もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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 軟弱って言葉がたくさん出てくるけど、正しい意味の軟弱なのか主将にとっての軟弱なのかは空気を読んで訳してください(笑)




07 理想のダンス

 私の試みは至極単純。師匠に1日ほどアイドル体験をしてもらうだけだ。

 昨日の夜に岡田さんに頼んだら快くOKしてくれたよ。

 写真を送ったら何か『高身長で黒髪ロングの武道家アイドル……イケる!』とか言ってたのでそのうち正式にスカウトされるだろうけど……今はただの体験だ。

 

「可愛い服でしょう? マネージャーさんが用意してくれたんですよ」

「ぐぬぬぬぬ……こ、こんな事をしている時間は……」

「時間が無いなら2~3日学校をサボりましょう。多分すぐ追いつけますよ」

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 かわいい服を着た師匠が恥ずかしいやら嬉しいやらが入り混じったなんだかよくわからない顔をしてる。

 それじゃ、始めますか。まずは……

 

 

 

 

 

 

 

 く、屈辱だ。

 まさか私にこんな軟弱な格好をさせるなど!

 一体どうしてこんな事になったのだ!!

 

「うーん、辛そうですね」

 

 中川が呑気な声をかけてくる。

 くそっ、こんな事になるなら妙な事を話すんじゃなかった!

 

「辛いなら帰ってもいい……って言いたい所ですけど、流石にすぐに帰るのは我慢して下さい。

 そうですね。次に行くダンスのレッスンで合格点が貰えたら帰っても良いですよ」

 

 ダンスで合格点を取れだと?

 体を鍛えている私ならキレのある動きや妙な体勢でバランスを取る事など造作もないだろう。

 その程度の軟弱な事、楽勝だ!

 

「いいだろう。やってやろうじゃないか」

「そうこなくっちゃ。では頑張りましょう!」

 

 

 

 

 少し待つと、ダンスのコーチとやらがやってきた。

 無精髭を生やしたなんともやる気の無さそうな男だ。

 

「……で、えっと? 今日はかのんちゃんじゃなくてそっちの新人?

 ……あ~、まあ宜しく」

「宜しくお願いしますね」

(ちょっと待て)

 

 中川に小声で話しかける。

 

(おい、アレが本当にコーチなのか?)

(言いたい事は分かります。確かに見た目は凄くアレだけど、コーチとしての実力は本物です)

(……本当か?)

(ホントホント。アイドル、ウソつかない)

(……仕方ない。やってやろうじゃないか)

 

 コーチが何者だろうと、私の全力を出せば良いだけの話だ。

 これを片付けてサッサと帰るぞ!

 

「んじゃ、とりあえず見本のビデオを通しで見せるから、それと同じように踊ってみて。

 えっと……あれ? かのんちゃん、あのDVDってどこにしまったっけ」

「確か前回使ったのはあの時で……

 ……右の棚の上から2列目じゃないですか?」

「……お、あったあった。かのんちゃんやるねぇ」

「ちゃんと整理しといて下さいよ~」

「ハッハッハッ。手厳しいねぇ」

 

 なんといい加減なのだ。コーチの業界はよほど人が足りてないのだな。

 

「んじゃ、ポチッとな」

 

 流された模範のダンスはそこまで複雑な動きを要求するものでは無いようだ。

 覚えるのが少々面倒だが……動き自体で詰まる事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 ビデオを見て、うろ覚えな部分は中川に指示を貰いながらなんとか踊りきる事ができた。

 途中詰まった部分はあるが、それを除けば動き自体は完璧だったはずだ。

 さぁ、どうだ!

 

「ん~……動き自体は完璧。50点」

「な、何だと!? どういう事だ!!」

「んぁ? だから、動き自体は完璧だったからおまけして50点。

 動きが悪かったらもっと下がってたよ」

「いやいや、動きは完璧だったのだろう? なら何故50点なのだ!!」

「はぁ……そっから説明せにゃならんのか」

 

 溜息を吐きたいのは私の方だ! 正しく評価されないのであれば合格点など取りようが無いではないか!!

 

「んじゃ、さっき撮ったビデオを見ながら解説するぞ。

 まず、これがお前のダンス」

 

 先ほどまでの私の姿が映し出される。

 うぅぅ……ヒラヒラした軟弱な服だ。こうして見せられると急に気になってきた。

 途中で止まる場面はあったが、動きは模範とほぼ完璧に同じにできているようだ。

 

「んで……ああ、丁度いいや。かのんちゃん、本物のダンスを見せてやってくれ」

「はい! 同じので良いですね?」

「ああ。その方が差が分かりやすいからな」

 

 今度は中川がダンスをするようだ。

 そこまで言うなら見せてもらおうじゃないか。本物のダンスとやらを。

 

 

 

 

 

 中川のダンスは動きは普通に完璧だった。

 だが、何かが違った。

 私のダンスをビデオで見た時と、中川のダンスを見た時に感じた違い、これは一体何だ……?

 

「教えてほしいって顔してるな。

 答えは簡単、『表情』だ」

「表情?」

「ああ。お前さんのダンスは嫌々やってるのが丸分かりだ。

 だが、かのんちゃんのダンスは観客全てを楽しませようと、そして自分自身が本当に楽しんでいる……かのような表情だ」

「妙な言い回しだな」

「そりゃまぁ、実際にはあんな簡単なダンスだから全力で楽しめるようなものじゃないし、観客も今は俺とお前の2人しか居ない。

 おそらく、ドームで踊った時とかを思い出して最高のコンディションに調整してるんだろう」

「そんな事までやっているのか……」

 

 表情だけでここまで変わるというのだろうか?

 少々信じがたいが……種が割れたなら簡単な事だ。

 

「んじゃ、もっかいやってみようか」

「望む所だ!」

 

 

 

 

 

 

「表情が固い! やり直し!」

 

「笑顔が引き攣ってるぞ! 60点!」

 

「……ハリボテ臭い。65点だ」

 

「動きがおろそかになってるぞ。シャキッとしろ!」

 

 

 ば、バカな……表情だけでここまで難易度が変わると言うのか!?

 信じがたいが……動きと表情を両立させるのは非常に困難だ。

 中川はこれだけの事を涼しい顔で……いや、表情を操ってるのだから涼しい顔なのは当たり前だが……いとも簡単そうにやっていた。

 実際にやってみれば分かるが、尋常ではない。

 

 結局、私が一応合格(75点)を貰えたのはすっかり日が落ちた後だった。







 主将ならマジで岡田さんにスカウトされてもおかしくない気がしなくもないです。ミスコン出られるくらいだし。
 まぁ、ラブコメの女性キャラって軒並みレベルが高いんで主将以外でもスカウトされそうな方はけっこう居そうですけど。原作の結とか。

 今回の『笑顔を保ちながらダンス』の話の元ネタは某学校でアイドルやってるアニメです。
 元ネタではアイドルを目指す素人に『お前は笑顔のまま腕立てができるか?』と問いかけるものでした。なお、問いかけられた彼女も苦労していたもよう。
 主将ほどの御方なら身体能力的には何とかなりそうですけど、笑顔で運動なんて全く慣れてないからかなり苦労するんじゃないかなと。

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