もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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08 姫様によるお宅訪問

  ……放課後……

 

 再び、美生の家へと赴く。今回はかのんも一緒だ。

 なんでも、もうすぐ体育祭があるらしいんで運動部の連中が張りきってて、歩美や京の居る陸上部の活動も活発になっているらしい。

 それ故に軽音部のメンバーがなかなか集まらず、今日は休みとの事だ。

 

 そんな感じの理由はさておき、歩きながらかのんと打ち合わせを行う。

 

「中川、今回の件はどう持っていくべきだと思う?」

「スキマを埋めるっていうだけなら恋愛ルートで問題ない。むしろ最短だと思うよ」

「完全に同意見だ。妙な含みがある事も含めてな」

「……桂馬くんが本当に恋愛するなら話は分かりやすいんだけどね。

 攻略が終わったら美生さんは記憶を失う。側で支えてあげられる人は誰も居ない」

「アフターケアまで考えるのは本来僕達の役割ではないが……スキマが再発するのも面倒だからな」

「結さんなら、今の結さんなら力不足って事は無さそうだね」

「……実は金銭感覚が吹っ飛んでるとかいうオチは無いだろうな?」

「そこは間違いなく大丈夫だよ。部活を立ち上げる時に真っ先に『場所代の節約』っていう理由を挙げてたらしいから。他にも色々と倹約して頑張ってるみたいだよ」

「そうか……なら安心か」

 

 目標としては美生と結との仲を取り持って支えてもらう事か。それさえできれば心のスキマはほぼ埋まるだろう。

 その過程で、父親への依存心を何とか捨てさせて、その死を克服させる事ができれば完璧だな。

 

 

 

 

 しばらくして美生の家に辿り着いた。

 

「うわっ、ボロいとは聞いてたけどこりゃ相当だね」

「お前の個人資産で買い上げられるかもな」

「いや、流石にそれは無理だから。アイドルだからって大富豪じゃないんだよ?」

「それもそうか。

 美生の部屋は下の階の端っこだ。行くぞ」

 

 かなりのんびりとやってきたので美生はとっくに帰宅済みのはずだ。

 ドアを軽くノックする。すると期待通りに美生の声が返ってきた。

 

『っ! だ、誰!?』

「僕だ」

『いや、誰よ!? って、昨日のあんたか』

「その通りだ。今日は例の僕の妹も連れてきたぞ」

『妹ぉ? そう言えば昨日言ってたわね』

「君の秘密を知っている最後の1人だ。君も直接言葉を交わした方が安心できるだろう?」

 

 本物のエルシィだったら逆に不安が際限なく膨れ上がっていきそうだが……かのんなら大丈夫。

 エルシィとして紹介するが、かのんなら程々にしっかりと振る舞ってくれる……はずだ。

 と言うか、あのバグ魔の突拍子もない行動はかのんですら再現不能なんじゃないだろうか?

 

「……そういうわけだからせめて顔だけでも見せてほしいんだが」

『っ! ダメよ!』

「? 何故だ? 鍵を開けるのが嫌でもチェーンロックくらいあるだろう?

 ……あるよな?」

『そのくらいあるわよ!! でもダメ!!』

 

 ここまで頑なに拒否されるとは。そこまで嫌われた……というのは流石に無いだろう。

 何か部屋に見せたくないものでもあるのだろうか?

 例えば……

 

「……制服が汚れた?」

『はぁ? 何を言ってるのよ』

「違うか。では怪我をした」

『っっ!?』

「当りのようだな」

『けっ、けけけ怪我なんてしてないわよ!! ただちょっと転んで捻っただけよ!!』

 

 人はそれを普通『怪我をした』と言う。

 そう言えばずっと上げ底靴を装備していたよな。今日もそれで歩いていたなら転ぶのも無理は無いか。

 

「やれやれ、僕は湿布を買ってくる。エルシィ、ここは任せたぞ」

「りょーかいですお兄様!!」

『待ちなさい! そんな物要らないわよ!!』

「もう行っちゃいましたよ~」

 

 美生が何か言っているがスルーだ。

 恋愛ルートを使わないなら女子であるかのん(と言うよりエルシィ)の方が適任だ。何かしら情報を引き出したり進展させたりできるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薬局へと向かった桂馬くんを見送って、私は青山さんへと、正確には家の扉へと向き直った。

 攻略対象との会話は気を遣うからできれば素の状態で話したいけど、結さんから情報を聞いたのはエルシィさんという事になっているのでエルシィさんの演技をしながら話さないといけない。

 ベストを目指すなら相手に不安を与えないようにしてなおかつ興味を引く為にほどほどに不安にさせるべきなんだろうけど、とてもじゃないけどそんな面倒な事はやってられない。普通で十分だ。

 

 さて、まずは挨拶から。顔は見えてないけど声は届く。

 

「初めまして! 私はエルシィって言います!

 桂馬お兄様の妹です!!」

『ケイマ……ああ、そう言えばそんな名前だっけ』

「な、名前すら覚えてなかったんですか……」

『あいつ、最初にしか名乗らなかったのよ。

 名前なんて分からなくても話すことはできるし』

 

 うーん……昨日会っただけの相手ならそんなもんかなぁ。

 ちなみに私は名乗ってきた人の事はしっかりと覚える。そうじゃないとアイドルやっていけないから。

 

「それじゃあ……しょうがないかもしれませんね。

 では改めて、薬局に走って行ったのが私のお兄様の桂木桂馬、そして私がその妹の桂木エルシィです!」

『ふーん、何か妙な名前ね。『えるしぃ』ってどういう字を書くのよ』

「そのまんまカタカナですよ~。

 明らかに和風じゃない名前なのは……気にしないで下さい」

 

 確か設定上は桂馬くんのお父さんの隠し子なんだよね。その設定を遵守するなら、お母さんが外国人で普通に外国風の名前を付けて、その後に名字だけを変えたってとこか。

 あれ? そうなるとエルシィさんってハーフなのかな。あくまで設定上の話だけど。って言うか本当はハーフどころか完全に外国人だけど。

 

『そう。で、あんたは何しにきたの?』

「何をしに? ……あれ? 何で私ここに来たんでしょう?」

『私に訊いてどうすんのよ! しっかりしなさいよ!!』

「えっと確か……あ、そうだ! 美生さんの話し相手になって欲しいって頼まれてたんです!」

『……誰に頼まれたのよそんな事』

「それはモチロンお兄様……あ、でもそのお兄様も結さんに頼まれて動いてるので元を辿れば結さんの頼みって事になりますね」

『結から……そっか』

 

 あ、そう言えばこの2人の関係ってどんな感じなんだろう。

 結さんは『友達だ』って言ってたけど。

 

「そう言えば、お2人の関係ってどんな感じなんですか? パーティーか何かで出会ったんでしょうか?」

『ええ、その通りよ。

 パーティー会場であの子がいつも隅っこの方で寂しそうにしてたんで声をかけてあげただけよ』

「そ、そうだったんですか……ちなみにそれがいつ頃の……?」

『? 確か小学生になる頃かそれより前くらいだったと思うけど、何動揺してんのよ』

 

 サラッと言ってるけど、そんな事が誰にでもできるなら私みたいに友達が居な……少ない人は存在しない。

 私なんかを引き合いに出すのは失礼かもしれないけど、美生さんは社交性・協調性がある方なのだろうか? 身分のせいであまり目立たないだけで。

 

「お2人は幼馴染みなんですね」

『そういう事になるわね』

「う~ん……今は少し疎遠みたいですけど、大丈夫なんですか?」

『んなっ! 余計なお世話よ!!』

「そうですか? 結さんは美生さんと仲良くしたがってましたよ?」

『フン、どうせ没落した私を見て嘲笑ってるだけでしょう!』

「そんな性格なんですか? 結さんが」

『…………』

「結さんは美生さんのお金持ちのフリを止めたいとは思ってるみたいですけど、一度それを抜きにしてしっかりと話し合ってみたらどうですか?

 大切な幼馴染みなんでしょう? 喧嘩別れしたままだときっと後悔しますよ」

『……あのさ』

「どうしました?」

『……結は、私の事で何か言ってた?』

「そんなの、自分で確認して下さい」

『ぐっ、結の使いっ走りの分際で!』

「しょーがないですね。じゃあ少しだけ。

 結さんはあなたの事を友達だと、そう言っていましたよ」

『……そっか』

「あれれ~? 寂しそうですね。

 明日呼んできましょうか?」

『余計な事はしなくていいわよ!!!』

「は~い。呼んできますね~ではまた明日~!」

『こ、こら、待ちなさイタッ!!』

 

 美生さんが慌てて扉を開けようとしたけど捻挫した足のせいで上手く行かなかった……のかな?

 本気で嫌がってる様子ではなかったからちょっとからかってみたけど少々失敗したかもしれない。

 

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

『こ、この程度、痛くなんて無いわ!』

「え、でもさっき痛いって……」

『空耳でしょ!』

 

 ……これ以上おちょくっても意味は無いね。そういう事にしておこう。

 

「それじゃ、今日はこの辺で帰らせて頂きますね。

 お兄様が湿布買ってきたらちゃんと受け取って下さいね? 受け取らないと結さん連れてきますよ」

『分かったわよ! 受け取るからサッサと帰りなさい!!』

「は~い♪」

 

 受け取らない場合に結さんを連れてくる。

 けど、受け取ったら結さんを連れてこないとは一言も言ってないからセーフだよね♪







 原作では後略後に森田さんが戻ってきてたみたいですが、もし戻ってこなかったらどうなってたんでしょうかね?
 美生母に期待……できるかなぁ……?
 美生にやる気があっても、そのやる気が空回りしないように正しく導ける人はやっぱり必要だと思います。小銭の種類すら知らない非常識なお嬢様であらせられるので手を打たなかったらほぼ間違いなく失敗するでしょう。
 ギャルゲーならその役割は主人公なんでしょうけど、神のみ世界だと不可能ですね。記憶消し飛ぶので。

 ……森田はギャルゲーの主人公だった……?


 過去編は桂馬が小学1年生の夏休み前。
 その頃には美生と結は仲が良かったようですね。本作では小学1年生の4月前後に出会ったとしておきました。実際にはもっと前でもおかしくなさそうです。
 名家のパーティーって何歳くらいから出席するんでしょうね?

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