喋っている間動きを止めていた檜が腕を大きく振りかぶった。
……どうするべきだ? 戦闘力皆無な僕でも体当たりくらいはできる。
楠に反撃のチャンスを作るくらいならできると思う。
『私はもう、『お姉ちゃん』なんて嫌だ!
強さなんて要らない! 尊敬も要らない!! 何も要らない!!!』
檜の腕にドス黒いオーラみたいなものが集まっている。
これは迷っている場合では無さそうだ。アレが振り下ろされたら楠が死にかねない。そんな気がする。
そう思って僕が駆け出したその時、楠が動いた。
「セイッ!!」
『むぎゅっっ!!』
勢いよく頭を動かして檜の顔面に頭突きを叩き込んだようだ。
そして檜が仰け反った隙を突いて拘束常態から完全に脱した。
「謝って許されるなら、誠心誠意謝りましょう。
殴って気が済むのであれば、大人しく殴られましょう」
さっきまで殺されかけていたとは思えないほど、真っ黒な感情をぶつけられていたとは思えないほど冷静な声で、楠が言葉を紡ぐ。
悲しんでいる? 後悔している? それもあるだろう。
「ですが姉上、あなたは嘘を吐きましたね?
あなたらしくもない」
『私らしい? 知った風な口を!
本当の私なんて、何一つ知らないくせに!!』
「ええ。知りませんでしたよ。そんな事ならもっと早く言ってほしかった……というのは私のわがままでしょうね。
見抜けなかった私にも、無邪気に期待し過ぎた私にも非はあったのでしょう。
今だって、姉上の本当の姿がどんなものなのか、理解できているとは言えません。
しかし……これだけは言えます。
あなたは、大嘘吐きだと」
『!?』
楠の言葉はその内容に反して、とても静かに紡がれた。
そこに込められているのは、決して負の感情ではない。
「分かりませんか? ならば分からせて差し上げましょう。
今から私はあなたを倒します。その時にあなたはきっと理解するでしょう」
楠は、微笑んでいた。
失くしてしまった大切なものを見つけたかのように。
「さぁ始めましょう。
手加減なんかしないで下さいね?
全力で……かかってきてください!」
その声は、こんな状況には似合わない、無邪気で、とても楽しそうな声だった。
「姫様! 道場の皆さんの避難終わりました!」
「お疲れさま」
私は今、檜さんから少し離れた場所で様子を見ている。
本当は私も付いていきたかったけど、師匠やその他の方々が記憶操作される事、その過程で記憶が覗かれる事を考えると私が深く関わるわけにはいかなかった。
うぅ、桂馬くんが心配だよ。
「エルシィさん、中の様子って分からないよね?」
「残念ながら……
ただ、首輪が作動していないので神様は無事だという事だけは言えます!」
「そうだね。桂馬くんは無事だ。うん」
だけど、最悪の事態になっていない事しか分からない。どんな酷い怪我を負っても命さえ無事ならこの首輪は作動しない……はずだから。
私に何か、ここからでもできる事は無いだろうか?
「…………エルシィさん」
「何ですか?」
「私の歌は、あの状態の駆け魂に効くと思う?」
「え? 歌ですか? えっと……」
「いや、やっぱりいい。自分で考える」
エルシィさんがポンコツのふりをしているのでなければ自分で考えた方が正しい答えに辿り着けそうだ。
桂馬くん経由で聞いたアポロさんの話によれば、私からは魔力と理力の両方の気配がするらしい。
そして、駆け魂討伐にはほぼ間違いなく理力が関わっている。
そもそもの前提として、何故駆け魂隊は
封印されていたという事は、強制労働させられていたとか、何らかの形で地獄の利益になっていたとは考えにくい。
あの異形の化け物にも人権みたいなものがある? 絶対に無いとは言わないけど、私たちは現在ドクロウさんの指示でバンバン狩りまくってるわけだから違うと思う。ドクロウさんが暴走してる可能性は0とは言わないけど。
では何故か。答えはシンプル。『討伐できないから』
新悪魔の人達では
状況証拠と呼べるかも分からないものしか無いけど、おそらくはそういう事なんだろう。
駆け魂討伐に魔力が役に立たないなら、理力を使っている事はほぼ間違い無い。
では、その理力をどう使っているか。
それは勿論、歌だ。
きっと私は歌を通して理力を響かせて、それを駆け魂にぶつける事で駆け魂を浄化していたのだろう。
そろそろ結論に行こうか。
駆け魂に理力をぶつければ、浄化する事は可能だと思う。
そして、いつもと違って今の殆ど外に出ている駆け魂が相手なら攻略完了してなくてもぶつけられるはずだ。
……多分。
「……よし、エルシィさん。
あの檜さんを結界で囲える?」
「可能か不可能かで言えばできますけど……凄く目立ちますよ?
ハクアやノーラさん、他の皆さんも近くに集まっているようなので」
「そうだったね。
それじゃあ……」
「あなたは、嘘を吐きましたね?」
屋上でのあの台詞を思い出しながら書いてました。
何の事か分からない人はスルーして下さい。
師匠の『手加減なんかしないで下さいね?』っていう言葉は割と自然に出てきましたが、某麻雀っぽい漫画のピンク髪の巨乳ヒロインさんの台詞でもありますね。
地味に中の人繋がりという。