『ところで、一つ気になったのじゃが……』
そんな言葉を放ったのは勿論アポロだ。麻美が普段から持ち歩いている手鏡越しに会話している。
「何だ? 何か気付いた事でもあるのか?」
『いや、女神とは関係ない事なのじゃが……』
「僕達に無駄な話をする時間は無い!
……って言うのは流石に言い過ぎか。言ってみてくれ」
『うむ。昨日はそれどころでは無かったので訊けなかったのじゃが、そこのエリーの姿をしたお主は桂木の恋人なのかや?』
「……へっ? ど、どうして?」
『だってお主、桂木と同棲しておるのじゃろう? 兄妹でも無ければ従兄妹でもないのに』
「そうだけど……でも、恋人って事は無いよ」
『またまた~。同じ年頃の男女が一緒に住んでおったらあんな事やこんなこフムギュッ』
「ご、ごめんね。こんな時にアポロが変な事を言って」
麻美が手鏡を勢いよくひっくり返して謝ってきた。
雑に扱ったら傷が付くぞ……と言う台詞はそれこそ余計か。
『むぅぅ~。空気が重いから軽いジョークで場を和ませようとしただけなのじゃよ』
「そんな状態でも声出せるのかお前」
『声は出せるけど微妙に息苦しいから起こしてほしいのじゃ』
「その程度なら我慢しろ」
『あ~分かった分かった! ちょっと真面目な話をするから起こしてほしいのじゃー!』
「……しょうがない奴だ」
アポロがそう言うので、鏡をそっと起こした。
「で、何だ?」
『うむ。麻美と恋人同士になって欲しいのじゃ』
「……誰が?」
『お主が』
「……誰と?」
『麻美とじゃ』
そして、鏡をそっと伏せた。
「ふ~、オムそばパン普通に美味いな~」
「そうだね~普通に美味しいね~」
『その反応は無いじゃろう!!』
「そうだよ桂馬くん! 『普通に美味しい』じゃなくて『凄く美味しい』だよ!!」
『そこではないからな!?』
「まぁ、言いたい事は分かるさ。
恋愛の力でアポロが復活できればエルシィを何とかできるかもしれないって事だろ?」
『何じゃ。分かっておるではないか』
一応そっちの方も考えはしたんだよ。
ただ、事情を知ってしまっている麻美と恋愛関係になる事が可能なのだろうか?
やってやれん事は無いんだが……新しい女神を探して恋に落とす方が多分楽だ。
……やるだけやってみるか。
「なぁ麻美。ちょっと質問させてくれ。
お前は僕の事が好きか?」
「うぇっ!? えっと、その……」
「じゃあ、好きか嫌いかの2択だったら?」
「それは……その……す、好き……だよ?」
「では、その『好き』は恋愛的な意味でか?」
「…………ちょっと考えさせて」
「ああ。いくらでも待つ」
『わざわざ待たずともよい。妾の見立てでは……』
「女神は黙ってろ。僕は麻美に訊いてるんだ」
『むぅ~……』
愛の力で復活する女神なら、その愛には敏感なんだろう。
だが、僕が今欲しいのは確実な答えじゃない。麻美の意見だ。
「……うん。纏まったよ。
その……恋愛的な意味は無くはないよ。でも、お付き合いしたいとか、四六時中ずっと一緒に居たいとか、そういう事は思わない。
今のこの距離感。あくまでもお友達くらいのこの距離感が心地よく感じる。
……これで答えになったかな?」
「ああ。十分だ。
そう言えば、自分の意見をしっかりと言えるようになったんだな。あの頃とは大違いだ」
「桂馬君のおかげだよ。桂馬君には、ずっと感謝してるから」
やはり、難しそうだ。
恋愛感情が『無くはない』という言葉が正しければ強引に攻略する事は不可能ではなさそうだ。
だが、それは麻美の主張を切り捨てる行為で、攻略が完了した暁には麻美の中の大切な何かを壊す事になるだろう。
絶対にその方法でしかエルシィを救えないならまだしも、今の状況で攻略すべきではない。
「じゃあもう1つ頼みがある。
アポロと交代して、可能ならしばらく寝ててくれないか?」
「え、寝て……? やってみるけど……」
麻美が目を瞑って数秒後、さっきまで鏡の中に居たアポロが現れた。
「わざわざどうしたのじゃ? 話なら鏡からでもできるじゃろ?」
「ちょっとした提案があってな。麻美は今は寝てるのか?」
「うむ。今の会話は麻美には伝わっておらん」
「なら好都合。アポロ。麻美の代わりにお前を攻略する」
「…………なぬ? どういう意味じゃ?」
「そのままの意味だ」
麻美を攻略するのが難しいならアポロを攻略すればいい。
正の感情、恋愛感情さえあれば復活するのなら理論上は可能なハズだ。
「い、いやいや、ちょっと待つのじゃ。妾は女神ぞよ?」
「? 何を当たり前の事を」
「そ、そうじゃ。当たり前じゃ。そしてお主は人間じゃぞ?」
「? 何を言ってるんだ。僕は神だぞ?」
「うむうむ……って、違うのじゃ! お主は人間じゃろう!?」
「あ~……そういう事にしておいてやろう。で、それがどうかしたか?」
「『それがどうかしたか?』ではない! 女神が人間に恋するわけが無かろう!!」
「ハッ、これだからお前は所詮
女神が……いや、男神だろうが女神だろうが神が人間に恋するなんていくらでもあるだろう。
ゲームで」
「げぇむの話ではないか!!!」
ゲームの話だが、一体それの何が問題なのか。
そもそもの世界各地の神話にも神と人との恋愛なんて無数にあるだろうに。
さて、まずは開幕パンチと行こう。アポロの目を真っ直ぐ見据えてできるだけ強い主張の告白の台詞を……
「アポロ。お前が好きだ。誰よりも、お前が好きだ!!」
「っっっっっ!!! つ、付き合ってられぬわ! 帰る!!」
「あ、おい待て!」
アポロは脱兎の如く逃げ出してしまった。
ああいう人をからかうようなキャラは自分の事となると途端に打たれ弱くなるものだからな。これで攻略のとっかかりは掴めたな。
……あ、そうだ、
「……ハクア、あいつの後をつけてくれないか?」
「何で私がわざわざそんな事を……原因作ったお前が追いかけなさいよ」
「いや、連れ戻せっていう意味じゃなくて、まず無いと思うが学校内でヴィンテージの連中に襲われる可能性が……」
「そういう事は早く言いなさいよ!! 行ってくる!!」
僕の話を聞いたハクアが慌てて追いかけていった。
他の女神探しと平行してアポロの攻略も進めるとするか。
「よし、僕達も教室に戻るとするか」
「……そうだね」
アポロは……しばらくしたら教室に戻ってくるだろう。多分。
詳しく調査したわけじゃないですけど、人と神が恋する神話なんて普通にありますよね?
まぁ、ゲームの神と