「どうでしたか師匠、一日アイドル体験……いや、一日レッスン体験?
……えっと、レッスンは」
ホントはレッスンで合格点をもぎ取れたら別の事もやるつもりだったんだけど……こんなに難しかったんだね。魅せるダンスって。エルシィさんが割と簡単そうにやってるからすっかり忘れてたよ。
……無自覚に魅せるダンスをやってるエルシィさんは実は天才なんじゃないだろうか? いやまぁ、エルシィさんの場合は表情は合格点でも動きがボロボロ(プロ基準)らしいけどさ。
って、エルシィさんの事はどうでもいい。今は師匠の事だ。
「師匠の言う『強さ』とはまた少し違うかもしれませんけど、ただお客さんに可愛く見せるだけであっても『強さ』は必要なんですよ。
だから、その……」
「……言いたい事は分かっている。
『軟弱なものに関わると弱くなる』というのは私の偏見だったようだ。
……すまなかった。お前の……アイドルという職業の事を侮っていたようだ」
「えっ? いえ、謝る事は無いですよ。そういう苦労を隠すのも仕事の一環と言えますし」
「そうなのか? だが、それでも謝らせてほしい」
「うーん……分かりました。私も今日は強引に連れてきちゃいましたし、それで差し引き0という事にしませんか?」
「いや、しかしそれも……まあいいか。分かった。感謝する」
「ええ。どういたしまして」
今回の事で師匠が少しでもかわいいものと気兼ねなく触れ合えるようになれればいいな。
とは言っても、時間が限られているという問題はまだ残ってるからあんまりのめり込み過ぎないようにしなきゃいけないんだよね。
うん、まぁ……程々に付き合えると良いね。
「ああそう言えば、今回の件で腑に落ちた事がある」
「え? 何ですか?」
「お前の強さについてだ。アイドルとしてではなく、武道面でのな」
「えっ? またまた。私なんて強くないですよ」
「いや、条件付きな上に禁じ手を使ったとはいえこの私を昏倒させたのだから相当なものだと思うが……まあそこは置いておこう。
私が言いたいのは、お前のアイドルとしての強さが武道にも影響されたという事だ」
「……ごめんなさい、さっき偉そうな事を言いましたけどどういう事か全く分かりません」
「あのコーチも言っていた『表情』の事だ。
戦いを生業とする者達は実に様々な理由で戦う。そして、それは表情にも現れる。
純粋に戦いを楽しむ者も居れば怪我を恐れながら戦う者、顔に狂気を浮かべる者、と言った具合にな。
だが……『相手を楽しませるような顔』で戦う者などまず居ない」
「そりゃぁ……確かに居ないでしょうね……」
「絶対に取らないような行動を取っている相手、本人に言う事では無いが……凄く得体が知れないだろう?」
「……そうですね」
戦闘中に相手が凄くにこやかにしていたら……確かに不気味だ。
私もそうだったのだろうか……?
「無論、あからさまにそういう表情をしていたわけではないが……」
あ、そうでしたか。良かった良かった。
「いつもそういう表情をしているせいかそういう雰囲気が滲みだしていたんだろう。
むしろあからさまにやられるよりも警戒心を煽られていたようだ」
表情の雰囲気を感じ取るとか、達人しかできない事をさり気なくやっていらっしゃるような……
「更に言うなら、痛みを感じた時に取り繕うのも上手いだろう?」
「まぁ……はい」
「ダメージを与えたはずなのに平然としている。
効いていないのか、効いていても気にならない程度なのか……そんな風にとてつもない脅威に感じるのだ」
「……そういうものなんですか」
「そういうものだ。
そういった僅かなものの積み重ねによって必要以上にお前を脅威に感じてしまったのだろう」
「そうだったんですか……それじゃあやっぱり私はそんなに強くないって事ですよね?」
「いや、それを差し引いても十分強いが……」
師匠ったらお世辞を言っちゃって。アイドル面はともかく武道の面において私が強いだなんてある訳が無いのに。
飛行魔法とか拘束魔法を解禁して良いなら話は別だけどさ。
「さて、明日からまた修行に励むとするか。
……空いた時間に息抜きもしながら……な」
「あ、なら今度私のライブ映像でも持ってきましょうか? 今日のダンスよりもずっと難しいのを踊りながら歌ってる映像ですよ!」
「ふむ、それも良いかもな」
今日の放課後の師匠と比べて、今は心なしか穏やかな表情になっている気がする。
きっと、師匠はこれから武道家としても、女の子としても強くなっていくんだろうな。
最低限のお手入れしかしてないでこの容姿ならちゃんとお手入れすればどれほど伸びるんだろう?
そんな事を思いながらぼんやりと師匠を眺めていた。
……そして、何かドロドロした半透明のものが師匠から出てきた。
…………え?
ええええええっっっっ!? か、駆け魂!? 駆け魂だよね!?
そ、そう言えばセンサーは1回も近付けなかったような……
って、そうじゃない! どうすれば良いの!? えっと、エルシィさんを呼んで……あっ、アレもあった! 拘束魔法だ!
これが活躍するのって凄い久しぶりな気がするよ……と、とにかく、えいっ!!!
「……って事があったんだよ」
「それは……災難だったな」
電話を受けたエルシィがどこかにすっ飛んで行ったかと思ったらしばらくしてかのんと一緒に帰ってきた。
どうやらその師匠を気付かずに攻略してたらしい。運が良いのか悪いのか……
「なにはともあれ……お疲れさま」
「うん、疲れた。精神的に凄く疲れたよ……」
相当ビックリしたんだろう、かのんが珍しく弱音を吐いている。
……少し励ましておくか。
「攻略の苦労は僕も身をもって知っている。
結果的にとは言え、それをただの善意だけでやるなんてそうそうできる事じゃない。
よく頑張ったな」
「え? も、もしかしてだけど……桂馬くん、私の事を励ましてくれてる?」
「な、何だその意外そうな顔は! 別に良いだろ!」
「意外そうって言うか本当に意外だったんだけど……ありがとね」
「……フン、万が一お前が潰れたら僕の負担が激増するからな。それを回避したまでだ」
「そっかぁ。それならそういう事にしておくよ」
そういう事にしておくも何も、そういう事なんだが?
しっかし、3年でもちゃんと駆け魂は居たんだな。中3のみなみや愛梨のばーちゃんにも居たから当然の事なんだが……
……うちの学園には一体どれだけ駆け魂持ちが居るってんだ?
考えるだけで気が滅入るな。どうか見つかりませんように。
以上で主将編終了です!
今回の話を書いてて何かなかなか駆け魂センサーが鳴らなかったのでせっかくだから最後まで隠し通してみました。
桂馬だったら必要を感じない攻略なんて絶対にやらないだろうけど、かのんなら善意だけでここまで行けるんじゃないかな~と。
導入がやや強引だったり、ギャグ描写の悪用によるかのんの強化(凶化?)があったりしましたが、いかがだったでしょうか?
主将の問題点は原作では『武道と女らしさ、そのどちらかの道を選べずに分裂してしまった』って感じでしたが、より正確には『それらが相反するものだという思い込み』なのかもしれませんね。
原作の桂馬の『かわいくて強いものもある』という台詞は問題の本質を突いていたのかも……
今回の話のサブタイトルを一瞬だけ『概念の魅了者』にしようかと思いましたが流石に止めました。伝わる人にしか伝わらないし、ギャグ描写をフル活用したかのんちゃんすら可愛く見えるあの人外といっしょにするのはどうかと思ったので。
では、次は体育祭後編です。明日投稿です! 行ってみましょ~!