師匠の後を付けてしばらくすると師匠の自室らしき場所に辿り着いた。
随分と殺風景な部屋だなぁ。教科書や参考書が綺麗に並べてある本棚と勉強机、あと畳んである布団くらいしか無い。
師匠の趣味を考えたらぬいぐるみの1つや2つ置いてあってもおかしくないものだけど、道場の中では我慢してるのかな?
それとも、そういう店を知らないだけかも。今度案内してあげよう。
で、肝心の師匠はというと……浮かない顔で何か考え込んでいるようだ。
このまま観察を続けたり、師匠が独り言をこぼすのを待つのもアリと言えばアリだけど、今回はそんなに悠長に構えるべきではないだろう。
確か……駆け魂の妖気が出ていないのであれば軽く1ヶ月は保つんだっけ? エルシィさんの言う事だからあんまり当てにしない方が良いけど。
これまでの攻略でも駆け魂の気配みたいなものを感じた事はあるけど、檜さんの場合はあからさまに危険な雰囲気が漂っていた。最長でも1週間程度を目標にすべきだろう。早いに越したことは無いし。
というわけで、羽衣さんを剥いで師匠に話しかける。
「どーしました? 浮かない顔ですね」
「ん? ああ、お前か。実は……
……って、どうしてお前がここに居る!? どうやって入って来た!!」
「やだなー。そんな細かい事はどうでもいいでしょう」
「決して細かい事ではないが……お前の異常性にいちいち驚いてたらキリが無いか」
何を言ってるんだろう。桂馬くんならともかく私が異常だなんて。ただのしがないアイドルなのに。
「お前はいつから居たんだ? さっきの組手も見ていたか?」
「はい、お姉さんとの組手ですよね?」
「ああ、その通りだ。お前は見ていて何か感じなかったか?」
「何かと言われても……最初から最後まで師匠が優勢だったなとしか感じませんでしたよ」
「そう見えていたのか。流石は本家だな」
「ほんけ?」
「ああいや、気にしないでくれ。
それ以外で何か気になった事は無いか?」
「う~ん……特には……」
「そうか……」
師匠には私には分からなかった何かが見えていたのだろうか?
今回の攻略、もしかすると師匠の方が早く片付ける可能性があるのでは?
「何が気になってるんですか?」
「どう言えば良いのか自分でもよく分かってないんだが……姉上が全力を出してないような気がしたんだ」
「そうですか? 必死だったように見えましたけど」
「それはそうなんだが……何というか、こう……本来伝わってくるはずのものが何かに邪魔されて届いてないような感じがした。
本人が無意識に手加減……いや、全力を出せていないようなそんな感じがな」
その邪魔しているものの正体はもしかすると心のスキマなのではなかろうか?
センサーも無しに心のスキマの存在を看破するって、師匠スゴい。
「原因に心当たりはありますか?」
「いや、無い。あったらこんな所で悩んでいないさ」
それもそうか。
本気を出せない原因、手加減する原因。じっくり考えてみた方が良さそうだ。
前にも桂馬くんと似たような事をした記憶があるけど、思いつく限りの原因を並べてみようか。
スキマ云々は今は考えずに並べてみよう。
「実は怪我をしていたとか」
「いや、そんな感じではなかったな。痛がる様子もどこかをかばう様子も無かった」
「師匠に花を持たせようとした……は違うか」
「ああ。姉上は全力を出そうとしていたように思う。
それに、そんな事をする性格ではない。私に圧勝して壁を見せつけてくるような性格だ」
「……性格悪いんじゃないですかそれ?」
「そういう意味ではない。壁は高い方が挑み甲斐があるだろう? 姉上だって私のそういう性格はよく理解しているはずだ」
認識が噛み合ってなくて本当に性格が悪い可能性も有り得る気がしてきた。一応心の片隅に置いておこう。
「じゃあ……負けたかった、とか?」
「どういう意味だ?」
「理由までは分かりませんけど、無意識のうちに負けたがっていたのであれば全力が出せなかった事の説明はつきます」
「……しかし、先ほども言ったが姉上は全力を出そうとしていたように感じたぞ?」
「それなら、『勝ちたかったけど負けたかった』んでしょう」
「待て、意味が分からないぞ。明らかに矛盾しているだろう!」
「そうですかね? 勝ちながら負けるのは大体矛盾するけど、『勝ちたい』という気持ちと『負けたい』という気持ちが重なる事は有り得ない話じゃないと思いますよ」
人の感情ってのはプラスとマイナスで打ち消し合えるような簡単なものじゃない。矛盾した感情を同時に抱える事なんて普通に有り得る。
例えば歩美さんが走りたいと願いながらも怪我を装ったり、
例えば麻美さんが人と話したいと願いながらも平凡を演じて真っ当な会話を避けたり、
……人間の心っていうのは複雑だ。挙げていけばキリが無いね。
「まずは分かりやすそうな方から考えてみましょう。勝ちたい理由に心当たりはありますか?」
「いや、心当たりもなにも、勝負には普通勝ちたいと思うだろう」
「それはそうですけど……どうしても勝ちたいと思う理由です。例えば、姉として妹に負けたくなかったとか」
「それは……あるかもしれない。
私は姉上に勝った事は一度も無いからな。今でも勝てると漠然と思っていて私が予想以上に成長していたから慌てた可能性は十分あると思う」
「有り得そうな話ですね。では、負けたかった理由については?」
「そんなのさっぱり分からない。姉上は何事も全力で、勝負事において妥協するような事は絶対に無かった」
「そうですか……う~ん…………」
負けたい理由かぁ……私にもよく分からない。
桂馬くんと相談してみた方が良さそうだ。