もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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05 イリスの歌姫は希う

 私の視線の先のベッドにはエルシィさんが横たえられている。

 そのお腹の上では、真っ黒な刃が不気味なオーラを発していた。

 

 ……私のせいだ。

 私がもっとちゃんとしていれば、エルシィさんがこんな目に遭う事は無かったはずだ。

 不意打ちを受けなければ、エルシィさんはきっと防げていたはずだ。なんたって、女神ミネルヴァの結界なんだから。

 私でも倒せた相手だ。間違いなく防いでいた。

 

 いや、違う。もっと前から間違っていたのかもしれない。

 私が歌と結界を使って檜さんの駆け魂を弱体化しようと思わなければ、きっと万全の状態で迎え撃てたはずだ。

 もっと別の方法を考えるべきだったんだ。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、エルシィさん」

 

 そんな事をつぶやいたって何の解決にもならない。

 でも、私にできる事はそれだけだった。

 

 

 そうやって俯いていた私に、突然声が掛けられた。

 

「そうじゃないだろうが、このバカが」

「け、桂馬……くん……?」

 

 突然響いた罵倒するような声。

 だけど、その声からは冷たい感じはしなかった。

 

「お前はバカか? 謝ってるんじゃない。このバカが」

「そ、そんなバカバカ言わないでよ……」

「だってそうだろ? お前はこのバグ魔に庇われたんだろ?

 だったら、お前が言うべき台詞は謝る事じゃないだろうが」

「え? それってどういう……?」

「お前が言うべきは、『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』だろ?」

「っっ!?」

「『自分を責めるな』とか『悪いのは犯人だ』とか、それっぽい言葉を言う気も無いしそもそも言う資格があるのかも分からん。

 だけど、お前まだお礼言ってないだろ。ちゃんと言っとけよ。そういうコトは」

「……そう、だね。そうだったね」

 

 桂馬くんの言う通り、お礼はまだ言ってなかった。

 聞こえているかも分からない、いや、間違い無く聞こえていないだろうけど、それでも言わなきゃならない。

 

「……ありがとう。エルシィさん。私を助けてくれて。ありがとう。私は……」

 

 ダメだ。ずっとこらえてきた涙が溢れそうになる。

 でもダメだ。ここで泣くわけにはいかない。こんな状態のエルシィさんの前では……

 

「おいおい、またバカと言われたいのか? 泣きたい時には泣けばいいさ」

「で、でも……」

「つまらない罪悪感に遠慮をするな。それは本当に救えなかった時に取っておけ。

 今は……何も考えずに泣けばいい」

「桂馬……くん、う、うぅっ……」

 

 

 やっぱり、この想いはあの時から色褪せる事は無い。この忍耐の先に、答えがあると信じよう。

 だけど、今は。今だけは……

 

 

「うわぁぁぁあああん!!」

 

 

 キミの胸の中で、泣かせてほしい。

 

 

「ああったく、手のかかる相棒だ」

 

 

 私が泣いてる間、桂馬くんは困ったような顔をしてたのだろう。

 それでも、ずっと頭を撫でてくれていた。小さな子供をあやすように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「うん、ごめん……じゃなくて、ありがとう。

 ここからは、いつも通りの私だよ」

「そうか。じゃあ一つだけ、しつこいようだが質問させてもらうぞ。

 

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「確かにしつこい質問だね。大事な質問だけど」

 

 この答えは、以前と変わらない。

 『失われた記憶が戻ってきた』という記憶は無い。だからきっと私に女神は居ないのだろう。

 

「その答えは前回と同じだよ。私の中にはほぼ間違いなく女神は居ない」

「…………分かった」

「……納得してないの?」

「まぁ、そうだな。お前の中に女神が居るなら僕の考えている仮説の辻褄が合うんだが……」

「仮説?」

「ああ。だが、お前が女神の事で嘘を言うとは思えないからな。特に、エルシィの命が懸かってる今なら」

 

 確かにそうだ。私としては正直に言っただけだからそこまで意識してなかったけど、桂馬くんの視点でもちゃんと理論立ててそういう結論になるんだね。

 

「ちなみに、その仮説って?」

「さっきハクアにも言った事なんだが……まあいい。改めて説明しておくか。

 まずはこれを見てくれ」

 

 桂馬くんが見せてくれたのは1枚の紙だった。何人かの名前が書いてあるみたいだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「攻略対象……と、エルシィさんの名前だね。

 ……この妙な並べ方は……勿論何かの意図があるんだよね?」

「ああ。その通りだ」

「……私たちに、と言うより桂馬くんに近い順、だね?

 桂馬くんの居る縦列が私たち、少し離して天理さん。

 右の列が同じクラスの皆、次は別クラス同学年」

「その後は別学年、更に遠い関係……と置いておいた。

 完全に復調したようだな。何よりだ」

「うん。もう大丈夫だから安心して。

 ところで、このチェックマークは何?」

「何だと思う?」

「う~ん……」

 

 チェックマークが付いているのはちひろさん、長瀬先生、七香さん、棗ちゃん。

 この人達の共通点かぁ……

 

「ま、まさか『な』で始まる人……」

「ちひろはどうした。そしてお前自身を忘れるな」

「じょ、冗談だよ。う~ん、分からない。何だろう?」

「そうか。答えは『つい最近まで駆け魂が居なかったと断定できる人物』だ」

「…………確かに、この4人はセンサーが鳴らなかった事を確認できてるね。

 棗ちゃんに至っては入る前に撃退したらしいし」

「そういう事だ。

 この件が10年も前から仕組まれているなら、女神は当時から入っているはずだ」

「当時の女神は自力で誰かに取り憑ける程の力が残ってなかった。

 もしそれくらいの力が残ってたら当時のディアナさんが見つけてるはず」

「……自力で動けない事、そもそも見つけられなかったという事は、ほぼ間違いなく駆け魂に括り付けられたような状態だったはずだ。

 事実、ディアナは駆け魂を持っていた」

「つまり、女神は駆け魂が居た場所に居る」

「そして、駆け魂も10年前から居たはずだ」

「よって、このチェックマークを付けた人には女神は絶対に居ない……とまでは言えないけど、女神候補としての優先度がかなり下げられる。

 ……そういう事だよね?」

「ああ。その通りだ」

 

 そういう観点から絞り込むのか。流石は桂馬くんだ。

 他にも何か絞り込める情報は無いかな……

 

「……あ、結局仮説っていうのは、『桂馬くんと関わりが深い人に女神が居る』って事?」

「そういう事だ。この表を見るまでもなくお前と僕との関係性は極めて近いわけだが……」

「……それでも答えは変わらないよ」

「まあ、今はそれでいいか。

 ひとまず、この表で近い連中の調査からだな」

 

 こうして、女神捜索の0日目、長い一日は終わった。







 女神編開始時からへこんでたかのんちゃんのフォローを6話目でようやく行うという。
 やることが多すぎなんですよ! 女神編の序章は!!
 ちなみに、ようやく檜編1日目の終了でもあります。何だこの異常の濃い一日は。


 本作でかのん編の直後に麻美編をやったのは今回のチェックマーク関係の話をする為だったりします。
 地味に頑張りましたよ。麻美編1話で初めて駆け魂センサーをスイッチの入った状態で教室に持ち込むのは。

 原作では、駆け魂を仕込まれたのは実際に10年前の事だったのでこの方法は知ってさえいれば使えそう。(正確には心に穴をあけられたのが10年前。但し、しばらく放置して全く関係ない駆け魂に入られたら凄く面倒な事になるので迅速に入れたはず)
 10年という数字にこだわらずとも、仕掛人が結構な策士だとするのであれば『桂馬の身近な女子に偶然心のスキマができて、そこに女神をブチ込む』とかいう運ゲー極まりない行為をするとは思えないのでつい最近駆け魂が入ってきた方々は除外できそうです。除外まではいかなくても優先度を下げられます。
 なお、この方法で除外できるのは原作だとちひろと長瀬先生の2名となります。
 原作桂馬がこの絞り込みを行っていればちひろを泣かす事は無かったのだろうか……いや、結果的にちゃんとしたエンディングになったからそれで良かったのかもしれませんけどね。



 こんな重要な事を後書きで解説するのもあまりやりたくはないですが……どうやっても本編に入れられなかったのでここで言っておきます。


Q. かのんちゃんは理力使えるんでしょ? だったら問答無用で女神持ちなんじゃね?

A. 女神が居るかどうかは置いておくとして、その理由での断定は不可能としておきます。


 そもそもの前提として、女神アポロによればかのんは魔力と理力の両方を持っています。
 片方だけなら『エルシィから供給されてる』理論を使えますが、両方なので少なくともどちらかは自力で生産していると言えます。(実際には『片方だけなら』ではなく『理力だけなら』ですが、両方持っている事が分かった当時は読者視点では女神だと確定していなかったのでこういう書き方をしておきます)
 自力で生産していたのが理力なら……この話はおしまいですね。
 魔力であったとしても、魔力が自力で作れるなら理力も自力で作れるのでは? かのんの場合、原作は勿論本作でも負よりは正の感情を強く持っているのでむしろそっちの方が楽なんじゃないでしょうか?
 勿論、感情の力だけで超常的な能力を振るえるなんて事が流石に有り得ません。ですが、原作でも強力な魔力を宿した人間は存在しています。だったら、適切な準備をすれば自力生産くらい何とかなるんじゃないでしょうか。例えば、怪しげなナノマシンのペンダントに何か仕込むとか。300年もミネルヴァを手元に置いていた本作のドクロウ室長なら余裕でしょう。

 そういうわけで、かのんが理力(+魔力)を持っている理由は『自力で作っているから』が成立するので女神の有無は不明です。


 ……本当はこんな感じの話を桂馬とかのんがする場面をアポロが出てきた後に入れるべきだったんでしょうけどね。
 『エルシィ=女神』が確定してない状況でそれを隠しながら自然に話すのは不可能でした。
 かと言って今の本編に入れるのもタイミングを明らかに逃しているので結局ここになったという。
 一応、今後の攻略でハクアが疑問を呈する形で入れる事もできますが、無理なくできるかも分からないし、その時まで皆さんにモヤモヤを抱えたまま読ませるのもどうかと思ったので。

 以上、解説でした。



 では最後に、例の企画です。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=195441&uid=39849

 色々な情報が明かされましたね。メルクリウスは一体どこに居るでしょうか?

 この辺で一旦更新をストップする予定でしたが、何とか続けられそうです。
 明日もお楽しみに!

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