「天理さん、どうしちゃったんでしょうね?
やっぱり駆け魂の影響でしょうか?」
「そうだな、駆け魂の影響なのだとしたら……
内気な少女の建前と本音が分かれて二重人格になっている。といった所か」
「ほえ~、神様何でも知ってますね」
「当然だ」
『駆け魂の影響を受けて』ああなっているのだとしたらこれで間違い無いだろう。そんな感じのヒロインはゲームでそこそこ出てくるからな。二重人格に至るレベルは稀だが。
だが……恐らく違う。
センサーの影響を受けていなかった。これが意味する事は両極端な2つだ。
1、センサーを誤魔化せるような能力を持つ強力な駆け魂である。
2、駆け魂の力を押さえこめるような存在である。
前者であれば、アレは二重人格などではなく駆け魂そのものだろう。3階から飛び降りて平然としているなんて普通の人間ではあり得ない。強大な敵とも成り得るが、天理が駆け魂を飼いならしているのであれば味方になってくれるルートも一応あるか。新悪魔も旧悪魔も一応同じ悪魔なのだから、改心する駆け魂が居ても不思議ではない。
後者であれば……何者だろうな? 悪魔と対の概念となると、天使? 駆け魂の敵であれば敵の敵になるので味方……とは断言できないがある程度協調する事は可能だろう。ただ、新悪魔の敵だった時が面倒だな。
そして、どちらのパターンであっても言える事だが、僕に対して殺意は無いらしい。
死にかける事はあったがそれだけだ。さっき考えたような壮大な連中が本気を出せばあの程度では済まないだろう。
ひとまずは敵ではない事だけは救いか。
さて、ノーラとやら。お前はこいつをどう攻略するんだ?
僕に火の粉が飛んでこなければなんでも良いんだがな。
人気の無い場所で、鏡に向かって話す少女が居た。
端から見るとアブナイ人だが、彼女は至って真面目に鏡に写る存在に話しかけていた。
「もう、どうしてさっきはあんな事をしたの!?」
『天理がなかなか話しかけないから、きっかけを作ろうと思っただけです。
変な抵抗をするからあんな事になってしまったのです』
その存在は鏡の中だけでなく、彼女の姿を写すガラス、影、水たまり等を介して天理と会話を行う。
そして時には、彼女自身の体おも動かすようだ。
「だ、だって、急に話せって言われても。
桂馬君、私の事なんて完全に忘れてるみたいだったし……」
『おや、そうでしたか? 昨日訪問した時は『覚えているか』と問われて頷いていたようにみえましたが』
「……あれ、適当に頷いてただけだよ。きっとゲームの事しか考えてなかったんじゃないかな」
『……天理、素朴な疑問なのですがどうしてそんな男を頼ろうと思ったのですか?」
「桂馬君なら……桂馬君なら、何とかしてくれると思ったんだよ」
10年前の街並みを思い出そうとするように街を見て回っていた彼女は舞島学園のすぐ側、海浜公園に辿り着いた。
桟橋から海面を見つめ、水面に写る存在と会話をする。
「……そろそろ、帰る」
『良いのですか? 桂木桂馬ともっと話さなくても』
「……仕方ないよ。覚えてないんだから」
『本当ですか? とても納得しているようには思えな……ん?』
「どうかしたの?」
『誰か来ます。私は隠れます!』
「えっ? あの……」
水面に映っていた彼女の姿が普通のものに戻る。
その直後に、声が響いた。
「フッ、海は良いよね」
聞き覚えの無い声に天理が振り向くと、そこには見覚えの無い高校生くらいの男子が居た。
手には一輪のバラを携え、少女漫画に出てきそうなブロンドの髪とあいまって写真を撮ればきっと良い絵になるだろう。
「波間に想いを投げかければ、海は一時の安らぎを与えてくれる。
しかし、残り続けるのさ。君の心のスキマは」
そんなセリフを聞いて、天理はポカンとしている。
初対面の人からこんなセリフを投げかけられた場合の反応として至極真っ当だ。
「人間とは欲深く罪な生き物だ。だからいつも悪魔に狙われる。
そう、君の……
……えっと、なんだっけな」
言葉に詰まったと思ったらあからさまな動作でカンペを取り出してまた続きを言い始めた
「君の心のスキマ、僕が埋めよう! 僕に全てを委ねてくれないか!」
少女漫画か何かに出てきそうな一場面だが、手に持っているカンペが全てを台無しにしている。
関わらない方が良さそうだ。そう判断した天理は不審者のすぐ横を通り抜けて家へと帰ろうとする。
しかし、それを遮る者が現れた。
「まあまあ、話を聞いてあげてよ」
天理をさんざんつけ回していた人物、ノーラだった。
天理はそれでも迂回しようとするが、それに合わせてノーラも邪魔してくるので突破できない。
仕方がないので天理は話を聞く事にした。
「……あの、なん、ですか?」
「そうねー、医者みたいなもんかな。
亮! 続けなさい」
「う、うん。えっと……
安心して! 僕達駆け魂隊は君の味方だ!
君の心には今、駆け魂っていう悪い生き物が住んでいるんだよ。
このまま放っておくと大変な事になる。けど、君はラッキーだ。僕とノーラさんは最も優秀なコンビだからね!」
事情を知らなければ非常に胡散臭いセリフである。
勿論、天理は事情を知らないので非常に胡散臭く感じたようだ。
「ふふっ、僕らの方法は凄いよ。駆け魂を溺れさせるんだ。
スキマの原因となった欲望をその何倍も大きな欲望で埋め、スキマを溢れさせて駆け魂を追い出す!
簡単な話さ。1万円を欲する者には100万円を! 恋人を欲する女性にはF4を!
そしていじめを受けている者には恐るべき復讐を!!
さぁ、君の願いは何だい!?」
こんな胡散臭い奴に悩みや願いを話す奴などそうそう居ない。
しかし、ノーラ達はこれで成果を上げているのだ。
心のスキマ、彼女たち風に言うのであれば人の欲望。それを探る術を彼女は持っている。
「これは私の特殊能力でね。羽衣を通して人の心を映し出す事ができる!!」
羽衣で対象を拘束し、目隠しするように更に一周顔に巻く。そうすることで心を覗く。
駆け魂攻略においてこれほど適した能力は存在しないだろう。これを使って強引にスキマを見つけ、強引に解決する。
それが彼女たちのやり方である。
「は、離して!」
「そうはいかないわ。お、出てきた」
羽衣に映し出されたのは、桂木桂馬、その人であった。
目隠しされているはずの天理にも見えているのか、必死にもがいている。
「おや、男だね。この子と同い年くらいかな」
「これは簡単ね。好きか嫌いかの二択よ。
あなた、この男が嫌いなの?」
「っ!!」
天理は首を振った。
「じゃあ好きなの?」
天理は必死に首を振った。
「分かった。じゃあこの男をヒドい目に遭わせてあげるわ」
「えっ?」
「あれ、いいの? あの子、どっちもNOだったけど」
「いーのよ。この世の中、愛と憎しみなら憎しみの方がずっと強くて大きいもの。
憎しみにしとけば大体当たるわ。本音をちまちま訊き出すほどヒマじゃないし。
それじゃ~ね~」
ノーラと、そのバディーは天理を置いてどこかへ飛び去った。
桂木桂馬に火の粉が降りかかる事が確定した瞬間であった。
「……ど、どうしよう」
原作を見直してて『F4って何やねん』と思ってググってみたら戦闘機がどうこうとかモータースポーツがどうこうとかありましたが……
台湾出身の男性アイドルグループにF4ってのが居るみたいなので恐らくはそれでしょう。
……若木先生は何故そこをチョイスしたのだろうか?
いや、それよりノーラさんはどうやってF4を調達したんだろうか。
ノーラの質問に対して天理が首を振る場面ですが、好きか嫌いかという質問に対する反応を原作と逆にしてみました。
原作では『好きか』に対して首を振り、『嫌いか』で激しく首を振りますが、図星を突かれた方が強く反応するの気がしたので。
まぁ、性格次第と言われればそれまでの事なんですけどね。
追記
F4について読者の方から『元ネタは花より男子ではないでしょうか?』というコメントを頂きました。
確認してみたところ、上記の台湾のアイドルの元ネタがそれのようなので、原作におけるF4もそれの事だと思われます。
……しかし、ノーラさんは一体どうやって用意したのか……謎が更に深まりますね。