もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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残された絆の物語
プロローグ


 エルシィさんは、またもや地獄の特訓に旅立った。

 

「……またなのか」

「うん。矯正し切れなかったって岡田さんが悔しがってたからね。万全の準備を整えてもう一度トライするらしいよ」

「完全に別人扱いされてるな……」

「……うん」

 

 むしろバレてるのがごく身近な人間に限られてるのが奇跡だと思う。

 それだけ周りのスタッフさん達が有能なのかもしれない。

 

「まあいいか。麻美の調査もお前と一緒の方がはかどりそうだしな」

「そうだね……」

 

 麻美さんの件は桂馬くんには既に伝えてある。

 って言うかボイレコで録音したものを聞かせておいた。記録を取るっていう意味でも良い働きをしてくれている。

 ただ……前にも言ったように基本方針は現状維持で、積極的に何かするわけじゃないんだけどさ。

 

「天界か。僕はゆっくりとゲームしていたいんだがな」

「ホントだよね。良く分かんないいざこざに私たちを巻き込まないで欲しいよ」

「……そう言えば、ごたごたしてて訊き忘れてたんだが……

 

  お前に女神は居ないんだよな?」

 

「……なるべく正確に答えるなら『分からない』っていうのが一番近いかな。

 少なくとも自分の感覚では『居ない』けど、女神様が全力で隠れてるって言い張る事もできるし」

「確かにそういう風に言う事もできるか。分かった。

 少なくとも自分で感じ取れないなら構わん」

 

 他の女神を全部探し出せれば断定できるんだけどね。流石にすぐには難しいね。

 

「それじゃ、そろそろ学校行こうか」

「そーだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起立! 礼!」

『ありがとうございました!』

 

 のんびりと授業を受けていたらあっという間に昼休みになった。

 授業の終わりの挨拶などガン無視してゲームし続けている桂馬くんに声をかける。

 

「神に~さま! お昼一緒に食べましょ~!」

「ん? ああ、もうそんな時間か」

「はい! 今日も姫様()特製のお弁当を……あ」

「どうした?」

 

 何故か、このタイミングで思い出した。

 お弁当、荷物の中に入れ忘れた気がする。

 慌てて鞄の中を探してみるけどやっぱり無いみたいだ。

 

「ご、ごめんなさい神様。お弁当、家に忘れてきちゃったみたいです」

「…………」

 

 桂馬くんは無言でPFPのキーボードを展開して高速で何かを打ち込んだ。

 

プルルルル プルルルル

 

 メールだ。桂馬くんからのだね。

 

『お前にしては珍しいな』

 

『そりゃ私だってミスくらいするよ。

 エルシィさんほどじゃないけど』

 

『そりゃそうか』

 

「じゃ、外パンと学食どっちが良い?」

「外パン?」

 

 そとぱん……どこかで聞いたことがあったような無かったような……

 話の流れから察するに学食か何かだろうか? いや、学食ではないのか。じゃあ一体何だろう?

 

「何だ、知らなかったか。ざっくり言うとパン専門の売店みたいなもんだ。

 うちの学食って高いからな。弁当を作るような気力も無い金欠の学生にはそりゃあもう有り難がられているようだ」

「へぇ、そんなのがあるんですね」

 

『そんなのがあるのに学食の方は採算取れてるのかな?』

『存続してるって事は一応取れてるんだろうな。

 まぁ、毎日パンってのも飽きるだろうし、たまにする贅沢みたいな位置なんじゃないか?』

『学食に贅沢も何もないような……』

 

「ちなみに、神様は学食に行ったことって……」

「何度もあるぞ」

「えっ? でも神様だったら『ゲーム以外に使う無駄な金は無い!』とか言いそうですけど……」

「……まぁ、外パンに行けば分かる」

「そうおっしゃるのであれば……外パンに行ってみますか」

 

 

 

 

    で!

 

 

 

「ほら、あれが外パンだ」

「うわっ、凄い人だかりだね……」

 

 桂馬くんに案内されて校舎の外に出ると凄い人だかりができていた。

 なるほど。この激しい争奪戦を嫌う人は学食に行くと。

 桂馬くんは『金で静かな時間が買えるなら構わない』とか言って学食に行ってたのかな。

 遠くの方に小さめのテントと上り旗が少し立っているだけの売店らしき場所が見える。

 あの規模でこの人数を捌けるのだろうか?

 

「と言うかこれ、私たちが行く頃にちゃんとパンは残ってるの?」

「運次第だな。まぁ、ダメだったら学食に行くだけだ。少々高いが」

 

 私たちは人ごみの中を少しずつ前進していく。テントが近くなってきてだんだんとより良く見えるようになってきた。

 どうやら店の名前が印刷されているようだ。DEMETER……?

 

「桂馬くん、あのお店の名前って何て読むんだろう? デメテラ?」

「『デメテル』だな。確か豊穣の女神とかそんな感じだったはずだ」

「よ、よくそんなサラッと出てくるね……」

「神話を元ネタにしたゲームはありふれてるからな。

 堕天使とか神とか女神とか……ん?」

「ん?」

「女神デメテル……女神……いや、流石に関係無いよな」

「……ああ、ユピテルの姉妹との関係って事か。

 ウルカヌス、アポロ、ディアナ、ミネルヴァ、マルス、メルクリウス、だっけ?」

「……流石に無関係だろうな。一応心の片隅に置いておこう」

 

 パン屋が女神様と関係あるなんて事はまず無いだろうからね。単純に『豊穣の女神』の名前を借りてきただけだろう。それでも少し尖ったチョイスな気はするけど。

 

 

 そんなこんなで段々と列が進んでいき、私たちの前にはあと2~3人程度になった。

 

「あ、あのパン食べた事ある!」

「……ああ、そうか。そう言えばアイツに頼んで買ってきてもらった事があったか」

「そう言えばそうだったかもしれない。

 あの時食べた焼きそばパンに卵をとソースを混ぜた感じのあれ凄く美味しかったよ。また食べたいって思ってたんだ」

「オムそばパンの事だな。ソースはオリジナルらしいぞ」

「確かにあのソースは凄かった。

 何種類もの調味料を混ぜているにも関わらず香りを良い塩梅に抑え、あくまでメインである焼きそばと卵の引き立て役に徹してた。

 その上で、二つの具材とパンとを調和させるかの如く……」

「わ、分かった分かった。とにかく食おう。な?」

「うん!」

 

 私がそうやって元気に返事した時だった。

 

ドロドロドロドロ……

 

 できれば聞きたくなかった音が鳴り響いた。







 『気力』って変換しようとしたら先に『棋力』って出てきましたよ……
 ミョーな小説ばっかり書いてるうちのパソコンの予測変換は偏ってます。

 かのんちゃんによる「で!」を想像したらちょっと可愛かった件について。

 原作1巻から既に出てきている外パンですが、『デメテル』という店名(と思しき物)が出てきています。
 この頃から女神を出すアイディアが朧げにあったのかもしれませんね。
 まぁ、『恋愛の神様の話だから出てくる名前も神関係にしよう!』って感じで出てきただけの可能性の方が高いですが。

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