「駆け魂隊の悪魔だと?」
「ああ、その通りじゃ。
……そう警戒するな。ドクロウ直属の悪魔と言えば敵ではない事は伝わるのではないか?」
「室長の?」
ドクロウ室長の直属の部下であれば、まあ信用できるだろう。
エルシィの件とか、相当手を尽くしているようだからな。
だが、安易に信用する事はできない。
「……それを証明する手段はあるか?」
「証明か……残念ながら無いのぅ。極秘任務中ゆえ、問い合わせるわけにもいかん」
「極秘ねぇ……」
そう言えば前にハクアがそうやって誤魔化していたな。
灯、もといリミュエルからはそんな雰囲気は感じないが少し揺さぶってみるか。
「その極秘任務の内容を聞いてもいいか?」
「ダメじゃ。何のために極秘と付いていると思っているのじゃ?」
「そりゃそうだよな。じゃあ……」
「……と普通ならそう答えるが、今回だけは特別に少しだけ教えておくとしよう」
「何だと?」
断られる事前提で反応を見たかっただけなんだが……まあいい。聞かせてもらおう。
「今やっておるのはいわゆる囮捜査じゃ。
ダミーの駆け魂信号を発信し、近づいてきた不届き者を仕留める、というな」
「えっ、あの駆け魂の反応ってダミーだったの!?」
「……通りで駆け魂っぽくなかったわけだ」
「桂馬くん気付いてたの!?」
「こいつが正体を明かすほんの数秒ほど前に可能性に思い至った」
センサーの誤作動とか、実は別人だとかな。囮捜査だったとは夢にも思わなかったよ。
「そんな妙な事をしてまでどんな奴を誘い出そうとしていたんだ?」
「そこまでは言えぬ。ただ一つだけ言えるのは……
……駆け魂隊も一枚岩ではない、という事じゃな」
「……肝に命じておこう」
「名乗った私に対してあそこまで警戒できるのであればそこまで気をつける事は無かろう」
女神の件をハクアにキツく口止めしておいたのと、あとノーラから隠し通したのは正解だったようだ。
地獄の勢力図は一体全体どうなっているんだ? 深くまで首を突っ込む気は無いが、せめて自衛に必要な範囲で教えてほしいものだ。
「……じゃあ次の質問をさせてくれ。
いつから僕達が駆け魂隊の協力者だと気付いていたんだ?」
「最初に会った時からじゃ。エルシィを名乗ったお前が使っていたのはドクロウ謹製の錯覚魔法じゃろう?
何度も見たことがある術じゃ。気配くらい感じ取れるわ」
「錯覚魔法としてそれは大丈夫なのか……?」
「一目見ただけで見破れるのは本人か私くらいのものじゃ。そう心配する事は無いじゃろう」
……こいつ、新悪魔の中でも相当上位の存在なんじゃないか?
エルシィは勿論、ハクア辺りと比べても格の違いを感じる。
しっかし最初から見破られてたんだな。そうかそうか。じゃあこの質問をさせてくれ。
「お前……最初から僕達が駆け魂目的で来たのが分かってたなら何で囮捜査の事を言わなかったんだ?
今ここまで喋ってるって事は僕達が目的の相手じゃないって事はその時点で分かってたはずだよな?」
「そんなの最初に言ったじゃろう? ヒマそうじゃから手伝ってもらった……と」
「……つまり……ただお前の趣味に付き合わされただけか?」
「そうなるのじゃ」
「………………」
「け、桂馬くん! 無言で拳を振りかぶらないで! 落ち着いて!!」
「ええい放せ! まずは一発ぶん殴る!!」
駆け魂狩りで命がかかってるからわざわざゲーム時間を削ってまで面倒な議論を展開したというのに! ふざけるなー!!
……数分後……
僕を取り押さえながらスタンロッドをちらつかせるという器用な真似をしたかのんに免じて落ち着くことにした。なお、断じてスタンロッドが怖かったわけではない。断じて。
「お主らのおかげで色々と考えをまとめる事ができた。礼を言おう」
「そりゃよかったな」
「桂馬くん……機嫌直そうよ。1日だけで済んで良かったじゃん」
「……はぁ、分かった分かった」
「それで、まだ私の質問に答えてもらってないのじゃが?」
「ん? 何だっけか?」
「名前じゃよ。まさかお主の本名までエルシィという事は無かろう?」
「ああ、そうでしたね。中川かのんです。リミュエルさん、ちゃんと覚えてくださいね?」
「善処しよう。
今回の礼と言ってはなんだが、いつかお主らが窮地に陥った時に必ず助けると約束しよう」
「ほぅ? まぁ、期待しないで待っておこう」
「ああそれと、今後はあまりここに来ない方が良いじゃろう。巻き込まれるからのぅ」
「……分かった。それじゃ、極秘任務頑張れよ」
「うむ」
こうして、僕達とリミュエルとの邂逅は終わった。
どうせ後でまた関わる事になるんだろうなぁ……
「……とまぁこんな感じの事があったんだよ」
色々あって、家に帰って、今日の顛末をエルシィにも話した。
「ほぇ~、室長から特命を受けるなんて、その人はエリート中のエリートですね。
そんなお方がこの近くに居たなんて……会いに行っても良いですかね!!」
「やめとけ、本人曰く極秘任務中だぞ? 変な事に巻き込まれるフラグとしか思えん」
「それもそうですね……
ところで、その方は何というお名前だったのですか?」
「本名かは分からんが、『リミュエル』と名乗っていたな」
「えっ、か、神様!? 本当にそう名乗っておられたのですか!?」
「ん? ああ。知り合いか?」
「知り合いも何も……私の憧れのお姉様です」
「……そう言えばあったな。そんな設定が」
エルシィには憧れの姉が居ると聞いたのは最初の攻略を終えてすぐの事だった。
あの時の伏線、こんな所で回収されるのかよ。
「うぅぅ……お会いしたいです! でも会いに行くと迷惑に……うぅぅぅぅ……」
「……だったら、お前が姉に誇れるような悪魔になってから、また会いに行けばいいさ。
お前たちの寿命は人間と比べて遥かに長いんだから、まだまだ機会はあるだろう?」
「そ、そうですね! 私、頑張りますよ! 神様!!」
「あー頑張れー」
そうは言ったが、エルシィが悪魔として認められる日は恐らく永遠に来ないんだろうな。
ドクロウ……あいつは一体何を考えているんだ?
せめてもう少し情報を得られればこちらとしても動きやすくなるんだがな……。
与えられた切り札はさっさと切るべきなのか、それとも隠し持っておくべきなのか。
現状では判断のしようが無いな。
こういう時、ゲームでは大事な決断の判断基準となる伏線がちりばめられているものだが……今のところそんなものは見当たらない。
以上で、灯編終了です!
駆け魂攻略としては作中時間で最短ですかね。1日も経ってないので。まぁ、本章は攻略とは違う気がしますけどね。
本作ではかのんが錯覚魔法を使っていたのでリミュエルさんが桂馬たちの立場をあっさりと判断できました。その結果、駆け魂攻略の必要性すら無くなるという。原作との非常に大きな違いでしたね。
……書き終えた後に、原作でも契約の首輪を見て判断できたんじゃないだろうかという疑問が思い浮かんだけどきっと気のせい。
理想とは、完全とは何かと問う神のみにおいて重要な章だったので固定イベントとして処理を行いました。女神のストーリーとは全く関係無い話ですけどね。
いつも原作を片手に執筆している筆者ですが、今回は神のみだけでなく『ねじの人々』(若木民喜著)も読み返しながら執筆しました。同じ作者が書いただけあって結構通じるものがあります。
『ねじの人々』は哲学を扱う漫画です。プラトンの洞窟の比喩で有名な『イデア論』を負け犬の理論と言い切る挑戦的な作品です。筆者としてもお勧めできます。
さて、次は檜編です。どうなることやら。
残念ながら流石に書けてません。連続投稿記録はストップです。