桂馬くんが下校イベントに勤しんでいる頃、私はエルシィさんとしてバンドの練習に参加していた。
「エリー、何か凄く上手くなってない?」
「え、そうですかぁ?」
「ああ。なあ結?」
「……ええ。見違えるようです。今までの演奏は複数のミスが奇跡的なバランスで発生していたので結果的にまともな範疇に収まっているという心臓に悪い極めて不安定な状態でしたが、今日のエリーさんは極めて実直に平均値を叩き出しています。
素晴らしい進歩です。1人で特訓でもしていたのですか?」
「は、はい~。そうなんです。頑張って特訓しました~」
普段は一体どんな演奏をしてるんだろうエルシィさんは。
結さんにそこまで言わせる演奏なんて、逆に聞いてみたいよ。
「それはそうと、歩美さん? どこか調子が悪いのですか?」
「え? ど、どうして……?」
「いつも若干テンポの早い歩美さんのギターが今日は普通ですよ? 調子が悪いのであれば無理はしないで下さい」
「言いたい事は分かるけど、普通のテンポって良い事なんじゃないの……?」
「クセの無い普通の曲が聞きたいならCDで十分です。あまりにも大きなミスはまだしも、それくらいの個性はあって然るべきでしょう。
それが生の演奏の醍醐味というものです」
「結はあいっ変わらずムチャクチャな要求をするなぁ……
まぁ要するに、全力で頑張りましょーって事だよね?」
「ええ。そういう事です。ですが……ひとまずキリも良いので少し休憩にしましょうか。
常に全力ではバテてしまいますから」
結さんのそんな言葉を聞いて皆が一旦楽器を下ろす。京さんと結さんはそれぞれキーボードとドラムだから最初から床に置いてあるけどね。
歩美さんの不調の原因は桂馬くんだよね。エルシィさんの為にも何とか舞校祭までに決着を付けたい。
「……エリーさん、少々よろしいでしょうか?」
「え? はい。なんですか?」
「ここでは話しにくいので、付いてきてください」
「? は~い!」
教室を出た結さんの後に付いていく。
近くの階段を上り、屋上への扉の手前で立ち止まった。
そして、結さんからこんな言葉が放たれた。
「単刀直入にお訊ねします。あなたは誰ですか?」
……そっかぁ。そりゃあバレないわけないよね。
エルシィさんの態度を演じる事はできても実力を演じる事は不可能だ。
しかし、根拠はおそらくそれだけだろう。シラを切る事も可能ではある。
「ど、どうしたんですか突然」
「あなたが誰なのかまでは分かりませんが、エリーさんでない事だけは分かります。
一周回って逆に天才なんじゃないかと思えるあの音楽が跡形も無いじゃないですか。
今までも何度か違和感を感じた事はありますが、この時期に不在というのは流石に看過できません」
どうやら完全に疑われているようだ。否定した所で疑惑は拭えそうにない。
どうしようかな。結さんは女神が居ないと思われている場所だ。私自身が記憶の有無を確認したんだから間違い無い。
攻略の必要が無いからある程度の事情を、いや、何なら全部の事情をぶちまけても誰かに言いふらしたりしなければ問題は発生しない。
うん、問題は無い。でも、わざわざ言う必要性もやっぱり感じない。
疑われていても多少動きにくくなるだけで全く身動きできなくなるわけじゃない。
明かしてしまうメリットとデメリットの吊り合い、私に判断するのは難しそうだ。
どうするべきか……だったら、一つだけ試してみよう。
「私が私じゃないって言うのであれば、私は一体誰だって言うんですか!?」
この問いの答えが分からないうちは、私と話すのではなく自分で考えてくれるだろう。
そして、もし答えを導き出せたなら……それに敬意を表して事情の一部を伝えるとしよう。
「……それは私も謎でした。
ベースを平均以上にこなす事ができ、なおかつエリーさんと入れ替われる人物。
更に言うと、本物ソックリなので私が見たことも無い人物でしょう。
同じ学校に通っているとも思えません。そんな人が居たら噂になっているでしょうから。」
理屈は分かるけど後半は外れてるね。
結さんもまさか錯覚魔法で変装しているとは夢にも思ってないだろう。
「そんな人物が居るとすれば、該当するのは1名だけです」
あれ? そんな人居たっけ?
「そう、桂木さんとエリーさんの従妹である『西原まろん』さん。
貴女ですね!!」
……そ、そう来たかぁ。
確かに結さんとは会ってなかったね。攻略中を含めても会っていない。
恐らくちひろさん辺りから従妹の存在自体は聞いていたんだろう。でも、外見に関しては特に聞いてなかったんだろうね。
そもそもちひろさんも『西原まろん』の記憶はかなり曖昧みたいだから、外見なんて説明のしようも無い。
肉親であれば外見は当然似てくるから、エルシィさんとそっくりの可能性もある。実際には赤の他人だから無いけどね。
過程はかなりズレてるけど……半分ほど正解だ。
「どうですか!」
「……半分正解。
分かった。説明できる範囲で説明するよ」
近くに私たち以外の誰も居ない事を確認してから、錯覚魔法の切り替え……ではなく解除を行う。
結さんが相手ならそこを隠す必要は無いだろう。どのみちエルシィさんの現状に触れるなら地獄関係の話は避けては通れない。魔法というものを直接見せた方が話はスムーズに進むだろう。
一応、『西原まろんはエルシィのそっくりさん』という誤解をさせたまま進行する事もできるけど……それはそれで色々と面倒な事になりそうなのでここで明かしてしまう。
「えっ、あ、あなたはっ!?」
「夏休み明けに判子を押しに行った時以来だね。
お久しぶり。中川かのんです」
エルシィは一体どんな演奏をしてたんだろうか?
自分で書いておきながら具体的にどういうミスでバランスを取っていたのかは謎です。