。また今夜ね」
「ああ。また会おう」
「姫様、気をつけて行ってきて下さいね!」
「いや、お前も中川と行くんだよ!!」
「え? …………ああ! そうでした!!」
……替え玉作戦、早まったか?
いや、中川には悪いが何とかやってもらうしかない。
昨日一晩考えたが、暴力強制の許嫁ルートとアイドルルートの複合なんて前例が無いからな。
アイドル要素をできるだけ削除して許嫁ルートにもっていかないと勝算が薄くなる。その為にも替え玉はやはり必要だ。
本人の前では不安にさせるような事は言えないがな。
「そ、それじゃあ神様、お気を付けて!」
「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいないさ」
「ええ~?」
そう言えば、エルシィは学校を欠席する事になるな。
まぁ、テキトーに病欠って言っておけば良いか。
………………
学校では特に語るべき事もなく放課後になった。
そのまま寄り道せずに家に帰る。
家に着くと中川もエルシィも既に帰っていた。
「あ、お帰り!」
「お帰りなさいませ! 神様!」
「ああ、ただいま。今日は大丈夫だったか?」
「うん。私の新しい家も見つからなかったみたいなんでここに住めるように上手くやっておいたよ。
麻里さんもOKしてくれたし。
あと、ここの場所はナイショにしておいたよ」
「誰にも言ってないのか? よく話が通ったな」
ごく限られた人に漏れるのは覚悟してたんだがな。
「同級生の男子の家に泊まってるってなったら色々と大変だからね。
何とか誤魔化したし、エルシィさんに透明化してもらって帰ってきたから後をつけられてる心配も無いよ」
「そうか。分かった」
これで学校や仕事以外での時間を共有する事が可能になる。
学校はどうとでもなるが、問題は仕事だ。
替え玉の件は一応今夜までに結論が出るとの事だがどうなるのだろうか?
ドロドロドロドロ……
「「っ!?」」
この音は、駆け魂センサー!?
何だ!? 何が起こったんだ!? まさか中川の駆け魂に何か異変が……
「あ、室長からの通信です!」
「脅かすな!」「脅かさないでよ!!」
「へ? ご、ごめんなさい……?」
心臓に悪いだろうが!!
って言うかそれ、通信機も兼ねてるのかよ。紛らわしいんだよ!!
「えっと、はい! もしもし! エルシィです!
……え? ああ、はい。えっと……」
通信を受けたエルシィは足元に羽衣を広げているようだ。
指示を受けて何かやってるんだろう。
「あ、姫様! マイク貸してください」
「マイク? えっと、確かこの辺に……あった。はい、どうぞ」
中川が取り出したのは妙な飾りのついたマイクだ。
「それは何だ?」
「ああ、桂馬くんは知らなかったね。
地獄のマイクらしいよ」
「字面だけ見たら凄いマイクだな」
そう言えば何か歌うときに使ってたような気がしないでもない。
遠くてよく見えんかったが。
「えっと……ここをこうして……よし、できましたよ室長!」
床に広げた羽衣にマイクを乗せ、何かを操作するエルシィ。
操作を終えた事を通信機に向かって言った数秒後、羽衣が急に輝き出した。
眩しさに耐えきれず手で顔を覆って目を瞑る。
そして更に数秒後、光が収まってきたので目を開ける。
羽衣の上から置いてあったはずのマイクが消えており、代わりに音符の形をしたペンダントとUSBメモリのような何か、あと封筒が置かれていた。
封筒には大きく『エルシィとその協力者達へ』と書かれている。おそらく中は手紙だろう。
「ふ~、転送完了です!」
「何か送ってもらったって事か。
手紙は読んでも良いのか?」
「えっと……はい! その手紙を見れば必要な事が全部書いてあるそうです!
室長、ありがとうございました。ではまた!」
「あ、おい……切っちゃったのか」
こんなバカな契約を吹っかけてきた室長とやらに文句の一つでも言ってやりたかったんだが、今は良いか。
「よし、それじゃあ開けるぞ」
「な、何か変な呪いとかかかってないよね?」
「恐い事言うなよ……
……よし、エルシィに開けてもらおう」
「えええええ!? どうしてですか!?」
「あんな詐欺みたいな契約をふっかけてくる奴なんて信用できるか!!」
「もう……封筒をあけたらかかる呪いなんて、そんな器用な事できる悪魔はそうそう居ませんよ……
はい、開けましたよ!」
「さて、中を読んでみるか」
「ちょ、私に何か言う事は無いんですかぁ!?」
「じゃ、読み上げるぞ。
『前略
時候の挨拶やら前置きは君達を煽るだけだと判断したのでいきなり本題に入らせてもらうよ。
君達に送ったものは3つだ。
まずはこの手紙。
2つ目は『錯覚魔法のデータ』
3つ目は『ナノマシン製のペンダント』だ。
まずは3つとも揃っている事を確認してほしい』
……問題ないな?」
「ペンダントはあるね。データも多分これの事だよね?」
「はい! ちゃんとありますよ!」
「じゃ、続けるぞ。
『錯覚魔法のデータだが、羽衣に読み込ませる事である程度の錯覚魔法の使用を可能にする。
データをかなり圧縮したので、『使用者を中川かのんだと錯覚させる』事しかできないが今回はこれで十分だろう?
あと、協力者の2人は錯覚しないようにしておいた』
って言うか、魔法ってデータでやりとりできるものだったんだな……」
「はい! 私たちが使っているのは高度な科学魔法ですからね!」
「科学魔法ねぇ……
『ペンダントは、協力者の一人である中川かのんの為のものだ。
羽衣と同じ素材でできており、必要となる魔法をいくつか入れてある』
羽衣ってナノマシン製だったのか!?」
「ええ。凄いでしょう!」
「……悪魔とは一体……
『まずは錯覚魔法だ。こちらもかなり強引に詰め込んだので『中川かのんをエルシィと錯覚させる』事しかできない。
なお、こちらは羽衣による髪型や体型の修正は必要ないように調整した。使用者の髪型や体型が大きく変わると正常に動くか少々不安だが、その時はまた連絡してほしい。
2つ目は響音魔法だ。そのペンダントがマイクの役割を果たす。エルシィの結界内ならより音が響くように調整してある。
なお、変形機能が標準搭載されているのでマイクの形にして使う事もできる。効果はあまり変わらないだろうが。
3つ目は拘束魔法だ。駆け魂等を短時間だが拘束できる。一応人間相手にも効くが。
本来なら完全に封印する魔法を組み込みたかったが、容量の問題と使用者の問題でこれが精一杯だ。エルシィが近くに居ない時の時間稼ぎに役立ててほしい。
あと、このペンダントの位置情報は常にエルシィの羽衣に発信されており、拘束魔法を使うとその信号も送るようになっている。存分に役立ててほしい』
……なるほどな。確かにあった方が良い機能だ」
「桂馬くん、裏にも何か書いてあるみたいだよ?」
「ん? どれどれ……
『最後に、必要そうな魔法を組み込んだら容量が少し余ったので飛行魔法も追加しておいた。必要なら使ってほしい』
……って、ちょっと待てや!!」
「ひ、飛行魔法!? 凄すぎない!?」
「…………
『ただ、透明化の機能はついてないので日中に堂々と空を飛ぶのは控えてほしい。
人目についたら色々と面倒な事になる』
……無駄機能じゃないか!」
「う~ん……無いよりはあった方が良さそうだけどさ。
って言うか余った容量だけでそんなのが追加できたの!?」
「えっと確か……飛行魔法は制御が厄介なだけで仕組み自体は割と簡単なんだそうです。
プログラムに任せる分には透明化したり錯覚させたりといったものよりずっと容量は少なくて済むらしいです」
「ハンパないな。地獄の技術……」
とにかく、これで入れ替わりの手段は確保できたわけだ。
ようやく攻略が始められそうだ。
「……ん? まだ続きがあるな。
『なお、これらの魔法は使用者の魔力を消費する。
人間にも分かりやすく言うのであれば、使う度に体力を消費する。
人間でも扱える程度の容量に絞ったつもりだが、体調の悪化を感じたらすぐに使用を控えるように』
だそうだ」
「分かった」
魔女っ子かのんちゃんならやっぱり空を飛ばないと!!
……すいません、ただのノリで付けた設定です。作中で生かされる予定は今のところはありません。
まあでも、原作でハクアが『飛行魔法には動魔法を20個制御しなきゃいけない』と言っており、難易度としては高くてもあんまり大規模な魔法では無いんじゃないかな~と。羽衣に標準搭載されてるくらいですし。
ほら、2桁×2桁の掛け算を20個同時にやる的な。人間や悪魔には難しくても機械なら楽勝です。機械の場合は同時って言うより一瞬で順番にが正しいような気もしますが。
人間に魔法が使えるのかについては原作内の描写から可能と判断しました。
・原作最終巻で『魔力は凄いけど人間』のキャラが強化勾留ビンを使用している。
(その場面以前でも使っていたが、『魔力は凄いけど人間』と断定されているのはここが初)
・スミレ編で桂馬がエルシィの箒を使っている(ただの箒として使用しただけかもしれないが)
・スピンオフのマジかのでは羽衣服を着たかのんが空を飛んでいる(所詮はスピンオフだが)
・
以上の描写より、
『魔力と道具があれば使える』は確定。
『一般人でも道具があれば使える』はグレー。
『悪魔の協力があれば使える』も白寄りのグレー
と判断できます。
よって本作では『道具等があれば可能(より正確には魔法道具の使用は可能)』とします。無条件に使えるわけではないですが。