もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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03 ゲーマーとアイドル

 ……よし、まずは落ち着いて整理しよう。

 現在の選択肢はかのんが会計である事を『教える』か『教えない』かである。

 なお、かのんの存在をどうにか隠して判子を押してもらったとしてもその判子のせいで『中川』という名前が(名字だけだが)伝わるので隠し通すのはほぼ不可能だろう。

 となると、『教えない』を選択した時点で判子を押すのは不可能だ。

 判子が押せないとなると、こいつらはそう簡単には引き下がらないだろう。僕だって買えるはずのゲームが買えなかったら理由を徹底的に追求する。僕が追求されるだけならごまかせない事もないが、会計相手に直談判しようとされたら止められん。児玉なら間違いなく知っている事はこいつらにも分かるだろう。現状でわざわざ児玉に訊きにいく必要が無いから訊いてないだけだ。

 となると……どう足掻いてもバレるな。『教えない』なんて選択肢はセコい時間稼ぎにしかならん。

 

 僕の選択肢は『教える』以外は無くなったわけだが、肝心なのはその教え方だ。

 ………………

 よし。一応それっぽい筋書きはでっち上げられそうだ。急造なもんだから穴はあるだろうが……そこはアドリブで乗り切るしかあるまい。

 ちひろ達に話す前に胸ポケットのボイスレコーダーを起動しておく。かのん曰く『これは予備のものだし、いつ必要になるか分からないから持っといて』との事だ。今回語る急造のストーリーの口裏合わせの為に活用させてもらおう。

 

「もしもしー? 大丈夫?」

「……ああ、すまない。昨日は寝てないんで少々うとうとしていたようだ」

「一体何してたの。夏休みの宿題とか?」

「そんなもんは最初の半日で片付けた。

 って、そんな事はどうでもいい。確か会計についてだったな?」

「うん。誰なの?」

「ふっふっふっ、聞いて驚け。

 軽音部の書類上の会計は……『中川かのん』だ」

「…………えっ?」

 

 京は涼しい顔して何でもそつなくこなすようなイメージだが、今回ばかりはかなり驚いたようでポカンと口を開けている。レアな表情……な気がする。

 他の連中も似たり寄ったりな反応だ。

 

「か、桂木!? どういう事なの!?」

「どどどどうしてかのんちゃんが!?」

「中川かのん……私は存じ上げませんが有名人のようですね」

 

 結は平然としているな。かのんよ、お前の名前を知らない奴が隣のクラスに居たぞ。

 って言うかこのやりとり後で本人に聞かせる予定なんだよな。昔のように暴走してスタンガンを振り回す事は無いと思うが、一応警戒しておこう。

 

 

 

 

 

 

「へくちっ」

「どうしたのかのん、風邪?」

「アイドルの身体は自分1人だけのものじゃないんだからね。体調管理できてなくて倒れたらぶん殴るわよ」

「いえそうじゃなくて、何か誰かに失礼な事を思われたような……」

「…………顔良し歌良し性格良しで将棋も指せる上に第六感まで冴え渡っているアイドル……イケる!!」

「いや、イケませんよ岡田さん!!」

 

 

 

 

 

 

「どういう事なのさ桂木!!」

「キリキリ吐いてもらうからね!!」

「あ、あの……何事ですか?」

 

 ちひろと歩美が殺気立ってるな。

 リアルアイドル如きと少し仲良くしてたくらいでそこまで殺気立つ事もないだろうに。

 まぁ、こいつらの中ではその『アイドル』ってのは凄く大きな存在なんだろうな。

 

「吐くと言ってもだな。会計が中川だという事実があるだけなんだが」

「そうじゃなくって! あんたら知り合いだったの!?」

「知り合い……まあそうなるか」

「い、いつからなの? いつからなの!?」

「ん~、確か……6月の頭くらいだったか。

 1学期の中間テストの後に成績の事について相談されたんだよ」

 

 という事にしておく。ちなみに、本当に会ったのもそのくらいだった。偶然の一致だな。

 

「成績の事?」

「ああ、あいつがアイドルをやってるのは皆知っているな?」

「勿論」「トーゼン!」「うちのクラスだもんね」

「アイドル……ああ、アイドルだったのですか。そう言えばクラスの誰かがB組にそんな方が居ると言っていた気がします。

 ……えっ、現役のアイドルとお知り合いなのですか!?」

 

 結にも状況が掴めてきたらしい。そりゃ驚くよな。

 

「でだ、お前たちはアイドルという職業をどう思う」

「どう思うって、そりゃぁ……」

「おおかた『キラキラしてる』とか『女子の憧れ』とかそんな所だろ?」

「いや、まあ大体そんな感じだけど先に言わないでよ」

「そういうプラスな面も間違っちゃいないが、それと同時に安定しない職業でもある。

 突然どっかの新人にファンを奪われて落ち目になる可能性もあれば妙なスキャンダルを嗅ぎつけられたりとかな。

 年も取るから定年までステージの上でアイドルとして働くなんてまず不可能だ。まぁ、これは極端な例だしステージの上がアイドルの全てというわけではないが。

 そんな感じで中川のご両親もそんな心配をした……のかは知らんが、アイドルを続ける上で条件を付けられているらしい」

「知らないんかい!!」

「実際会った事も無いしな。

 で、その条件というのは成績の維持だ」

 

 これは半分嘘だ。

 『成績が下がったら親から怒られる』という話は本人の口から聞いたことがあるが『アイドルを辞めさせられる』とまでは聞いてはいない。

 ただ、成績が極端に下がったら流石に辞めさせられるんじゃないだろうかと勝手に想像している。

 

「そういう事で、前回の中間テスト後に不安になった中川が僕に泣きついてきた。お前たちと同じようにな」

「あ~……確かに成績上げようと思ったら桂木に頼むのが一番だろうねぇ……」

 

 ちひろ達も期末前に同じような事を頼みに来ていたのでこれに文句は付けられないだろう。

 

「あ、でも何でかのんちゃんがあんたの事を知ってたの?」

「知るか。僕に訊くな」

 

 『クラスメイトから聞いた』とか『教師から聞いた』とか、いくらでもでっちあげられるが僕が答えるのも不自然なのでテキトーにあしらっておく。

 ちなみに、舞島学園ではギャルゲーでよくある試験結果の張り出し等は行われていない。張り出されてたら『それを見たんだろう』が一番自然な回答になったんだがな。

 

「で、どこまで話したっけか? ああそうそう。教師役を頼まれた所までだな。

 僕としては面倒なだけなんで最初は断ってたんだが……」

「ちょっ、正気!? アイドルとお近づきになれるチャンスを蹴ったの!?」

「ゲームアイドルの足元にも及ばない連中にどうして媚びなきゃならん。

 続けるぞ。断ってはいたが、まぁ……色々あって教師役をやることになった」

「色々って?」

「…………気にするな」

 

 遠い目をしてテキトーにごまかす。

 もししつこく問い詰められたら『スタンガン片手に脅された』とでも言っておこう。

 

「後は……説明するまでもないか。

 部活の立ち上げの時に吉野と同じように名前貸しを頼んだってわけだ」

「そして今に至る……と」

「そういう事だ」

「う~ん……色々と気になる事はあるけど、大体分かったよ」

 

 語った自分でも気になる点はいくつかあるが、大きな矛盾は出ないようなストーリーをでっちあげたつもりだ。

 これなら後はかのんに丸投げしても何とか凌げるだろう。多分。







 舞島学園ではテスト結果の公開はされないとしておきました。
 だって、公開されてたら桂馬が常にトップになるので噂が立たないわけがないですからね。もしそうなってたら原作のみなみ攻略の流れが結構変わってた……かも。

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