違和感を感じた。
私たち武道家にとって、拳というものは口以上にものを言う。
怒りや悲しみといった感情が拳を通じてダイレクトに伝わってくる。
そして……姉上の拳から伝わってくる感触に違和感を感じたんだ。
「お~、少しはやるようになったじゃないの」
「…………」
姉上はいつも通りの余裕そうな表情をしている。
……が、それは張りぼてだ。中川の巧妙な偽装を見慣れているからそれくらいは分かる。
これは単純に私の方が強くなったという事だろうか?
いや、それだけではない気がする。よく分からないが……何かおかしい。
もう少し、試してみるとしよう。
師匠たちが再び動き出した。先ほどまでよりも激しい応酬が繰り広げられる。
「うわっ、アレで本気じゃなかったのかよ」
「何かあの2人だけ種族が違うんじゃないかって思えてくるな……」
「そんな事より檜様のパンツが見えそう」
「誰かカメラ持ってないのか! こんな素晴らしいパ……戦いを記録しなくては!!」
何かフザケた事を言ってる煩悩だらけの人達をスタンガンでしばき倒したかったけど、今動くわけには行かない。
一応顔だけは覚えておく事にする。
「あれっ? 何か寒気が……」
「お、お前もか? 俺もだ……」
野次馬は放っておいて師匠たちの戦いに注目する。
あくまでも私の感想だけど、檜さんの方は必死……とまではいかなくても大体全力で戦ってる気がする。それに対して師匠は様子を伺うような消極的な感じだ。
一体何を考えているんだろう……?
「ホラホラどうしたの? 全力でかかってきなさい!」
檜さんがそんな台詞を放ってすぐ、決着はついた。
檜さんの蹴りを師匠が掴み取り、そのまま床に投げつけたのだ。
「……えっ?」
しんと静まり帰った道場の中で、何が起こったのか分からないと呆気に取られた様子の檜さんの声が響いた。
それに続いて、師匠の声も響いた。
「姉上こそ……全力を出して欲しかったです」
その絞り出すような声は、とても悲しそうだった。
「……失礼します。少し、1人にさせてください」
そう言い残して、師匠は道場の奥の方へと去って行った。
……これ、どっちを追うべきだろう? 檜さんか、師匠か。
そして、『両方追えば良い』という結論に達するまでそこまで時間はかからなかった。
[♪ ♪ ♪ ♪~♪♪~♪♪♪ ♪ ♪ ♪ ♪~♪♪~♪ ♪]
携帯が鳴り響いた。画面には『エルシィさん』と出ている。
このタイミングでかかってくるという事は……
「もしもし、桂馬くん?」
『ああ。近くまで来たが、今席を外せるのか?
大丈夫なら打ち合わせをしたいんだが』
「席は外せないけど、丁度いいタイミングだったよ」
『ん? どういう意味だ?』
「今ちょうど人手が欲しかった所。
そこから道場って見える?」
『一番大きい建物で良いのか?』
「うん。その中に居る女の人の様子を見張ってて欲しいの。1人しか居ないからすぐ分かるはず」
『了解したが……せめて簡単な状況説明だけでもしてくれ』
「えっと……その人が今回の攻略対象だよ。
ごめん、今たてこんでるからまた後でね!」
『……分かった。何しようとしてるか分からんが頼んだぞ』
「うん! じゃあね!」
これで檜さんの方は多分大丈夫だ。
師匠の方の様子を見に行こう。
さて、エルシィに何か呼ばれて、かのんのペンダントの信号を頼りに追ってきたわけだが、ロクな説明も貰えずに攻略対象を観察する事になった。
透明化と防音をかけて道場の中に入り込むと、ザワついている門下生らしき人達と床にヘタっている女性が見えた。
「エルシィ、あいつで良いのか?」
「はい! 今回の攻略対象の春日檜さんです!
姫様の師匠のお姉さんみたいですね」
へぇ、そう言えばかのんが何か言ってたな。
確か……その師匠が中1から中2になる頃に家出したんだったか?
そんな姉が今ここに居るって事は、今日丁度戻ってきたのか?
まずは情報を集めよう。一体何があったのか。
……確かに説明は要らないのか。簡単な事ならそこら辺の
「まさか、楠様が相手とはいえ檜様が敗れるとは……」
「いやでも、楠様が本気じゃなかったみたいな事を言ってなかったか?」
「えっ、アレで本気じゃなかったってのか? 楠様の気のせいじゃないのか?」
「それより、さっきの録画見るか?」
確認させてもらうが……今回の攻略対象が『檜様』、その妹が『楠様』で良いんだよな?
組手か何かして、姉が負けたって事か。
調査を始めたばかりだから何とも言えんが、もし心のスキマがその妹に関する事だったら厄介な事になりそうだな。
短期決戦を狙うのであればスミレの時のように相手の領域に飛び込むべきだろう。道場に飛び込むとか勘弁してほしいが、必要なら仕方ない。
できればのんびりと攻略したいんだが……
「……おいエルシィ、あいつの身体から出てる黒い煙みたいなのって……」
「はい……紛れもなく駆け魂の妖気です。かなり危険な状態みたいですね」
「……最大で1週間程度と見ておくか。可能な限り早く打ち合わせをする必要がありそうだ」
なるべく早くそっちの用事を終わらせてくれよ、かのん。
最初はせめて本話の半分くらいまで師匠視点で行こうと思ったけど、戦いに集中しているので野次馬の声を入れる事ができず、細かい戦闘描写が必須になるので僅か11行で断念するという。
美生編のどこかの後書きで『パンチラは美生以外は無い』って言いましたけど、今回読み返したら檜さんも組手中にさり気なく披露しているという。
流石はお色気キャラという事なのでしょうか……?