もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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01 理力の担い手

 エルシィこそが、女神ミネルヴァだ。

 そんな発言に真っ先に噛みついたのはハクアだった。

 

「こんな時に変な冗談は止めなさいよ! そんなわけが無いでしょう!!」

「ほぅ? 何を根拠にそんな事を言うんだ? こんな時に変な反抗は止してくれ」

「ぐっ、アンタねぇ……根拠なんていくらでもあるわ!

 だってエルシィは悪魔なのよ!? 女神のわけないじゃない!!」

「どうしてエルシィが悪魔だと断定できる。本人が言ってたからとか、地獄に住んでたからとか言わないだろうな?」

「それで十分でしょうが!!」

「いや、不十分だ。お前は自分が天界に行って『女神です』と名乗れば新悪魔じゃなくなるっていうのか?」

「それは違うけど……そうじゃなくって……」

「……旧地獄の封印から間もなく、何らかの理由でエルシィが……ミネルヴァが弾き飛ばされた。

 それをドクロウ室長あたりが保護し、危ない連中から隠す為に新悪魔として育ててきた。

 そう考えれば辻褄は合うだろう?」

「むぐぐ……確かに矛盾はしてないけど……

 でも、流石に飛躍し過ぎじゃないの?」

「いや、むしろエルシィが女神じゃなかったら何なんだっていうくらい伏線だらけだったぞ。

 前にお前とレベル3の駆け魂を捕まえた時にも話してたよな。

 エルシィは地獄だと弱くなるとか、邪法を弱める破邪結界を使いこなすとか。

 これ、どう考えても女神だよな? 少なくとも悪魔の性質だということは絶対に無い」

 

 当時は女神という単語は知らなかったが……悪魔の対の概念、天使か何かなんじゃないかとはずっと思っていた。

 何で黙ってたかって? 数少ない伝えるべき相手にとっては言うまでもない事だったし、そうでない奴には話す必要は無かったからな。

 

「しかし桂木さん。彼女がミネルヴァだとすると矛盾が発生します」

「何だ?」

「彼女からは理力を欠片も感じる事ができません。今現在は勿論、以前会った時もです。

 そんな存在を女神と呼ぶのは少々無理があるのでは?」

「それについては僕も少々悩んでいた。直接顔を合わせても何の反応も示さないからな。

 だが、その点はアポロが解決してくれたよ」

「なぬ? どういう事じゃ?」

「お前たちにもう一度質問だ。

 今のエルシィから魔力を感じ取れるか? 特にアポロ」

「……そう言えば、確かに感じぬのぅ」

「確かに少々違和感は感じますが、衰弱しているせいなのでは?

 そのせいで感知できないほどに微弱になっているのでしょう」

「一理ある。じゃ、もひとつ実験だ。

 おいまろん。ちょっとこっちに……大丈夫か?」

「……うん。大丈夫。私は大丈夫だよ」

 

 かのんの顔色が少々悪い。演技の上手いかのんの顔色が少し悪く見えるという事は実際にはかなり調子が悪いんだろう。

 だが、今はケアする時間が惜しい。進めさせてもらおう。

 

「女神たちに質問。コイツから魔力、理力の類を感じるか?」

「理力を感じたならもっと早く言ってますよ」

「そうじゃな。何にも感じないぞよ」

「……じゃ、()()()。頼む」

「……大丈夫なの?」

「ああ」

「……分かった」

 

 かのんがペンダントを握り締める。

 そして次の瞬間、かのんの身に纏う雰囲気が変化した。

 

「っ!? これはっ!?」

「何じゃこれは……と言うかお主は!!」

「……麻美さんと、あとハクアさん以外は初めましてになるのかな。

 初めまして。中川かのんです。桂馬くんの協力者をやらせてもらっています」

「ちょっとちょっと! 何なのこの魔力!! 流石に私たちほどじゃないけど人間とは思えない量よ!? アンタって人間よね!?」

 

 アポロによれば、『中川かのん』からは魔力と理力を感じたという。

 しかし、ディアナは特に反応を示していなかった。

 何故、こんな違いが発生したのか。単純にアポロの方が感知能力に優れていた? それはあるかもしれない。

 だが……それぞれの女神とかのんが対面した時、ある決定的な違いがあったんだ。

 

「ドクロウ謹製の錯覚魔法が女神にすら効くのは検証済みだったが……どうやら魔力と理力すら誤魔化すようだな。

 あいつ、どこまで先を読んでるんだ?」

「錯覚魔法……? 確かにあのドクロウ室長ならそのくらいやってもおかしくないけど……」

「ついでに言うなら、エルシィが普段使ってる物に細工をして常時発動させる事もできるんじゃないか?

 そうだな……駆け魂センサーは僕や中川が預かる事もあったから違うな。

 ほぼ間違いなく羽衣に細工がしてあるだろう」

 

 横たわるエルシィから羽衣を丁寧に剥ぎ取る。

 すると……何も起こらなかった。

 

「……ん? 違ったか? じゃあ何か他に……」

「いえ、ちゃんと変わっているようです。

 確かに……理力を感じます」

「ほぅ? ちなみに、魔力は感じるか?」

「いえ、純粋な理力です。悪魔が放つ気配では断じてありません」

「なら仮説は正しかったようだな。

 ……決して喜べる結果ではないが」

 

 エルシィが偽装した女神本人なのか、あるいは転生体とか、それとも単純に宿主なのか。その辺のハッキリした事は不明だが……まあ、瑣末な問題だ。

 少し不正確な日本語になるが、『エルシィが女神ミネルヴァだ』と断言させてもらおうか。

 

「……ついでにもうちょい実験しておくか。

 ハクア、お前、人の羽衣って扱えるか?」

「それ、今関係あるの?」

「一応関係ある。僕の予想が正しければ……エルシィが女神である説の補強になる」

「…………流石に深い所にある機能は他人じゃ使えないようになってるけど、表面の機能なら普通に使えるわ。

 その羽衣を使えばいいの?」

「ああ。やってみてくれ」

 

 エルシィの羽衣をハクアに手渡す。

 ハクアは羽衣を受け取り涼しげな顔で操作を……できなかった。

 

「っ!? 何このムチャクチャな術式!? どうなってるのよ!?」

「だって理力しか持ってないエルシィが使ってた代物だぞ? 悪魔に使えるわけないだろ」

「そういう事は先に言いなさいよ!!」

「99%の確信があったが、実際にやってみた方が手っ取り早いし確実だ。

 大した事じゃないが、ずっと気になってたんだ。

 『何でエルシィは勾留ビンだけが使えないのか』ってな。

 他の道具、センサーや羽衣は普通に使ってるみたいなのに」

「? 今のが関係あるの?」

「大有りだよ。

 勾留ビンってのは駆け魂をビン詰めにして地獄の……本部? みたいな所に送るんだろ?

 これはつまり、羽衣やセンサーは個人装備であるのに対して勾留ビンは駆け魂隊全体で使いまわしてるって事になる。

 違ったとしても、ビンごと上に提出する事に変わりは無いだろう? ちょっとチェックされたらさっきのお前みたいに素っ頓狂な声を上げる事になる」

「アンタがやらせたんでしょうが!!」

「エルシィは勾留ビンだけが使えないんじゃない。魔力が必要な道具全てが使えないんだよ」

「ちょっと!!!」

「……逆に言えば、理力を使う道具なら、個人用の装備を改造したものなら問題なく使えるわけだな」

 

 センサーはともかく、羽衣さんは十分に活用できそうだ。寝たきりのエルシィの傍らに置いておいても何の役にも立たないから誰かに持たせよう。

 こういうレア装備を誰に持たせるかってのは悩みどころだよな。ひとまずはかのんに持たせておくか。

 エルシィから供給されてたのか、それとも自力で発生させてるのかは不明だが、かのんが理力を持っている以上は多分使えるだろう。

 

「こんなものか。それじゃ、次の話をするか。

 エルシィを助ける為に、どういう方針で動くのかをな」







 ここでようやくタイトルの回収ができました! 長かった……
 タイトルを意訳すると『もしエルシィが女神ミネルヴァだったら』となります。
 ちなみに、エルシィ=ミネルヴァは原作者の若木先生の没案だそうです。
 そんな没ネタと、『かのん100%』のネタを適当に繋げて形にしたのが本作だったりします。

 この設定、結界を連発していたので歩美攻略よりも前に正体がバレる可能性すらも考えていました。
 例の企画ではぜんっぜんエルシィの名前が出なかったのでハクア編を始めとして色んな所で露骨にしたという裏話があったり。あの企画、何気にすっごく役立ってるですよ。
 ちなみに、ハクア編のサブタイトルを縦読みすると……

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