もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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05 脇役と主役

 吉野麻美はキーワードを口に出した。だが、まだ記憶が戻っていると断言する事はできない。

 何故なら、場所の名前くらいなら妹の郁美から聞いただけの可能性があるからだ。

 

 だが、麻美が確実に踏み込んできたのは確かだ。今の台詞を放つ時にどんな思惑が、どれだけの葛藤があったのかまでは僕には分からないが……誠意を持って歩み寄ってきたのは確かだ。

 だからこそ僕も踏み込もうじゃないか。

 

「……ウルカヌス、アポロ、ディアナ、ミネルヴァ、マルス、メルクリウス。

 この6柱の女神たちは『ユピテルの姉妹』と呼ばれているそうだ」

「えっ?」

「彼女たちは古き時代の悪魔たちを封印する為の人柱となっていた。

 だが、封印は破られ、封印されていた大量の悪魔の魂は人間界に流れ着いた。

 そして、人柱となっていた女神の魂も」

「…………」

「この流出した悪魔の魂に対して、新悪魔たちが支配する新地獄の連中は指を咥えて眺めているわけではなかった。

 彼らは『駆け魂隊』と呼ばれる組織を編成して旧悪魔たちを捕縛しようとした」

 

「だが、旧悪魔たちの潜伏場所が問題だった。

 連中は人の心のスキマとかいう厄介な場所に隠れた。

 そいつらをどうにかするには、その心のスキマを埋めてやる必要がある」

 

「新悪魔たちも頑張ってはいたんだろうな。だが、人の心を一番理解しているのは人だ。

 彼らは人間の協力者を集めた。スキマを埋めさせるために」

 

「その協力者の1人が僕だ」

 

 

「……これがとりあえず僕の立ち位置の説明だ。理解できたか?」

「ちょ、ちょっと待って!

 えっと……旧悪魔と新悪魔が居て、桂馬君は協力者……? っていう事はえっと……

 ……け、桂馬君は、女神さまの敵の敵って事……なの?」

「そうだな。その表現が僕の立ち位置を最も良く表している。

 さてと……これで良いか」

 

 懐からPFP(予備)を取り出して麻美との間の地面に置く。鏡の代わりだ。

 

「ディアナの場合は鏡越しに会話できたんだが、お前の中の女神はどうなんだ?」

「えっ!? ど、どうして……」

「ん? ああ、少し急ぎすぎたか。

 お前の中に女神が居る事は僕の中では99.9%確定だ。

 地獄だの天界だの、あんな妙な話をすんなり受け入れるには予備知識が必要だからな」

「……す、凄いね桂馬君、そこまで考えてあの話を?」

「まぁ、な。で、居るんだろ女神さん。

 話したくないなら無理強いはしないが……」

 

 と、僕が言い切るよりも前にPFPの画面に映る麻美の輪郭が光り出した。

 光が収まると、目の下に妙なペイントをしたノーテンキそうな顔が現れた。

 

『まさかお主が冥界の関係者じゃったとはのぅ……』

「ふむ……不要だとは思うが改めて自己紹介しておこう。

 桂木桂馬だ。駆け魂隊の協力者という立場で地獄に関わっている」

『妾はアポロじゃ! 宜しく頼むぞ桂木よ』

 

 アポロ……太陽神として有名な神だな。

 ユピテルの姉妹の次女か。もっとも、彼女たちは本当の姉妹じゃないらしいが。

 妹のディアナは目つきがキツくて厳しい感じだが、このアポロは何か緩そうだな。

 フェイスペイント付けてて爺口調という女神……ディアナに比べてかなりキャラが立ってるな。

 

「……まあ、アポロの事は置いておくとして……」

『なんじゃと!? どういう意味じゃ桂木!!

 ちょっ、待っ!!』

 

 アポロが映っているPFPを懐にしまいこむ。

 女神の存在を確認したのは僕個人の用件だ。これ以上の話は今はまだ要らない。

 

「お前にとっては女神だの悪魔だのなんていう遠い世界の話はどうでもいい、女神なんて脇役だ……とまでは言わないが重要じゃないだろ?

 次はあの日の事を話そう。そっちの方が、お前にとってはよっぽど重要のはずだ」

「……そうだね。桂馬君はずっと全部知ってたんだよね?」

「ああ。あの日、誰のどんな思惑が働いていたのか、そしてお前が何に巻き込まれたのか」

 

 記憶を持っている事が確定なら、遠慮する必要は全く無い。

 誠心誠意、正直に話すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 桂馬君は、ゆっくりと語り出した。

 

「さて、あの日についてだな。

 あの日、ガッカンランドで起こった事は大体は僕が仕組んだ事だ。お前の妹にも少し協力してもらったがな」

「郁美が? どうして……」

「どうしても何も、お前が抱えてた問題を解決する為だ。

 他人とまともに話す事ができないっていう問題をな」

「えっ……?」

 

 確かに私はそういう問題を抱えていた。あの日を境に完全に治った……わけではないけど、体調を崩して戻すような事は無くなった。

 けど……何だか話が急に飛んだ気がする。地獄がどうこうとか、女神がどうこうといった大掛かりで遠い世界の話だったはずなのに、急に手の届くちっぽけな……いや、私にとっては全然ちっぽけじゃなかったけど、比較的ちっぽけな話になった。

 

「不思議そうな顔をしてるな。スケールが小さいとでも言いたそうだ。違ってたらスマンが」

「ううん、違ってないよ。違ってないけど……」

「それについては、僕の目的を理解すれば自ずと理解できるだろう。

 僕の目的はただ一つ、『駆け魂を攻略する為』だ」

「かけたま……?」

「さっきサラッと説明したが、駆け魂とは古き時代の封印されていた悪魔の魂だ。

 ホラ、アポロが封印してたっていう存在。アレだ」

「封印されていた悪魔……? 何だか凄く怖そうだね……」

「ん? ああ、安心しろ。字面だけ見たらラスボスか隠しボスにでもなりそうな存在だが、今話してる悪魔はそこまで凶暴な奴じゃない。

 肉体も能力も失って命からがら人間界に流れ着いたような存在だ」

「あ、そうなんだ。それなら安心だね」

「……質が悪い代わりに数は多いけどな。(6万匹くらい)

「えっ? 何か言った?」

「いや、何でもない。

 で、その薄っぺらい存在である駆け魂だが、あいつらは厄介な場所に潜伏する。

 そう、『人の心のスキマ』っていう厄介な場所にな」

「心のスキマ?」

「ああ、僕も最初そんな反応をした記憶がある。

 凄く雑に言い換えるなら、連中は人の『悩み』の中に隠れる」

「……その表現なら何となく分かった気がするよ」

「そんな場所に隠れられたら手出しなんてできない。

 だから、その悩みを消してやる事で駆け魂を心から追い出すわけだな。

 これで理解したか? 僕の目的が『お前の悩みを解消する事だった』と」

「うん、よく分かったよ。

 ……居たんだよね? 私の心の中に、駆け魂が」

「そういう事だ。

 悪魔の魂だとか大仰な言葉を使っても結局は人の心の問題に落ち着く。だから、スケールの割には身近な問題に落ち着くワケだ」

 

 その駆け魂を放置していたら……どうなるのかは良く分からないけど、女神様が封印していたような存在だ。何か悪い事が起こってたんだろう。

 私はあの日、助けられてたんだね。2重の意味で。

 

「でも……1つだけ、訊いてもいい?」

「……どうぞ」

「その……えっと……」

 

 凄く訊きにくい質問だけどさ……やっぱり確認しないとダメだよね?

 

「……ど、どうして、私に、キス……したのかなって」

「……人の心のスキマを埋める、最も有効な手段って何だと思う?」

「えっ? うーん……?」

 

 質問したはずなのに逆に質問されてしまった。

 そんな事言われてもそもそも心のスキマが何なのか上手く把握できてないし……

 

「……答えは、『恋愛』だそうだ」

「……れん……あい……?」

 

 れん、あい……

 恋愛……?

 恋愛っ!?

 

「きっと僕も最初に聞いた時はそんな顔してたんだろうな……」

「ちょ、ちょっと待って!? 恋愛って、あの恋愛だよね!?」

「漫画や小説じゃあるまいし『あの』と言われてもあまり伝わらないが……多分お前が想像した漢字で合ってる」

「あの、と言うことは、その……」

「『何故キスをした?』という質問の答えは『お前を恋に落とす為』だな」

「っっっっっっ!??!???!!」

 

 真顔でなんて台詞を言ってるの!? 訊いたのは私だけど!!

 

「これで、大体全部話せたかな。何か質問は?」

「え? えっと……大丈夫……だと思う」

「……そうか。じゃあ最後に僕から一つ言わせてくれ」

 

 そう言うと桂馬君は立ち上がって私の正面まで移動してから向き直った。

 階段に座ってる私と、少し下で立ってる桂馬君と目線の高さが一致した。

 そんな事を考えていたら、桂馬君が突然頭を下げた。

 

「すまなかった。恨まれる覚悟くらいは、一応しているつもりだ」

「えっ、ど、どうしたの突然!?」

「どうしたも何も、こっちの都合で勝手に恋に落としておいて、キスまでしておきながら放置してたんだぞ?」

「た、確かにそうだけど……」

 

 でも、その時の記憶は失われてたから……あ、そう言えばその事訊くの忘れてた。

 ……今はいいか。後にしよう。

 

「桂馬君は……私を助けてくれたんだよね?」

「……何だと?」

「どれだけ頑張っても治らなかった私の悩みを解決してくれて、駆け魂からも守ってくれて……

 だから、感謝してるんだよ。すっごく」

 

 私の言葉を聞いた桂馬君はとても驚いているようだった。

 そう言えば……あの時は桂馬君が階段を降りて私に語りかけてくれたっけ。

 そんな事を考えたせいか、自然と体が動いていた。

 階段を降りて、桂馬君の隣に立つ。

 

「君がどんな思いでどんな事をしてきたのか、私はよく知らない。けど、これだけは言える。

 私は、恨んでなんかいない。『世界』の全ての人が桂馬君を非難したとしても、私は『君』に言い続けるよ。

 心の底から、『ありがとう』って」

 

 顔を上げた桂馬君は困惑しているような、けどほんの少しだけ微笑んでいたような、そんな表情をしていた。







 原作と比較して女神の価値が凄く軽いです。かのんが刺されてないから当然と言えば当然……という事を差し引いても軽いです。
 原作と違ってそもそも女神を探してないですからね。居たら確認するくらいで。
 神のみにおいて女神って実は結構脇役なのかも。主役は桂馬とちひろと天理とよっきゅんくらいで。
 え、エリーはどうしたって? アレは……ペット枠?

 『封印されていた古き悪魔の魂』!
 ……凄い強敵感がする言葉だけど神のみ世界では大した事は無いという。いや、復活したら強いですけど。

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