考えなければ、答えはでない。
しかし、考え続けても永遠に答えは出ない。
……難儀なもんだな。ホント。
「さて、ここで質問だ。
答えは出ないというのが答えだと理解できたわけだが……お前はどうするんだ?
それっぽい完全を目指してそれっぽい人間を作るのか、
永遠に出ない答えを探しつづけるのか。
二つに一つ。お前はどちらを選ぶんだ?」
「…………」
灯は目を瞑って考え込んでいるようだ。
そりゃそうだ。どっちも選べるわけがない。この手のキャラが中途半端な紛い物で満足するわけが無いし、答えの無い沼の中を迷走する気も無いだろう。
さてどうするか。助け船を出してやるか、それとも……
「ちょっと待ってください!」
僕が動く前にかのんが動いた。流石はかのんだ。いい仕事をしてくれてる。
「どうした?」
「神様、『質問』させて下さい!
さっきはダマされましたけどそうはいきませんよ!!」
さっき……? ああ、トロッコ問題もどきか。確かに見事に引っかかってたな。
「まあいいだろう。で?」
「神様は2択を提示しましたけど……それ以外の答えもちゃんと用意されてるんじゃないですか?」
「鋭いな。YESだ」
意図的に少ない選択肢を突きつけて視野狭窄に陥らせるのは詐欺師の常套手段だからな。
引っかからなかったようで何よりだ。
「……で、お前はその3番目の選択肢が分かるのか?」
「ちょっと自信無いですけど……多分分かります。
ここまできて八方塞がりになってしまったなら、そもそもの前提を疑うべきなんじゃないでしょうか?」
「前提と言うと?」
「それは勿論、『どうして完全を求めるのか』という事です!
理由が分かれば代わりの手段が見つかるかもしれませんし、とにかく何か変わるかもしれません!」
「……良い回答だ。
目的に辿り着く為のルートは1つとは限らない。
選択肢を総当たりしても失敗したならその前の選択肢からやり直せば良い。
尤も、これは『完全な人間を作る事』が最終目的であれば使えない手だが……そこら辺はどうなんだ? 倉川灯よ。
お前が提示した議題は目的なのか、あくまでも手段なのか。どっちなんだ?」
再びチョークを手に取りながら振り向く。
その時の灯は僕を真っ直ぐと見返していた。
「目的と手段か……なるほど。
その3番目の選択肢は問題なく使える。『完全な人間』を作る事はあくまでも手段じゃ」
「それは良い事を聞いた。で、最終目的は?」
「あえて言葉にするのであれば……世界平和、じゃな」
「……せ、世界?」
「人間の心というものは時に醜悪なものじゃ。
神話の時代のアダムとイヴから現代に至るまで、人の心の弱さが争いや悲劇を生み出す。
もしも人間が完全な存在であれば……せめてもっと完全に近ければ、世界はより美しく、正しく発展していくじゃろう」
「それで完全な人間作りか。発想はぶっ飛んでいるが理に適っているな」
最初の印象ではマッドサイエンティストかと思ったが、世界平和なんてものを追い求めるロマンチストだったんだな。
……いや、この2つは別に相反してないか。マッドロマンティストだな。
しっかしまた面倒な問いを持ってきたな。人類の文明が始まってから現代に至るまで全く結論が出ていない問いだぞ。
どういう落とし所に持っていくか……そう悩んでいたら灯が口を開いた。
「だが、争いの無い世界は不可能なのかもしれんな。
先ほどそこの……そこのが言ったように闘争心が無ければ世界の発展は訪れぬ」
そこの……かのんの事だな。
かのんの、というかエルシィの名前は忘れたんだろうか?
「無論、争いにも種類がある。正しい発展を促す争いと、戦争のような同族を殺し合う醜い争いとが。
しかし、さっきまでの議論であったように我々には『正しい』という事を定義する事は不可能じゃ。
清廉に見えた争いが後に多くの人間に不幸を齎す。あるいは醜い戦争を行う事こそがより良い発展に結びつく可能性もある。
だからと言って戦争自体を肯定するつもりは全く無い事に変わりは無いがのぅ」
……戦争も良い面だけを見れば割と人類の発展に貢献してるんだよな。
同じく肯定する気は全く無いが。
「……求めていた答えは得られたのか?」
「そう……じゃな。欲しかった答えとは異なるものじゃが、答えは得られた」
「……そうか」
答えが得られた事は喜ばしいが、果たしてこの方向性で心のスキマは埋まるのか?
下手に進めるとスキマを埋めるどころかスキマに埋まりそうだ。
……いや、待て。これはそもそも心のスキマなのか? 確かに悩みではあるが、ドロドロした黒い感情から来るものではない。
自力で解決策を模索して突き進むような奴だ。争いを止めない人間に絶望していても、自分には絶望していない。
本当に……駆け魂は居るのか?
「……ああそうだ、お主らの名前、もう一度聞かせてくれぬか?」
「名前? 別に構わんが……」
「助かる。私は人の名前を覚えるのが苦手でな。さっきまで自分の名前すら忘れておったくらいじゃ」
「そりゃ相当だな……桂木桂馬だ。覚える気があるならメモでもしておくといい」
「私もですよね? 桂木エルシィです!」
僕達は改めて自己紹介した。が、灯はメモを取るような事はせずかのんの方を見つめている。
「あ、あの……何でしょうか……?」
「……そっちの名ではない。お主の『本当の名』の方じゃ」
「本当の名?」
どういう意味だ? と疑問に思う間もなく灯が次の行動を起こす。
「面倒じゃな。手を出すのじゃ」
「え? はい、どうぞ……」
灯はかのんの手を取り何事かをブツブツと呟いているようだ。
そして数秒後、パリィィンという何かが砕け散るような音がした。
「な、何だ?」
「っ!? ま、まさかっ!?」
何かに気付いたらしいかのんがどこからか手鏡を取り出す。
僕もそれを覗き込んでみると、いつものかのんの顔が映っていた。
「おい、この手鏡って……」
「……うん。ドクロウ室長から貰った『ちゃんと錯覚魔法で見える手鏡』だよ」
「っっ!!」
つまり……錯覚魔法が解かれている。恐らくは目の前の倉川灯の手によって。
警戒心を最大に引き上げて灯に向き直る。
「お前……何者なんだ?」
「そうじゃな……では私も改めて自己紹介しておこう。
我が名はリミュエル、駆け魂隊の悪魔じゃ」
攻略対象だと思っていた小柄な少女は、とんでもない爆弾を投下した。
原作では恋愛から入ったから大分遠回りしてるけど、正面から真っ当に向き合って議論できれば何とかなりそうな気はします。
尤も、本作では原作と大きな違いがあるので議論まで持っていけたという事情もありますけどね。
アダムとイヴの話はどちらかというと心の弱さではなく人間の好奇心を象徴する事例な気がするけど原作で灯が例として出していたので入れてみたり。
好奇心も完全な人間には存在しないんでしょうけどね。全知の人間なら疑問を持つ事も無さそうなので。
リミュエルさんが名乗る場面はフルネームで名乗らせたかったのですが、フルネームが判明してないし、作るのも面倒なので没に。
エルシィと同じであれば『○○・デ・ルート・イーマ』なのですが……原作25巻を読むとイーマという名は救命院(孤児院みたいなものっぽい)の名前であり、同時にそこの長の名前でもあるようです。
ルートは英語で『根』という意味があるので、エルシィの名字には『イーマに根付く者』みたいな意味があるのかもしれませんね。
まあそんな感じであくまでイーマの一員としての名字なのでリミュエルさんの名字としては不適切だろうと思いました。