「鎮まりなさい! そこの庶民たち!」
私がセンサーを確認して音を止めるとほぼ同時にそんな声が響き渡った。
随分と上から目線な台詞だ。何様のつもりだろうか?
振り返ってみると、ツインテールの金髪少女が腕を組んで堂々と立っていた。
何者だろうか? という私の疑問に答えたわけでは無いだろうけど、周囲のざわつきから答えになりそうな言葉を拾う事ができた。
『あっ、青山さんだ!』
『青山美生!? あの青山中央産業の社長令嬢の!?』
『外パンに来るなんて何事だ?』
どこかの大企業のご令嬢かぁ。結さんとは別のベクトルでお嬢様って事だね。
でも確かに、何でそんな人がこんな所に来たんだろう?
「森田、前から気になっていたがあの人だかりは何だ?」
青山さんが疑問を口にするとすぐ横にスーツ姿の男の人がスッと現れた。
この学園って親でもない成人男性を連れて歩けるんだろうか? 私がここに通う事にした理由の一つにセキリュティの強さがあるからそんなはずは無いんだけどなぁ……
「外パンでございます。
金に不自由な民の為に慈善で設けられた施設ですな」
「ふぅん、ヘンな物が売っているな。オムそばパンだと? 1つ貰おうか」
「かしこまりました。君達、退いてくれ!」
ちょっ、あと1歩で私が買えるはずだったのに!
はぁ、まあいいか。待つのが1人増えるだけだし。
「オムそばパン1コかい? 100円だよ!」
「ではこれで」
「1万円? そんなお釣り無いよ。小銭は?」
「悪いが、生まれてこの方小銭なんて持ったことが無い」
「ええっ?」
「ではこうしよう。この金で買えるだけのオムそばパンを貰おう」
……ちょっと待ちなさい。オムそばパンって100個もある?
「100コも無いよ。69コとそのお釣りくらいならあるけど?」
「では全て貰おう。釣りなど要らない」
「いや、こっちとしてもお釣りを貰ってくれないと困るんだけど……」
「そのような端金は不要だと言っている。早くパンをくれ」
「はぁ……分かったよ。箱はサービスで貸したげるけど、後でちゃんと返しておくれよ」
「良いだろう。では失礼する」
こうして、オムそばパンは売り切れた。私たちの目の前で……
「って、ちょっと待ちなさい!!」
「ん? 何か?」
「何か? じゃないよ! 横入りした挙句に買い占めって悪質過ぎるよ!
社長令嬢だか何だか知らないけどふざけないでよ!!」
「フン、何を言うかと思えば。
文句を言うなら私のような金持ちになってからにしろ」
「んなっ!!」
そんな馬鹿げた言葉だけを残して青山さんは行ってしまった。
「お、おい、中……じゃなくてエルシィ、落ち着け」
「わ、私の、私のオムそばパンが! 許せない!!」
「……とりあえず食堂に行こうか。そして少し休め。キャラが崩壊してるぞ」
「で? 攻略対象はアイツで良いのか?」
「うん。センサーはバッチリあの子を示してたよ」
「意外に冷静だったんだな。ブチ切れてたように見えたが」
「うぐっ、ご、ごめんなさい……」
振り返ってみたら数分前の私はヒドかった。
エルシィさんの錯覚魔法を使ってるのに、教室外とはいえあんな目立つ所で素の口調で怒鳴ってしまった。
大丈夫かなぁ……
「まあいい。まず情報は……持ってるわけないよな?」
「学校に殆ど来ない私の情報網の貧弱さを舐めちゃいけないよ。
あの場で聞いた名前と、あと私たちのクラスじゃないって事が分かるだけだよ!」
「青山美生、どこかの社長令嬢、あとは……制服から高等部に所属しているのが分かるな」
「そのくらいだね」
現状で得られている情報はこれくらいだけど、有名人みたいなんでどうとでもなるだろう。
例えば……クラスの情報通ことちひろさんから聞くとかね。
「……はぁ、何か今更な感じの攻略対象だな」
「どういう事?」
「今回のターゲット、外見からほぼ『ツンデレ』のキャラだと察する事が可能だ」
「外見で判断したんだね……」
「ああ! 猫目で、明るい髪色で、デコが出てるツインテールで、おまけにチビな女子は、100%がツンデレだ!!」
ここまで清々しいゲーム理論が飛び出てきたのは久しぶりな気がする。
それだけを頼りに攻略を進めるのは論外だけど、どうせ後で裏付けするんだから放置しておこう。
「ツンデレなのは分かったけど、今更な感じっていうのは?」
「ああいう極端なキャラは選択肢も極端なものになりやすい。攻略のテンプレートがほぼ確立されている。
漫画に例えるなら読み切りでとりあえず攻略してみたり、連載3話目でページ数が少なくなった頃に失速を抑える為に出てくるようなキャラだ」
「いやに具体的な例えだね……」
「まったく、もっと早く出てきてくれてれば
「……でも、判断に困るような妙な人が出てくるよりずっと良かったんじゃない?」
「まぁ……そうだな」
桂馬くんも本気で不満に思っているわけではないようだ。攻略が簡単な事自体は喜ぶべき事だもんね。
「まあいい。今は飯にするか」
「……そうだね。はぁ……」
「……一応こっちの料理の方が高いんだがな」
「味だけで値段が決まるわけじゃないからね。ゲームだって値段で面白さが決まるわけじゃないでしょ?」
「……確かに。それもそうだな」
明日こそは、明日こそは絶対にオムそばパンを食べてやろう。そう誓う私であった。
……放課後……
「よーしようやく授業が終わった! さぁエリー、今日も特訓だ!」
「はいっ! ちひろさん!!」
陸上部の活動もある歩美さんと京さん以外、軽音部では毎日練習をしている。
と言っても、ずっと楽器を弾いてるわけじゃなくて、時々休憩を入れたり雑談したりする。
その雑談に乗じて美生さんの事を訊き出そうと計画していた。
いたんだけど……
「失礼します!」
私たちが椅子から立ち上がる前に、礼儀正しく挨拶しながら教室に入って来た人が居た。
「エリーさんと桂木さんは……いらっしゃるようですね。少々お時間を頂けますか?」
ほんの少しだけ息を切らした様子で駆け寄ってきたのは、五位堂結さんだった。
というわけで美生編です。え? 前話から知ってた?
神のみでは何気に希少なパンチラ要員だったりします。精査したわけではないですが、パンチラを披露するのは彼女だけかも。(露骨なお色気シーンは除く)
美生編終了後もかのん編では胸チラがあったりしますが、その後はそういうシーンはほぼ見られなくなるみたいですね。(あまりに露骨なry)
原作者の若木先生も連載初期は迷走していたのかも……?
かのんちゃんのキャラが崩壊してる気がするけどきっと気のせい。
きっと色んな仕事をしてるうちに食通属性が身についたんでしょう。きっと。
原作では100個買った事でオムそばパンが売りきれてましたが、ピッタリ100個あったなんていう偶然がそうそうあるとは思えないのでちょっと変えてみました。
ところで、美生編が確定した事で執筆順序関係でちょっとしたお知らせがあります。
書き手側の問題なので読者の皆様が知っている必要はあまり無い事ですが、一応お知らせしておきます。興味がある方はご覧ください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=184739&uid=39849