檜が駆け魂に取り憑かれたのがいつなのか正確には分からない。
おそらくは外国に居る時に取り憑いたんだろう。それだけだ。
ひょっとすると、檜が日本に帰ってきた理由は駆け魂なのかもしれない。
僕達が確認できていなかっただけで、駆け魂の影響が現れていたとしたら……休む為に、帰ってきたのかもしれないな。
駆け魂は宿主の願いを叶える。歪んだ方向に。
「……これが、あいつの願望か」
「……『闇の種』の話を思い出すね」
「あの時の例え話のような物理的な話ではないだろうがな」
道場の方には、巨大は人影が立っていた。
檜の姿をした、巨大な人影が。
「妹よりも大きくなりたいという願望。
妹よりも大きくあらねばならないという強迫観念。
そんな所か」
「推理が概ね当たってたのは良いとして、どうするのこれ?
ほぼ初対面の私たちがゆっくり語りかけられるような状況じゃないし、師匠と話すのも厳しそうだよ?」
「そうだな……」
ギャルゲーにおいて巨大化するヒロインはあまり見ないが少しは居る。
だが、例が少ないせいかテンプレな解決法というものは存在しない。
一応第一候補は『口から中に入って等身大の本体と対面する』というものだが……下手すると胃で溶かされて死ぬんだよなこの選択肢。
どうしたものか。迷っていた時だった。
ドロドロドロドロ……
「わっ、通信みたいです。もしもし!」
このタイミングで通信が来たらしい。相手はお馴染みのドクロウ室長か?
「……はい。はい。分かりました!
えっと……準備完了です!」
通信先の指示に従ってエルシィが羽衣を地面に広げる。
前にも見たような光景だな。確かあの時は……色々と送られてきてたな。
そんな僕の予想を裏切る事はなく、羽衣の上に1つの封筒が転送されてきた。
「ドクロウ室長からです! お2人へとのことです!」
「とりあえず見てみるか」
その中身は……こんな感じだった。
『バディ達へ
時間が無いので現在の状況を完結に説明する。
その近辺でレベル4の駆け魂の警報が出た。近隣の地区長が動員され、ヒラの悪魔も動員される事になるだろう。
エルシィの破邪系統の能力と第二のバディの存在は絶対に隠しと押してほしい。
記憶捜査からも逃れるようにと言えば伝わると信じている』
よっぽど急いでいたようだな。誤字修正の時間すら無かったらしい。伝わるから問題ないが。
記憶操作からも逃れる、か。
一応プライベートで繋がりのあるかのんが楠と話すくらいならセーフか。それ以上に突っ込んだ行動は危うそうだ。
「かなり大事になっちゃってるみたいだね」
「色々と訊きたい事はあるが……仕方あるまい。
エルシィ。檜はこの後どうなるんだ? 中の駆け魂ごと仕留める……みたいな展開にならないだろうな?」
「えっと、こういう時は確か……人命優先です!」
「そうか、ならそこまで慌てる必要は……」
「いえ、人命優先なので被害が出る前に……という方針だったはずです」
「それって本当に人命優先って言って良いの!?」
最大多数の最大幸福っていう意味では決して間違いでは無い。
……が、僕の主義には反するな。エンディングとは一点の曇りも無いベストエンドでなければならない。
僕が関わる以上、それ以外は認めない。
「まずはお前の師匠の所に行くぞ。
そいつと一緒に乗り込む」
「乗り込むって、どこに?」
「あの巨人の体内にだよ」
「……どうやって?」
「体に風穴開ける……ってのは厳しいから口からになるだろうな」
「大丈夫なのそれ!?」
「分からん……が、やるしかないだろう。
正直な所、檜が駆け魂と完全に融合してるみたいな展開ならもうお手上げだ。あの巨体の中に本体みたいなものがあると信じるしかない。
安心しろ。無策で突っ込む気は無い。
エルシィ、羽衣とか結界を使って2人分の酸耐性を作れるか?」
「う~ん、多分いけます!」
「よし、なら大丈夫だろう。
今度こそ行くぞ!」
僕達の目に映ったのは、半壊した道場だった。
内側から何かが弾け飛んだかのような破壊の跡が見て取れる。
ここで檜が巨大化して突き破ったんだろうな。
門下生らしき連中はこの惨状に対してあわてふためいている。
そりゃそうだな。当主の姉が帰ってきたと思ったら巨大化したなんて目の前で見ても信じられる奴はそうそう居ないだろう。
そんな慌てふためいている門下生たちの中に目立つ人物が居た。
長身の黒髪ロングの女性。かのんの師匠の楠だ。
かのんから聞いていたイメージではこういう非常事態は先頭に立って指示を飛ばすタイプだと思っていたが……その非常事態の内容が内容なだけにただ呆然と見ている事しかできないようだった。
これは強引に引っ張って行った方が良さそうだな。僕自身のキャラ設定としては『かのんの知り合いで、事情を知っている人物』ってところか。その設定に則って適当な台詞をぶつける。
「やっと見つけた。おい、サッサと行くぞ!」
「!? だ、誰だお前は!!」
「そんなのどうだっていいだろう。アンタの姉を助けたくないのか?」
「何っ!? 姉上を助けられるのか!?」
「ああ。多分な。だからサッサと行くぞ」
とりあえず説明を全部省略して連れ出そうと試みるが、迷っているのか疑っているのか僕の手を取る様子は無い。
そして、それは勿論想定済みだ。
「師匠!」
「中川! まだ居たのか」
「師匠、このヒト、言動や少々アレですけどやるときはやってくれる人です!」
「おい中川、どういう紹介の仕方だ」
僕自身は師匠とは初対面だ。だが、ひとまずの信用を得たいのであれば僕自身が頑張る必要は無い。
かのんと師匠との繋がりがこんな所で役立つとはな。
「…………分かった。お前を信じよう。
それで、どこに行って何をすれば良いんだ?」
「簡単な事だ。
僕の見立てではあの巨体の中には春日檜本体が存在している。
だから、口から侵入して本体を殴り飛ばす。それだけさ」
師匠と神様がここでようやく顔を合わせるという。
檜編を読み返していて大変な事実に気付いてしまいました。
麻里「もー桂馬!! いつもケータイ切ってるー。」
原作11巻 FLAG.98より抜粋
桂馬……ケータイ持ってたんですね……
ま、まぁ、きっと放置してバッテリーが上がってるような状態なんでしょう。きっと!!
と言うか、原作で持っていようと本作では持っていない設定なのでもーまんたい。ちょっとビックリしただけで。