もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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07 スキマへの侵入

 口から侵入して本体を殴り飛ばす。

 言うのは簡単だがそれを躊躇い無く実行できる奴はそうそう居ないだろう。

 

「お前……正気か?」

「ああ。当然だ。

 アンタだって分かってるだろう? 今のアンタの姉は自分の常識が通じない異常事態に見舞われてるって事くらいは」

「それはそうだが……」

「安心しろ。僕も一緒に行く。アンタが危険を冒してくれるのであれば僕も自分の命を賭けよう。

 これで納得してくれないか?」

「そういう事を言っているのではないが……分かった。

 それで? 口から入るとか言っていたが、どうやって行く気だ?

 姉上に人を食べる趣味は無いぞ?」

「そりゃそうだな。だが安心しろ。既にタクシィを呼んである。

 エルシィ! 出番だ!」

 

 僕の声に反応して透明化していたエルシィが現れる。

 僕達が特殊な人間である事をアピールする小細工だな。

 

「はーい! どうせならしょーぼーしゃとして呼んでほしかったです!」

「そんなんどうでもいい。僕と楠をアレの口まで運んでくれ。

 耐酸防護も忘れずに」

「りょーかいです! 行きましょ~!」

「ちょっと待て! 一体お前はどこから出てきた! と言うかどうやって……うわっ、何をする!!」

 

 エルシィが僕と楠を手早く梱包し、一直線に檜の口へと向かう。

 そしてそのままの勢いで口の中へと放り込まれた。

 

 

 

 

 

 

 食道のようなブヨブヨした道を通過……と言うか落下し、しばらくすると弾力のある床に叩きつけられた。

 その弾力と、僕達を包んでいた羽衣のおかげか特に怪我をする事は無かった。

 

「うぉっと、無事に辿り着いたか。

 怪我は無いな?」

「あ、ああ……ここは……どこなんだ? 姉上の体内なのか?」

「その答えはYESでありNOだ。

 本当の体内なら今頃僕達は消化されている。

 この場所を一言で表現するなら、『心のスキマ』と呼ぶのが一番相応しいだろう」

「心のスキマ?」

「ああ。詳しい話は先に進みながらするとしよう。

 僕達が自由に使える時間はそう多くないからな」

 

 

 体内のようなそうでないような奇妙な空間を進みながら可能な範囲での説明を行う。

 

「人の心のスキマとは、ザックリと言い換えると人が抱える悩みの事だ。

 そしてその悩みが重篤なものになると悪魔が取り憑く事がある。

 ……何をバカな事を言っているんだと思うかもしれないが事実だ。信じなくても良いが否定するのは止めてくれ。時間の無駄だ」

「いや、そこまでは思っていない。むしろここまでの異常事態なら逆に納得できる」

「話が早くて助かる。

 取り憑いた悪魔は負の感情を吸収・増幅させながら宿主の心のスキマに込められた願望を歪んだ形で叶えようとする。

 今回の場合は、それが『巨大化』として現れたようだ」

「……姉上の悩みとは、一体なんだったのだ?」

「あくまでも推測だが……

 『妹よりも大きくなりたいという願望』

 『妹よりも大きくあらねばならないという強迫観念』

 そんな所だろう」

「あの姉上がそんな悩みを抱えていたというのか!?」

「あくまでも推測だ。これが正しいのかどうかはアンタの方が正しく判断できると思うぞ。

 ……いや、その必要すら無いか」

 

 唐突に開けた場所に出た。

 澄み渡った青空と、足首ほどの高さの澄んだ水面が広がっている。

 そして真っ正面には道場によく似た建物が1つだけ建っていた。

 心のスキマの深部とは思えない綺麗な空間だ。だが、だからこそひどく不気味だ。

 

「ここは……?」

「いかにもボス戦が待っていそうな空間だな。

 おそらくは、この先にアンタの姉が待っている。

 後は直接話し合ってくれ。まぁ、話せる状態じゃないだろうからまずは殴り合いになるだろうが」

「…………」

 

 楠は少し躊躇いながらも、しっかりした足取りで歩みを進めた。

 

 

 

 僕達が道場の前まで辿り着くと、唐突に周囲が暗くなった。

 水面は暗く濁りだし、空は灰色の雲に包まれる。

 そんな異変の中。声が響いてきた。

 

『……楽しかった。昔は、良かったなぁ……』

 

 幼い女の子のような声。聞き覚えの無い声だが、こんな所で響く声の正体なんて1つしかあるまい。

 

「姉上……? どこにいらっしゃるのですか!?」

 

 楠の声に反応するかのように、黒い靄が目の前に集まっていく。

 そして唐突に弾けると、中からドス黒いオーラを纏った檜が現れた。

 

「あ、姉上……?」

『…………だ』

「?」

『……お前の……せいだ!』

「っっ!!」

 

 何事かを叫んだ檜が楠に襲いかかる。

 不意を突かれた楠だったが、何とか攻撃をいなして凌ぎ切り後ろに大きく跳んで距離を取った。

 

「おいっ、これは一体どうなっているんだ!?」

「……本格的にヤバそうなのは確かだ。

 心のスキマさえ埋めてしまえば何とかなる……はずだ」

「何だその不安そうな言い方は!」

「これしか手が思いつかん、まずは全力でやってみてくれ」

「……まあいい。何とかしよう。姉上……行きます!!」

 

 そして再び、姉妹がぶつかり合った。







 原作では姉妹の対面時に妹の方が一方的にやられていますが、本作では互角の戦いをしています。
 原作だと水面から現れた姉に突如足を引っ張られてマウントを取られるのに対して本作では描写の関係で対面状態からスタートし、しかも桂馬が事前に『ボス戦がある』みたいな事を言っていたせいでしょうね。

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