ようやく放課後になって、かのんに情報収集を任せようとした所で結が教室に入って来た。
エルシィだけでなく僕も呼ばれているようだ。何事だ?
「で、五位堂だったな。何の用だ?」
「結で結構ですよ。その名字はあまり好きではないので」
「ふむ……まあいいか。で、結。何の用だ?
ゲームしながらで良いなら聞いてやる」
「……まあ、桂木さんなら問題無いでしょう。
まずは場所を変えさせてください。そうですね……軽音部の部室にでも」
部活関係の用件……ではないか。もしそうなら部室に呼ぶのに迷う事は無いだろう。
単純に人が少ない場所に移動したかっただけか?
「分かった。エルシィ行くぞ」
「あ、は、はい神様!」
特にトラブルも無く部室に到着した。
なお、ちひろは空気を読んでくれたのか「ちょっとノンビリしてから行くよ。どうせ3人しか集まらないし~」とか言って他の連中と雑談していた。
歩美と京は陸上部の方に行っているので、この部屋に居るのは僕とかのん、そして結の3人だけだ。
で、肝心の結の用件なのだが……
「申し訳ありませんでした!」
どういう訳か、いきなり謝罪から始まった。
「待て待て。何がどうなってそうなった」
「私の友人が桂木さん達にご迷惑をおかけしたと聞きまして。
代わりに私から謝罪をと思いまして」
「友人? 誰だ?」
バンドメンバーの連中に迷惑をかけられた記憶は今のところ無い。
強いて言うならたまに話しかけてくるちひろが鬱陶しいくらいか。ただ、こちらの対応としてはテキトーに相槌を打つだけなのでほぼ無害だ。
……やっぱり分からん。誰だ?
「あっ、申し訳ありません。少々焦っていたようです。
私の友人というのは2-Aに所属する青山美生さんの事です」
「青山……青山美生だと!?」
「ゆ、結さんって、あ、あの人とお知り合いだったんですか!?」
「そこまで驚きますか……? 私が一応所属している五位堂家と同じく青山家も舞島の街の古くからの名士の家ですからね」
「……確かに言われてみればそうなのか。平たく言うと金持ち繋がりって事だな?」
「身も蓋もない言い方をしますね。その通りではありますけど」
世間は狭いと言うべきか、何と言うか……
いや、考えてみればこの学園は結のようなお嬢様が通うに値するお嬢様学校なのか。ご令嬢の1人や2人くらい勝手に集まってくるのか。
「お前と青山美生との繋がりは理解した。わざわざ代わりに謝罪に来るとはな」
「はい。特にエリーさんが口調が変わるほど激昂していたと聞いたもので……」
「あ、アハハ、もう大丈夫ですゴメンナサイ」
「え? 何故エリーさんが謝るのですか?」
「あー、いや、何でもないです」
確かにあの時は口調が素だったな。そしてそれは演技を忘れるほど怒ってたという事なので『口調が変わるほど激昂していた』というのは正しいな。
外パンでの一件は置いておくとして、今回の攻略対象と結との仲が良いというのは有難い。
何か良い情報が得られると助かるな。なるべく自然な流れで訊き出したい。
「しっかしあいつ、まさに典型的な『金持ち』って感じだったな。オムそばパンを買い占めたり、釣り銭の受け取りを拒否したり」
「何ですって!? か、桂木さん、詳しく教えていただけませんか!?」
ん? おかしいな。『あいついつもあんな感じなのか?』みたいな感じで愚痴っぽいのをこぼしながら情報を拾っていくつもりだったんだが……
「って言うかお前、友達が具体的に何をやらかしたかは聞いてないのか?」
「申し訳ありません。桂木さんとエリーさんが被害を被ってた事と怒ってた事までは把握していましたが、内容までは……」
「あ~……まあいい。あいつがやった事って言うとだな……」
「私たち庶民の為のオムそばパンを買い占めたんですよ!
1コ100円なのに、小銭なんて持ってないって言って、諭吉さんを出して『コレで買えるだけ貰う』とかうらやまげふんげふん、イヤミったらしい事を!
しかも、在庫全部とお釣りを渡そうとしたオバチャンに向かって『釣りなんて端金は要らない』って!
あーもう、今思い出してもムカムカしますよ! 私のオムそばパンが!!!」
「お、落ち着けエルシィ。言いたい事は十二分に伝わってるから」
かのん、的確に説明しつつ怒ったな。今度はしっかりと演技しつつ怒ってるあたり本当に怒ってるわけではないようだが。
今のセリフは僕よりもエルシィの方が自然なので助かる。
しかし、何か問題があっただろうか? いかにもゲームに出てくる金持ちらしい行動だ。
僕は特に異常は無いと判断したが、結は違ったようだった。
「……あの子はっ、また馬鹿な事をっ!」
「ちょっと待ってくれ。今の発言の中にそんなにヤバい行動があったのか?」
「問題だらけです! 今のあの子は……
……あ、いえ、何でもありません」
「いやいや、そこまで言っておいて何でもないって事は無いだろう。
あいつのやたらと気取った行動に理由でもあるのなら是非とも知りたいよ」
そう言ってやると結はしばらく頭を抱えて悩んでいたが……
「……仕方ありません。この事はくれぐれも他言無用でお願いします。
あの子の悪評を広めたくはありませんので」
「内容による……と言いたい所だが、まあいいだろう。
僕としても人の悪評を広める趣味は無い。
エルシィも大丈夫だろうな?」
「オムそばパンを食べられなかったのはショックでしたけど悪評を広めるほど恨んでるわけじゃないですよ。
大丈夫です!」
「……分かりました。では結論から言いましょう。
あの子は、今現在はとても貧乏なのです」
結の口から、有り得ないような情報が放たれた。
原作2巻を見ると青山家は『名家のご令嬢』と言うより『
歴史の浅い成り上がり者の可能性も十分あるので『古くからの名士』と呼ぶのはどうかと思ったのですが……原作22巻で確実に古くからの名士である白鳥家に意見を出したりしているので、それと対等に付き合える権力者という意味で使わせていただきます。