怒った様子で出て行った運転手の森田は僕に目もくれることなく車に乗り込んで行ったが、後から出てきた美生とはバッチリと目が合った。
「えっ、だ、誰? っ!! そ、その服はっ!!」
学校から家に帰ることなく直接やってきたので、僕の服は舞島学園の制服のままだ。
さて、ここで今回の目的を再確認しておこう。
一番の目的は情報収集。心のスキマを突き止めるのがベストだがそう上手くはいかないだろうな。
恋愛ルートを使うか、それ以外のルートを使うのかもまだ未定だ。未定だが……どう転んでも美生と会話する事はプラスになるだろう。
よって、今回の目標は『なるべく長時間美生と話す』だな。
雑談でも何でも良い。心のスキマを突き止める為のとっかかりを掴むぞ。
と、短期目標を決めたのは結構だが、相手は没落したご令嬢だ。しかもその没落を学校の生徒たちに隠している。見ず知らずの相手との会話なんてサッサと打ち切りたいに決まってるし、生徒相手なら尚更だろう。
そういう相手としっかりと会話する為にはどうすれば良いのか、実は割と簡単だ。
「ふぅん、話には聞いてたけどヒドい状況だね。だいじょぶかい?」
「は、え? あ、あんた何者?」
「僕かい? 桂木桂馬だ。以後お見知りおきを」
「え、ええ……って、そうじゃないでしょうが!!
あの……その……」
方法は2つ。その両方を一度に実践させてもらった。
1つ目は『隠し事の内容を知っている』と教える事。隠し事が無駄だと知ってもらえればペラペラと喋ってくれる……という事は流石に無いが、会話を続けるハードルがグッと下がる。わざわざ隠し事とそれ以外の内容を厳選して会話するくらいなら黙り込む事を選択する人間の方が圧倒的大多数だからな。お嬢様にはサッサと開き直ってもらおう。
2つ目は『相手に興味を持たせる』という事。こっちから会話を持ちかけるのが厳しいなら向こうに動いてもらえば解決だ。美生にしてみれば僕は突然現れて、隠していた事を当然のように知っていたらしい謎の男だ。放置したいとは思わないだろう。
「訊きたい事は大体分かる。どこか落ち着いて話せる所は無いかい?
こんなボロアパートの前で長々と話し込むのは君としても本意じゃあないだろう?」
「むぐっ、それは……そうだけど……」
『こんな場所に居る所を誰かに見られるかもしれないよ?』という脅しともただの指摘とも取れるセリフだ。
まぁ、今まで美生の没落がバレてなかった事を鑑みるにこの近辺をうろつく生徒はそう居ないようだが……何が起こるか分からないからな。
そういう妙なアクシデントを回避する為には……最適な場所があるな。
「じゃ、行くか。付いてこい」
「待ちなさい! どこに行くっていうのよ!!
って言うか、何で当然のように私が付いていく事になってるのよ!!」
「ん~? 来ないのか? 僕は一向に構わんが」
「うっ、い、行けば良いんでしょ行けば!! どこに連れてこうってのよ!!」
「行けば分かるさ」
ここで素直に『カラオケに行くつもりだ』と言っても問題は無いが、思わせぶりなセリフ回しを選んで少しでも興味を持たせるように試みる。
なお、カラオケを選んだ理由としては個室かつ防音性能抜群だから。本来の使い道とは全く異なるが、密談を交わすのに凄く便利だ。
とまぁ、渋々ながらも移動する事を認めさせたわけだが、2~3歩進んだ所で再び美生の足が止まった。
「待ちなさい」
「何か?」
「あんた、この私に歩かせるつもりなの?」
そんなもの言うまでもなくそのつもりだったのだが、お嬢様にとっては違ったようだ。
どんだけ箱入り娘なんだよ。って言うかこれで1年間もよく生きてこれたな。
「そのつもりだが……嫌か?」
「当たり前でしょう! 私は青山中央産業の社長の娘なのよ!!
徒歩で移動だなんてそんなみっともない真似ができるわけが無いでしょう!!」
「散歩は健康にも良いんだがな……なら仕方ない。選んでくれ。
1、徒歩で移動せずに君の家で話を聞く。
2、徒歩で15分ほど移動して別の場所で話を聞く。
さぁどっちだ!」
「どっちも嫌に決まってるでしょう!!」
流石に無理か。だったらそうだな……
「……よし、こうしよう。君は部屋の中、僕は外。
その状態で窓を少し開けて話そう。
これなら君の姿が外から見える事も無いだろう」
「……それなら……いいわ。そうしましょうか」
顔を会わせて会話できないのは少々残念だが、初日の成果としては上々だろう。
原作で桂馬に対する美生の呼称は『お前』なのですが、何となくしっくりこなかったので本作では『あんた』にしてあります。
原作と違って美生からの印象が『告白覗き庶民』じゃなくて『謎の男』だからですかね?
また、美生に対する桂馬の呼称も『君』です……って、何気に原作通りなんですけどね。
桂馬が女子に『君』とか言ってる絵面は違和感がハンパないですが、桂馬ならやりかねないと納得できる不思議。
美生が徒歩でどこかに移動できるわけが無いですね。
かと言っていきなり家に上がり込めるわけが無いので色々と回り道して妥協案に落ち着きました。
最初に断られる前提の大きな要求をした後に小さな要求を通すのは詐欺師の手口な気がするけど気にしない。