もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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特異点
プロローグ


「ば、バカな……どこで選択肢を誤った?」

「……その問いの答えはうちにも分からへん。

 けど確かな事が一つだけある」

 

 僕の目の前のテーブルに置かれているのは、七香が毎週持参してくる将棋盤。

 更にその上には駒が置かれており、決着は着いているように見えた。

 

「……ああ、その通りだな。これは……これ以上続けるのは見苦しいだけだな。

 

 ()()だ」

 

 七香が少しずつ成長しているのは毎週の対局で感じていた。

 とうとう負けた、か。

 悔しいような、感慨深いような、よく分からんな。

 

「しっかし、凄い盤面やな。

 実戦で17手詰みの詰将棋で決着なんてそうそうあらへんよ?」

「……ん? ちょっと待て。

 お前のさっきの手が1手目とすると19手の詰将棋じゃないか?」

「……へ?」

「…………」

 

 投了、少し早まったかもしれない。

 とりあえずベストな方向に王将を動かしてみる。

 

「そうするんならそりゃ勿論こうやな」パチッ

「…………」パチッ

「ほい」パチッ

「…………」パチッ

「それは確か……こうやな」パチッ

「…………本当にそれで良いんだな?」

「えっ? も、勿論大丈夫……のはずや」

「……フッ」パチッ

「……ん? この手は……ああああああっっっ!!!」

「合い駒しつつの王手だ。形成逆転だな」

「そこは盲点やった!! って事はさっきの手で対策をしてからやるべきで……

 ああああああっっ! うちの負けや!!!」

「……次回から詰将棋になってもせいぜい残り5手くらいまではきちんと処理する事にしよう」

「……せやな。はぁぁぁぁ……」

 

 試合に負けて勝負に勝ったといった所か。

 お互いに喜べない結果になってしまったな。

 

「おめでとう……という言葉はまだ取っておこう」

「こんな状況で言われたらむしろ泣くわ!

 はぁ……んじゃ、検討しましょか」

「そうしたいのはやまやまだが、生憎と今日は予定が入ってる。

 また今度させてもらおう」

「そゆことならしゃーないな。

 しっかし、何の用事なんや? デート?」

「お前……妙な所で鋭いな」

「えっ、マジで? 適当に言っただけなんやけど。

 相手はやっぱまろんか?」

「……お前には僕達が何に見えてるんだ?」

「1週間に1回しか会わんうちが『おしどり夫婦かいな!』ってツッコミたくなるくらい通じ合っとるように見える場面が多々あるんやけど?」

「そこまでか?」

 

 そんな場面があっただろうか? せいぜいアイコンタクトで会話したり、指パッチンで合図をしたりといったくらいのはずだが。

 

「ってか、まろんやないなら誰や?」

「言ってもお前には通じな……いや、一度だけ会った事があったか。

 うちの隣に住んでる鮎川天理だ。ほら、前に玄関で……」

「えええええっっ!? あ、鮎川の奴ってここの隣に住んどるん!?」

「あれ? 知り合いか?」

「知り合いも何も、クラスメイトやで」

「……そうか、そう言えば同じ学校か」

 

 将棋部の部室に殴り込んできた時の七香の制服も、引越しの挨拶に来た時の天理の制服も、ついでに『西原まろん』の制服も同じ美里東高校のものだ。

 そして年齢的にも同じ学年だったな。クラスの数をうちと同じ4クラスとするなら同じクラスになる確率は1/4だな。実際のクラス数は知らんが、うちより多いという事は無いだろう。

 

「そっかぁ、鮎川の奴も居たんやな」

「クラスメイトであってもあいつが他人と積極的にコミュニケーション取るとは思えないんだが、どういう繋がりだ?」

「ん? ああ、何か見覚えのあるのが転校してきて教室の隅っこで寂しそうにしてたんで声かけたら何かブチ切れられて将棋でボコボコにされたんや」

「何だと? お前負けたのか!?」

「ああ、完敗やったで」

 

 あの七香があっさり負けただと? 天理がやったとも思えないからディアナの仕業か?

 少し前まで将棋の存在すら知らなかったはずだが……流石は女神と言うべきか。

 いや、それより何やってんだあの女神は。あの七香を将棋で打ち負かすなんてしたら……

 

「いやー、まさかあの鮎川がすぐ隣に住んどるとはなぁ。

 よし、今から挑戦しに行かんと」

「いやいや、今からその天理と出かけるんだが」

「せやったな。なら来週からや!」

 

 ……そりゃそうなるよな。

 天理に友達ができるという意味では良いのかもしれないが……七香は自分が勝つまでつきまとってくるぞ。間違いなく。

 

 

「桂馬くん、七香さん。お茶用意したけど……もう帰っちゃうかな?」

「せやな、お茶だけ飲ませてもろて……あ、せや。まろんって携帯持っとる?」

「え? うん。そう言えば番号交換してなかったね」

「桂木も持っとるよな? 交換しよ」

「生憎だが、僕は携帯は持たない主義なんだ」

「どんな主義やねん!!」

「メールアドレスならくれてやる。まろん、教えておいてくれ」

「いや、そのくらい自分で……まあいいか」

 

 七香がうちに突撃訪問してくる事は避けようが無いのでせめて時間が分かるようにメアドだけは教えておこう。

 こいつなら無意味なメールを送ってきたりはしないだろうからな。

 

「じゃ、そろそろ出かけてくる。またな」

「おお~、楽しんできぃや~」

 

 楽しむ、ねぇ……ま、どうせ行くなら楽しむ努力くらいはするか。







 休日から始まる話は安定の七香さんです。

 凄く今更な後出しですが、かのんなら『かのん用』と『まろん用』の2つの携帯くらい用意してそうな気がしますね。
 まろん用携帯が必要になる場面はそうそう無いのですっかり出し損ねてましたよ。

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