……翌日 美生の住んでいるアパート前……
「というわけで、結を連れてきたぞ」
『どういう訳よ!! って言うか何で連れてきてんのよ!!!』
扉の前には僕と結が居る。
かのんは天理を呼びに行っているので2人ともまだ来ていない。
「え? だって君は言ってたじゃないか。
『絶対連れてこないで!』って」
『そう言ったわよね!? 確かにそう言ったはずよね!?』
「うん。だから、連れてこいって意味だなと」
『ふざけんじゃないわよ!! このスットコドッコイ!!』
「ご、ごめんなさい美生さん……私はそこまで嫌われていたのですね……」
『えっ? い、いや、そういう訳じゃないけど……』
「気を遣わなくても良いのです。私、無神経な事を言ってしまいましたからね。
本当にごめんなさい、ごめんなさい。
私はもう二度とここに来ません。さようなら、美生さん……」
『んなっ!! あーもう!! 待ちなさい結!!」
結が歩き出して完全に去ってしまう前に目の前の扉が開かれた。
直接顔を合わせるのはやや久しぶりだな。
僕が来ても一向に開かなかった扉が開いたのは流石の友情パワーと言うべきか。
「美生さん……」
「べ、別に嫌ってなんかないから! だから……その……」
「……ふふっ、ごめんなさい美生さん。
ちゃんと分かっています。私が何か粗相をしてしまっても謝ればちゃんと許してくれる人である事を。
ちょっと素直じゃないだけで凄く優しい人だという事も」
「な、ななな何言ってんのよ!!
って言うか結? あんたさっきまで泣き出しそうだったじゃない! まさか……」
「……ここは定番のセリフを言わせてもらおう。
ドッキリ大成功だな」
結は少し拒絶されたくらいで泣き出して去るような短慮な性格ではない。
つまり……さっきのは美生を引きずり出すための演技だな。
「本当にごめんなさいね♪」
「騙されたぁ!! あ、あんたの差し金ね!? どうしてくれんのよ!!」
「どうするも何も……とりあえず部屋に上がらせてもらっていいか?」
「……もう、好きにしなさい」
とりあえず最初の
あとは結が解決してくれれば完璧だな。
部屋の中には畳まれた布団と卓袱台と……あと、大きな仏壇が置かれている。線香は上がっていない。
本当に最低限の物しか置いてない部屋だ。
美生と結は卓袱台の前に向かいあって座り、僕は少し離れた壁によりかかって見守っている。
「まず、改めて言わせて下さい。本当に申し訳ありませんでした」
「な、何よ。そんなに改まって。別にさっきの事はもう気にしてないわよ」
「そうではありません。もっと前の事です。
私、以前……ほんの2~3ヶ月ほど前に言ってしまいましたよね。富豪のフリは止めた方が良い……と」
「っ! ……そうね、言ったわね」
2~3ヶ月前と言うと丁度結の攻略が終わった頃だったかな?
母親から脱却してすぐに声を掛けたのであればかなりの行動力と言えるな。
「私が愚かだったのです。目先の事にしか気付けなくて、どうして美生さんが富豪であり続けようとしたのかという理由まで考える事ができなかったのです」
「理由? まさか、あんた……」
「美生さんが社長令嬢にこだわる理由……それは、お父様が関係しているのですよね?」
「んなっ!! ど、どうして……」
「美生さんが『社長令嬢』にこだわっている事は桂木さんが教えてくれました。
後は、美生さんの性格を考えれば簡単でした」
確かに、結論に辿り着いたのは結だったな。
間違っている可能性も頭の片隅に置いてはおいたが……美生の反応を見る限りこれで正解だったようだ。
「……私が、社長令嬢でありつづける限り、パパは死なない!
私の心の中で、ずっと生きてるんだ!!
……それとも、何? また言うの? パパはもう死んでるって、あいつらみたいに」
あいつら……運転手の森田や美生の母親か? 他にも元使用人とかその辺かもな。
「……私は、あなたのお父様の事をそこまで良く存じているわけではありません。直接話した事も殆どありませんからね。
ただ、凄く仲睦まじい父娘だったという事だけは存じております」
「…………」
「だから、有里さんと一番仲が良かった美生さんが『生きている』と仰るのであれば、きっと生きているのでしょう」
「……え?」
「美生さんが生きていて、有里さんが生きていると言い続けるだけで、それだけでもきっと生きているのではないでしょうか?
どんな形でも構わない。あなたが存在するだけであなたを通して有里さんを知る事ができる。感じる事ができる。
よく思い出してください。あなたがお父様から学んだ事は『社長令嬢』だけなのですか?
あなたが尊敬したお父様は『社長』を取ったら何も残らないのですか? そんな事は無いでしょう?
あなたの存在そのものが、有里さんが生きた証であり、有里さんが生き続けている証明なんです!」
まるでドラマのワンシーンのような台詞だが、台本は一切無く、僕が指示したわけでもない。全て結の素の台詞だ。
心のスキマの原因を聞いてから結なりに考えたんだろうな。流石は幼馴染みだ。
と、そんな事を考えていたら手元のマナーモードになっているPFPが振動してかのんから空メールが送られてきた事を知らされた。
家の前に到着って事だな。丁度いい。
「そしてもう一つ、言わせてください!!」
「な、何よ……」
「どうして、私たちを頼ってくれなかったのですか?
私も、うららも、あなたの友達です!
悩む前に、苦しむ前に、どうして相談してくれなかったのですか!!」
「えっ、で、でも私は……その……」
「まさかとは思いますが、没落して貧乏になったから等という下らない理由ではないでしょうね?」
「うぐっ!」
本人は口にしたくなかったようだがどうやらその下らない理由だったようだな。
ところで、『うらら』とかいう聞き覚えの無い名前が聞こえたな。金持ち繋がりでもう1人誰か居るんだろうか?
「お母様ならまだしも、私たちがお金で相手を選ぶとお思いですか?
馬鹿にしないで下さいよ!!」
結、サラッと母親に毒を吐いたな。
「私は、美生さんに助けられたんです!!
だから……困ってる時は助けさせて下さいよ!!」
結は、半泣きになりながらもそんな台詞を言い切った。
社長令嬢に関する話は何というか……若干建前っぽかったが、今のは結の心からの願いだったんだろうな。
「……はぁ、私があんたに励まされる日が来るなんてね。隅っこの方で寂しそうにしてたあんたに」
「む、昔の事はあまり言わないで下さい……」
「……ありがと」
「あれ? いつも素直じゃない美生さんがお礼を……? も、もう一度言って頂けますか?」
「何でそうなるのよ!! 私がお礼言っちゃ悪いの!?」
「じょ、冗談ですよ。でも良かったです。
やっと、笑ってくれましたね。美生さんにはやっぱり笑顔の方が似合いますよ」
「んなっ!! な、ななな何言ってんのよ!!」
「本音を言っただけですよ」
……何か、結がギャルゲーの主人公か何かに見えてきたな。いやまぁ、今回の攻略をギャルゲー的に考えると実際そうなんだが。
百合展開は……多分無い。
「そうだ。有里さんにお線香を上げさせてもらっても宜しいでしょうか? お葬式の時以来なので」
「あ、なら僕も上げさせてもらおう」
「ちょっと待ちなさい。結はともかく何であんたまで? あんたはうちのパパの事知らないでしょ」
「確かに知らないが、君を見てれば立派な人物だった事くらいは分かるさ」
「えっ? そ、そう……それなら良いわ。勝手に上げなさい」
結の説得をさりげなく補強してみるという打算的な考えもあるが、9割ほど本音だ。
死者が生きていた証拠……か。
人が死ぬ時、必ず何かを残していくのかもな。
……あいつが消えた時も、何かを残していったのだろうか?
「桂木さん、お線香は何本使いますか?」
「お前と同じで構わん」
「では1本だけ。折らずに立てて使いましょう」
線香の上げ方一つにも宗派によって色々と違いがあるからな。面倒だから結の作法に倣っておこう。
結が蝋燭に火を灯し、線香に火を付ける。
僕もそれに続いて火を付け、手で扇いで消す。
そして、合掌。
黙祷を終えた所で美生から声がかけられた。
「……結、お線香貸して」
「貸しても何も、仏壇に置いてあったものなので美生さんの物ですが……どうぞ」
結から線香を受け取った美生は作法に則って線香を上げた。
(……ありがとう、パパ。私頑張るから。
だから……見守っててね)
美生の口が動いているのは見えたが、小声だったのでよく聞き取れなかった。
美生の身体から出てきた駆け魂のおかげで攻略が終了した事だけは確認できた。
その後、かのんに空メールを送り返して合図を出した。
討伐も無事に完了したようだった。
連絡が空メールだけで十分な2人は一体どこに向かっているのやら。
原作で『すっとこ運転手』という表現があったので『スットコドッコイ』という表現を使ってみたり。
意味としては『相手を罵る語・馬鹿野郎・まぬけ』等のようです。
本文を翻訳すると「ふざけんじゃないわよ!! この馬鹿野郎!!」って感じになるみたいですね。
今回の流れでうららの名前が出ないのは不自然だと思ったので入れてみました。
過去編以外では全く出てきてませんが……どうなったんでしょうね?
舞島学園の理事長が彼女の祖父なので舞島学園に通っているのが自然ですが……
もしかすると海外留学とかしてたりして。宇宙飛行士にでもなる為に。
小説版2巻で西恩灯籠を攻略する時に『宗教学に関する大学レベルの知識が要求される』と神様が言っていたので線香を上げる時の作法もネットで調べてきっちりとさせてみました。
宗派によって3本立てたり、1本を折って3本にしたり、立てるのではなく寝かせたりと色々あるみたいですね。
何か間違いがあるかもしれませんが、その時はご指摘して頂けると助かります。