尋問を行うにあたって気をつけるべき事は無数にある。
一番分かりやすいのは、尋問中に逃げられないようにする事だな。
それ以外で最も注意すべきは、『情報を取られない事』だ。
ただ単に対面するだけでも魔力がどうたら理力がどうたらといった事を感知して女神の情報が漏れる場合もある。尋問を後回しにして女神たちを先に帰らせたのは主にこれの対策の為だ。
質問をぶつけるだけでも声で男か女かくらいは分かるし、できる奴なら声だけで詳細な感情まで読み取る事が可能だ。質問していたはずが丸裸にされた……なんて事になったらシャレにならん。
質問の内容も重要だ。質問するという事は『こちらが知りたがっている事がバレる』という事でもある。本当に頭の良い奴ならこちらの質問すら誘導して完全に誤った結論にまで導かれる事まで有り得る。
そういうわけで、完璧な尋問を行おうとすると恐ろしく面倒になる。
それだけ手間暇かけても誤情報を掴まされるとか普通に有り得るからなぁ……
「まずは、襲撃者の情報を分かる範囲でまとめておくか。
ハクア、あいつを勾留する時なんか知り合いみたいな事言ってなかったか?」
「……ええ。あの子は私の同級生だったわ。名前は『フィオーレ・ローデリア・ラビニエリ』
長いから皆『フィオ』って呼んでたわ」
「なるほど。フィなんとかだな」
「えっ? ま、間違ってはいないけど……」
「で、そいつはどんな奴だったんだ? 人を刺すようなアブない奴だったか?」
「そんな物騒な性格だったら卒業どころか入学できるかも怪しいわよ……
あの子の性格を一言で表すと『優等生』って感じね。一時期は私よりも成績が上だったし」
「ん? 確かお前っていつもトップだったんじゃないか?」
「そんな事無いわ。この『証の鎌』は卒業時に首席だったってだけで、トップだった時期の長さで言えばフィオの方が長いくらいよ」
「……そんな優等生が、どうしてこんな事したんだか」
エルシィを刺した……と言うか、かのんを狙ったらエルシィが庇ったらしいが、真っ当な奴がそもそも人を刺そうとするわけがない。
優等生を演じていたのか、それとも洗脳でもされたのか……いや、その辺は気にする必要は無いか。
『何故かのんを狙ったのか』。大体想像は付くがハッキリさせておきたい。簡単に口を割る事は無さそうだがな。
「じゃあ次、そいつは旧地獄の暗殺魔術なんていう物騒なものを使ったわけだが、入手経路に心当たりは?」
「無いわ。さっきも言ったけど、使ったら牢獄入りくらいじゃ済まない代物よ。興味を持つ事すら危うい。
そんな物の入手経路なんて……あ」
「ん? どうした?」
「……桂木、これ見てくれる?」
ハクアが指し示したのは今もなおエルシィに刺さっている短剣だ。
その様子は先ほどと変わっておらず特に異常は無さそうだが……
「この剣に刻まれてる紋章! これ、『
「ヴィンテージ?」
「旧地獄の復活を望む違法団体よ。あいつらなら旧地獄の術くらい知っててもおかしくはないわ」
「いや待て。わざわざ凶器にそんなもん書くか? そのヴィンテージとやらに罪をなすりつけようとする別の勢力の可能性は無いのか?」
「う~ん……絶対に無いとは言えないけど、まず心配しなくていいわ。
詳しい説明をしようとすると複雑な話になるから省略するけど、『自分の紋章を刻む』っていうのは魔術的にそこそこ強力な補助になる。
そして、逆にウソの紋章を刻むとかなりの抵抗になる。そんな状態でこんな威力の術を使えるっていうのはバケモノってレベルじゃないわ」
「……把握した。
ヴィンテージねぇ……今回の襲撃者1人だけならいいが、そんな事は無さそうだな」
「相手は違法団体だから正確な組織の規模なんて分からないけど、たった1人を人間界に送って満足するような規模ではないでしょうね」
女神探し、急がないとな。いや、それだけじゃない。復活の手立ても考えないと。
『ヴィンテージの規模』なんかも知っておきたいな。やはりまともに答えてくれるとは思えんがな。
「……とりあえずこんなものか。
ハクア、ボイスチェンジャーの準備はできたか?」
「とっくにできてるわ。顔を隠す物も必要だと思ってこんな感じにしてみたんだけど……」
ハクアが差し出してきたのは仮面のような物体だった。
これにボイスチェンジャーが組み込まれているんだろう。気が利くな。
「じゃ、行くか。
……中川、お前はどうする?」
「………………ごめん。一緒にはいけない。
犯人と顔を合わせたらきっと何かやらかしちゃうから」
「……そうか。しっかり休んでてくれ」
かのんを残してハクアと2人で部屋を出る。
そしてすぐ隣の部屋の扉の前まで歩く。
扉を開ける前に、ハクアに声をかけられた。
「ね、ねぇ桂木、あの中川って子、何か様子がおかしくなかった? 大丈夫なの?」
「おいおい、今更気付いたのか」
「いや、気付いてはいたけど、本人の前では言えないでしょ」
「それもそうか。まぁ、そっとしといてやってくれ」
「えっ、原因は分かってるの?」
「当たり前だろ。あのな? あいつはエルシィに庇われたんだ。
しかも、不意打ちじゃなけりゃあ普通に対処できてたはずなのに。
今回の件であいつは一番責任を感じている」
「……そんな状態なのに放っておいて大丈夫なの?」
「そんな状態だから、一刻も早く解決する為に動くべきだ」
エルシィの正体をもっと早くディアナかアポロに言っていればまた違った結果になったかもしれない。まぁ、当のアポロにそれは止められたんだが。
僕だって責任を感じてないわけじゃない。
だからこそどうするのが一番救われるのかも分かる。
僕以上に傷ついてるあいつの前で手を緩めるわけにはいかない。全力でエルシィを助けるだけだ。
「さ、分かったら行くぞ。お前の友達を尋問する覚悟はできているな?」
「……ええ。大丈夫。行きましょう」
推理モノとして普通に考えたらわざわざ凶器に名前を書くアホは居ないので『魔術的に何か重要な意味がある』という事にしておきます。
まぁ、ヴィンテージによる宣伝と言うか威圧というか、そういう意図があったんでしょうけど、『これはヴィンテージとやらの犯行に見せかけたミスリードだ!』みたいな可能性を少しでも残すと話が泥沼に入っていくのでこれでケリを付けさせてもらいます。
まだ尋問に入らないという。ホント説明する事が多すぎですよ。
原作と比べてやるべき事が増えているという面もありますが……たった2話でしっかり準備を整えた原作者の若木先生には脱帽です。