もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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21 女神顕現

 昼休みになった。作戦開始だ。

 

 いつものように屋上へと向かう。但し、違う点が1点。

 屋上への扉を開ける前くらいのタイミングでかのんが錯覚魔法を切り替えた。

 

「切り替え完了だよ。お従兄(にい)ちゃん」

「その呼び方止めろ。色んな意味で」

「あははっ。勿論分かってるよ。桂馬くん」

 

 普段通りじゃない呼び方をされると調子狂う……というだけでなく、今からやる作戦でその呼び方はNGだ。

 

 これからやろうとしている事。それは嫉妬イベントだ。

 僕が屋上で西原まろんとイチャついている所を美生に目撃させ、その後上手くやって攻略完了だ。

 勿論、そう都合良く美生が屋上なんていう何もない場所に来る訳が無いので浮気を仄めかす感じの呼び出しの手紙を用意しておいた。

 今頃はハクアが美生のポケットに直接突っ込んでくれているだろう。しばらくしたら来るはずだ。

 

 

 扉を開け、そこにはまだ誰も居ない事を確認しようとして……

 ……何か先客が居た。

 望遠鏡の前のベンチに腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいる人形みたいな少女、九条月夜が。

 たまに居るのは知っていたが、何もこんな時に居なくてもいいじゃないか。

 

「……どうするの?」

「……居た所で問題はあるまい。そのまま進める!」

「大丈夫かなぁ……月夜さんなら大丈夫かな……?」

 

 特段仲が良いわけでもない。時々顔を合わせるがお互い名前すら知らないという設定の相手だ。

 積極的に他人と関わろうとする性格でもないし、影響はほぼ0のハズ。

 気を取り直して、始めるとしよう。

 

「まろん! 今日も良い天気だな! 屋上で飯にしよう!」

「ちょっと待って桂馬くん。一体どういう距離感を想定してるの!?」

「ん? 何かマズかったか?」

「マズいと言うか何というか……こういう事を言うのもどうかと思うけど、下手にいじらずにいつもの私たちの距離感で会話してるだけで十分嫉妬してくれると思うよ?」

「? 何をバカな事を言っている。いつも通りのただの会話で食いつくわけが無いだろう」

「いや、でも……えぇぇ……? いつも以上に近い距離感で会話って、うぅん…………」

 

 いつもより歯切れが悪いな。恋人と誤解される振りをするだけなんだが……

 そんなやりとりをしていたら唐突に月夜から声が掛けられた。

 

「そこの2人、騒がしいのですね。

 月の観測の邪魔だからデートなら他所でやって!」

「あ、ごめんなさい。静かにします……」

「……悪かった」

「……分かれば良いのですね」

 

 月夜が話しかけてくるなんて珍しい事もあるもんだ。

 攻略の時のを除けば初めてかもしれんな。

 

(今、月夜さんちょっと嫉妬してたよね?)

(そうか? ……そうかもな。

 僕自身の事は忘れているようだが、恋愛に対する憧れみたいな感情が残っててもおかしくはないか)

(でもこれで証明されたね。いつも通りの会話でも十分に嫉妬してくれるって)

(そうかぁ……? まぁ、そこまで言うならいつも通りでいいか。

 いつも通りかつ静かに話すとしよう)

(そうだね)

「じゃあまろん。屋上で飯にしよう」

「あ、呼び方はそっちのままなんだね」

「そもそもデフォルトが名前の方じゃないか? 親戚なら同じ名字の知り合いが複数居そうだし」

「そうだったっけ? まあいいか。

 それじゃ、お昼ご飯にしようか。

 今日は昨日の晩ご飯の残りね」

「ん? 昨日はハクアが作ったんじゃなかったか?」

「……念のため私も作っておいたんだよ。必要なかったけど」

「……一応お前に感謝しておくべきなのか?」

「どうだろうね……」

「……とりあえず食わせてもらおう。いただきます」

「いただきます」

 

 僕達は、月夜に怒られないように黙々とお弁当を食べた。

 最近はオムそばパンばっかりだったからか前以上に美味く感じる。

 ただ、オムそばパンの方は確保さえできれば早く食べ終える事ができるというメリットもある。悩ましいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お弁当を食べ終えて談笑しながら待つ事数分、美生が屋上にやってきた。

 

 ところで、この手のイベントでは目撃者の反応は大まかに分けて2つに別れる。

 真っ直ぐ向かってきてこの場で問い詰めるか、一度引いて別の機会に問い詰めるかだ。

 前者だった場合はそのままイベントをこなし、後者だった場合は下校時にフラグ回収するつもりなのでどちらに転んでも問題は無い。

 

 結論から言うと、今回はこの場で問い詰めるパターンだった。都合が良い。

 ただ……

 

パキィッ

 

 目の前に屋上のタイルが降ってくる事は流石に想像してなかったな。数センチほどズレていたら大怪我だったぞ。

 

「きゃっ!? な、何なの!?」

「うわぁっ! な、何だこれは!!」

 

 慌てたような台詞を吐きながら冷静に辺りを見回すと僕達からそう遠くない位置のタイルが剥げていた。

 真っ当な手段でどうにかなるとは思えないから女神の力か。瞬間移動して剥がして投げつけた……なんて面倒な事をやるなら直接殴りかかるくらいの事はしそうだ。念動力か何かで放り投げたのか?

 そして、美生の方に視線を向けると、どういうわけか地面に膝をついて座り込んでいた。

 

「くっ……やはりこの状態では立つことさえままならぬか」

「……おーい、大丈夫か?」

「寄るな! 汚らわしい!!」

 

 膝をついている美生をよく観察してみると髪の色がうっすらと変色している。

 光の加減……の問題ではなさそうだな。

 アポロが表に出てきた時はフェイスペイントが付くように、目の前の女神も出てくる時に外見に多少影響を与えるのだろう。

 あと、女神が出てくると身体能力にも影響を及ぼすが……逆に弱くなるパターンもあるのか。

 このパターンはアレだな。身体が弱い代わりに能力が強いパターンだ。ゲームでその手のキャラは何度も見た。間違い無い。

 

「何か、丁度良い依代は……むっ、そこかっ!」

 

 目の前の女神が何事かを呟いた直後、完全な部外者であるはずの月夜から悲鳴が上がった。

 

「キャッ!? る、ルナが……浮いて……!?」

『娘ヨ。コの身体、少シ借りるゾ』

「ルナが喋った!?!?」

 

 いやいやいやいやまてまてまてまて!!

 ここで一般人を巻き込むのか!? 月夜をガン無視で進めようとした僕が言える事じゃないかもしれんが一般人を巻き込むなよ!!

 ふと、かのんの方に視線を向けると首を振りながら片手で頭を押さえていた。考えている事はほぼ間違いなく一致している事だろう。

 

 そんな僕達の戸惑いを他所に、月夜の人形(ルナ)はフワフワと美生の側までやってきた。

 髪の色が戻った美生もしっかりと立ち上がっている。

 

「よくも……この私を虚仮にしてくれたわね、桂木!!」

 

 ……どうやら何事も無かったかのように修羅場イベントを続行する流れのようだ。

 本人にボケてるつもりは全くないんだろうが……何だろう、このコントみたいな空気は。

 ……相手がやってしまった事を気にしても仕方ない。イベントを遂行しようじゃないか。

 

「えっと……何の事だ?」

「とぼけないで! 散々私にあんな事言っておいて、どうして他の女の子と仲良くしてるのよ!!」

「ふぅむ……一体どこから説明したものか……」

『言イ訳なドいラぬ! すリ潰サれて塵ト化ス前に視界かラ消え失せロ!』

 

 この人形泥棒の女神を無視して誤解を解くのは簡単だ。しかしそれでは意味が無い。

 今必要なのは安定進行ではなく速度だ。

 制御できる範囲の荒れた空気はむしろ大歓迎だ。女神攻略を始めよう。







 月夜の台詞の『デート』という言葉、もっと月夜らしい表現があったような気がしないでもないです。
 いくつか考えてはみたのですが、しっくり来るものが来なかったのでこれくらいで妥協しておきます。何か良い案があればコメント下さい。
 結とかなら『逢い引き』がかなりしっくりくるんですが……月夜だと違和感があるという。月夜ならむしろ日本語を外来語に直しそう。

 ウルカヌス様の能力や欠点って月夜が宿主である事を前提に設定したんでしょうかね?
 適当に差し替える案もあったのですが、他の方々は今のところは特に変化が無いのでゴリ押ししてみました。その結果何か妙な雰囲気になってた気がしますが……きっと気のせいでしょう!
 月夜さんがふらっと現れたのもゴリ押しする為だったり。

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