扉を挟んで美生と会話を行う。
窓を開けて声を通すつもりだったが、さっきまで美生と運転手の声が聞こえてた事が示すように壁が相当薄い。閉めきっていても問題なく会話できるようだ。
「で、結局あんたは何者なの?」
「……ここでまた名前を名乗ったら怒られそうだな」
「当たり前でしょ!!」
「じゃあ真面目に答えるとしようか。
簡単に言うと、僕は君の友達の友達だ」
「友達ぃ? 私の? 一体誰の事を言ってるのよ。
庶民が一方的に私を慕っているとかならともかく、この私と対等に付き合える人なんて居ないでしょ」
「そこまで理解しててまだ答えが出ないなんて本人に聞かれたら泣かれそうだな。
答えは五位堂結だ。君の友達だろう?」
僕が結の名前を出すと扉の向こうで息を飲む気配が伝わってきた。
良かったな結。忘れ去られていたわけではなかったようだぞ。
「あんたっ、結の知り合いなの!? どういう事よ!!」
「どういう事って言ったってなぁ……僕はあいつが所属する部活の部長だ」
もっと他にも色々と言えそうだが、一番分かりやすそうで言っても問題ないのがこれだった。
部長として色々と手間かけさせられてるんだ。僕からも存分に活用させてもらおう。
「部活……部長? そう言えばあの子って吹奏楽部に居たわね」
「情報が古いな。吹奏楽部なら母親に辞めさせられたらしいぞ」
「はぁっ!? ……確かに響子さんならやりかねないわね」
響子……ああ、そう言えば結の母親がそんな名前だったな。
アレについて美生も知ってたんだな。悪い意味で目立ってて大丈夫なのか……?
「そういうわけで、今は親に黙って軽音部に入ってる。
で、そこの部長が一応僕という事になっている」
「親に黙ってって……あの結が? 大丈夫なのそれ?」
「今の所は問題は起こってないようだな。今の所は」
つい先日、かのんが判子を押しに行った時の会話で部活メンバーに結の母親の事が知らされたようなので今まで問題は起こってなかったんだろう。
結が問題を学校まで持ち込ませないように母親を上手く抑えているのかもしれない。だとしたら優秀だな。
「あんたが結と知り合いなのは分かったわ。
私の事も結から聞いたの?」
「ああ、そういう事だ。
あ、予め言っておくが、結は君の事を無闇に言いふらしたりしたわけではない。
君の事を知っているのは僕と僕の妹だけだ。無論、僕達も言いふらすつもりは全くない」
「2人ね……はぁ、知られちゃったものはしょうがないか。
で、結局あんたは何しにきたの?」
「君の奇行を止めるように結に頼まれた」
「ああ、またなの? 余計なお世話よ。この生き方を変えるつもりは全くないわ!」
「だろうな。安っぽい忠告でやめるようならもうとっくにやめてるだろう」
「……そんな事が分かってるならあんたは一体何しにきたのよ」
「頼まれたとは言ったが、解決するとは言ってないからな。
単純に君の行動に興味があっただけだ。
……その結果、運転手にすら逃げられる現場を目撃してしまったわけだが」
「あ、あれは逃げられたんじゃないわよ! 森田が私に付いてこれなくなっただけよ!!」
「どっちでも大して変わらないよ。それより、明日の登校はどうするんだい? 運転手居なくなっちゃったけど」
「そんなもの、タクシーを……呼ぶお金が無い……」
なら金を貸そう……なんて言ったら怒られるだろうな。間違いなく。
かと言って、僕が運転手の代わりをするなんてのも無理だ。僕はまだ17歳だから車は運転できない。自転車なら可能だが……美生が認めないだろう。
「……とりあえず、明日は歩いて行ったら?」
「そんな庶民感丸出しな事できるわけが無いでしょう!!」
「名目さえでっち上げれば何とかなるもんさ。『健康の為』とかさ」
「……それもちょっと庶民っぽいわね」
「じゃあ『庶民の気持ちを知るために庶民目線で登校した』とかは?」
「もっと庶民くさいわよ!!」
「そうかい? 君は社長令嬢なわけだけど、大抵の会社では最終的にお金を出すのは庶民と呼ばれる人達だ。
だから、将来の為の社会勉強って言っておけばむしろ責任感のある社長令嬢っぽさが出るんじゃないかい?」
『社長令嬢』という単語に『元』を付けようか一瞬迷ったが、彼女は自称社長令嬢なのでそれに合わせておく。
付けても付けなくても問題ないとは思うが、一応な。
「物は言いようね……他に案は?」
「強いて挙げるなら……学校をサボる事かな。不良扱いされかねないが」
「論外ね。はぁ、分かったわ。それで行きましょう」
詭弁や建前って大事だよな。他人だけでなく自分を納得させる為にも。
庶民である事への忌避感、あるいは社長令嬢へのこだわりか……その辺に何かありそうだな。
……遭遇初日のイベントとして最低限の事は達成できたとしておこう。その上で、少し踏み込んでみようか。
「ところで、君はどうして庶民を嫌うんだい?」
「嫌う? 別に嫌ってるわけじゃないわよ」
「そうかい? その割には庶民扱いされたくないように見えるけど?」
「そりゃあそうでしょ。私は庶民じゃないんだから。
勝手に庶民扱いされたら怒るわよ」
「ふぅむ……確かに」
扉越しなので少々分かり難いが、誤魔化したりしているような感じではなさそうだ。
『庶民扱い』が嫌いなのではなく『社長令嬢として扱われない』事が嫌いなんだな。
このまま社長令嬢にこだわる理由を訊いてみてもいいが……何か、『私が社長令嬢だからに決まってるでしょ』とか答えられそうな気がするな。
もう少し情報を集めてからの方が良さそうだ。今日はこんなもんにしておこう。
「じゃ、今日はそろそろお暇させてもらうよ。
また今度」
「えっ、そうね……じゃあまた」
こうして、美生との初遭遇イベントは終了した。
珍しく穏便と言うか、静かなイベントだったな。いつもは出会いのインパクトを重視してるからこうはいかないが、今回の場合はこれくらいの方がむしろ印象に残せただろう。
ここから恋愛ルートに持っていっても構わないし、それ以外のルートも行けるはずだ。
まずは明日、結からもう一度情報を引き出そう。
例のファンブックによれば美生の学力評価は4となっています。
なので、原作では突然桂馬に覗き見られて取り乱していましたが、段階を踏んで会話すれば大人しくしてくれると判断しました。
若干冷静過ぎる気がしないでもないですけどね。
美生パパが美生に教えていた『社長令嬢』っぽさというのが『経営者としての能力』なのか『経営者を支える妻としての能力』なのかは不明です。
後者であれば桂馬がでっちあげた徒歩登校の名目はあまり役には立たないのですが……原作では『青山家としての誇りがどうこう』といった感じだったのでそこまで深く考えてはいなかった気はしますね。
そもそも、16歳の娘相手に将来の結婚相手がどうこうといった話はしてそうにないですし。