もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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08 外の動き

 檜の心のスキマの中で、姉妹が対峙していた頃。

 道場から少し離れた場所の上空では3つの人影が集まっていた。

 

「ここは私だけで十分よ! 集まってくるな! 鬱陶しい!」

 

 駆け魂隊としての実績により、ほんの数ヶ月ほど前に地区長への昇進を果たした悪魔、第30-2地区地区長ノーラ・フロリアン・レオリア。

 

「そんな事言われたって、地区長召集がかかったんだから来ないわけにはいかないでしょうが!」

 

 一時期クビが危ぶまれたが、無事に立ち直り堅実に成果を挙げている悪魔、第32地区地区長ハクア・ド・ロット・ヘルミニウム。

 

「そもそもコレ、うちらだけで足りるかも怪しいぞ?」

 

 エルシィの居る地区の元々の地区長であり、増員をきっかけに隣の地区へと移った悪魔、第30-4地区地区長シャリア・フレイ・アモン。

 

 通常なら担当地区から離れる事の無い地区長が1箇所に集まっている理由はハクアが述べたように召集がかかったからだ。

 殆ど駆け魂に取り込まれかけている状態で、しかも巨大化するという方向性に成長してしまっている為、緊急事態だとして召集がかけられた。

 今はまだ偶然手が空いていて即座に対応できた地区長3名しか来ていないが、じきに近隣の地区長とその他大勢のヒラの悪魔達も集まってくるだろう。

 

 

「凄まじいわね。これが旧悪魔の邪気ってわけ?」

「前に魂度(レベル)3の駆け魂を見たことがあるけど、ここまで酷くはなかったわ。

 下手すると魂度4まで行ってるかも」

「んなっ! 魂度4ですって!? 私の地区で冗談じゃないわ!! 今すぐ勾留する!!」

「ちょっ、待ちなさい! 宿主ごと勾留する気!?」

「そんな事をしたら間違いなく宿主が死ぬぞ!!」

「あの旧悪魔が完全復活して街で暴れられでもしたらそれこそ大惨事よ!」

「それはそうだが……」

 

 ノーラの言っている事は正しい。このままだと古悪魔(ヴァイス)は完全復活し、宿主が取り込まれる事は勿論周囲の街に済む人々に多大な被害を齎すだろう。

 だが、それでも駆け魂の宿主を含めて全員を助けたいと思うのは人としても新悪魔としても当然の事だ。

 だから、ハクアは諦めなかった。

 

「…………ノーラ、よく考えなさい」

「考えた結果がコレよ! 今動かないと!」

「いいえ、もう少し待ちましょうよ。

 この騒ぎを犠牲者0で乗り切ったら、その作戦の指揮者は英雄になれるわよ?」

「っ! …………」

「幸い、あの宿主が巨大化したのは人があまり居ない山の中。

 何か道場みたいなのがあったみたいだけど、エルシィが避難するように呼びかけたらしいからほぼ無人。突然暴れだしたとしても人的被害が出るまでには間がある。

 もう少しだけ、様子を見る余裕があるはずよ」

「…………分かったわよ。

 但し、本当にヤバいと思ったら即座に動くわ。

 その時は邪魔するんじゃないわよ!」

「ええ。分かってるわ」

 

(私にできる時間稼ぎはこれが精一杯。

 ホント頼むわよ、桂木!)

 

 今の彼女たちにできる事はただ祈る事だけだ。

 この事件がどう解決するのか、それは神のみぞ知るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の目の前では姉妹の間で激しい攻防が繰り広げられている。

 動体視力には自信がある方だが……ゲーム攻略に求められるものと現実(リアル)の戦闘に求められるものは違うようだ。

 つまり何が言いたいかと言うと、速すぎて何か凄まじい殴り合いをしているという事しか分からん!

 現実(リアル)でこんな体験をするとはな……貴重な体験だが積極的に遭遇したいものでもない。

 戦況は、ほぼ互角なんだろうな。そうじゃなかったらもう決着が着いている。

 

 そう思った時、不意にその均衡が崩れた。

 

「っ!?」

 

 楠が、突然吹っ飛ばされて地面に倒れる。

 それに続いて檜が畳み掛けるようにマウントを取った。

 

「くっ、姉上……」

『……お前が、私を殺したんだ』

「!? それはどういう……」

『強く、強くなったよなぁ。お前は』

 

 楠の声が聞こえていないのか、それとも意図的に無視しているのか、檜はゆっくりと語りだした。

 

『昔から、お前はずっと私の後ろに居た。

 ずっと私を見上げてた。

 私はずっと見られていた』

 

 

『だから私は、『特別』でなければならなかった。

 常に他人よりも先に進み、想像もつかないような事をこなし続けなければならなかった』

 

 

『道場を飛び出して、色んな事をしてきた。

 でも、その中に本当にやりたい事なんて何一つ無かった!』

 

 

『止めたくても、止められなかった。

 楠の目が、ずっとそこにあったから』

 

 

『私は、子供の頃ちょっとだけ拳法が上手かっただけ。

 楠が思っているような、尊敬されるような人間じゃない。

 もううんざりだ。尊敬なんてたくさんだ!』

 

「……そうか、これが姉上の、心のスキマだったのだな……

 私が……私のせいなのか」

 

『私は平凡な人間なんだ。期待なんてされたくない!

 もう放っておいて欲しい! 嫌ってほしい!』

 

 

 不気味なエコーのかかった悲痛な叫びが、薄暗い空間にこだました。







 原作を読み返すと地区長トリオが自然と『古悪魔(ヴァイス)』という単語を使用しています。正確にはシャリィは使ってませんが……
 古悪魔(ヴァイス)という読みは桂馬がディアナから聞いたものが初出であり、エルシィは勿論他の悪魔たちも知っているとは思えません。少なくともハクアが知っていたら3巻の時点で桂馬に言ってるはず。変な固有名詞が少ないとか落胆してたし。
 一応、ハクアはディアナから聞いた、ノーラは実家のコネで当時の事を聞いたとすれば矛盾ではありませんが……ハクアが今までの『古い悪魔に対する呼称』を捨ててディアナが使った呼称を使うというのは違和感がありますし、ノーラも『ヴァイス』という呼び方が一般的ではない事くらいは重々承知のはず。

 そういうわけなので、本作では彼女たちの古い悪魔に対する呼称を『旧悪魔』としてあります。

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