「桂木ぃ!! どういう事じゃ!!!」
教室に入るなりそんな言葉を投げかけてきたのは麻美……ではなくアポロだった。
お前が出てくるならもうちょい人目を気にしてほしい。幸いにして歩美は今は居ないが、今後の攻略に差し支えたらどうしてくれる。
「おいおいどうした。何か話があるなら後にしてくれ。もう間もなくHRが始まるぞ」
「……そう言って逃げたりせんじゃろうな?」
「しないしない」
内心で苦笑いしながらPFPを取り出して麻美の方に向ける。
画面には申し訳なさそうな表情の麻美が映っていた。
『何て言うか……ゴメン』
「気にするな。この程度の暴走は問題ない。
ただ、せめて人目を気にしろとお前から伝えておいてくれ」
『……うん。しっかり言い聞かせておく』
「桂木! 妾を無視するでない」
「はいはい分かった分かった。また昼休みでいいか? のんびり話せるだろう」
「……良かろう。逃げるでないぞ!」
「だから逃げないってば」
「むぅ……」
一応納得してくれたのか、アポロは自分の席へと戻った。
はてさて、どういう風に持っていくべきか。好感度自体は十分に高い状態だからきっかけさえあればサクッと攻略できると思うんだがな。
「ねーねー桂木~。あさみんと仲良いの? 何か楽しそうに喋ってたけど」
「んぁ? まぁ、悪くはないんじゃないか」
「へ~。頑張ってね桂木!」
「何をだ」
「え? アレ? じゃあかのんちゃんの方……?」
「……ああ、そういう事か」
ちひろが言っているのはちょっと前に下校イベントの時に話した『僕の好きな人』についてだろう。
あの時は歩美にだけ伝えるようにしたんで妙な誤解は放置しておいたんだよな。その歩美もまだ教室には来てないし、歩美の親友であるちひろに伝えておく事は後で何かの役に立つかもしれん。
……今はまだハッキリと伝える必要は無いか。少し誘導するくらいで丁度いいだろう。
「あの話の事なら、そのどちらでもないぞ」
「えっ、そうだったの!?
同じクラスで軽音部で……残ってるの私を含めても3人しか居なくない?
ハッ、まさか私の事が……」
「それも違うから安心しろ」
あと、もの凄く厳密な事を言うと僕とエルシィが居るから候補は5人、ちひろを除いても4人だ。まぁ、そんな答えだとナルシストかシスコンというヒドい2択になるから除外して正解だが。
って言うか少し誘導するとか言っておきながら2択にまで絞られたな。まあいいか。
「さ~て、ゲームでもやろう」
「か、桂木? もしも~し!」
これ以上話すと2択が1択になるだろう。無視無視。
……あ、そうだ。ついでだから念のためにこれも訊いておくか。
「おいちひろ」
「あ、やっと反応した。ようやく吐く気に……」
「お前、『ユピテルの姉妹』を知っているか?」
「ゆ、ゆぴ……何だって?」
「『ユピテルの姉妹』だ。その様子では知らないようだな」
「うん、全く心当たりは無いよ。それがどうかしたの?」
「……知らないなら構わん」
「一体なんなのさ……あれ? 桂木? また無視? もしも~し!」
処理完了。
まず居ないだろうとは思ってたが……これで完全確定でいいだろう。
万が一居たとしても後から何かしらの反応があるはず。
残りの女神の居場所、かのんを疑うべきなのか、全く別の可能性を検討すべきなのか。
……後回しだ。まずはアポロに専念するとしよう。
耳元で騒ぐちひろを無視してから数時間後。昼休みに入った僕達はいつものように屋上で昼食を取っていた。
なお、月夜は今日は居ないようだ。
「ん~、やっぱりオムそばパンは美味しいね」
「天界の熟練の料理人が作った料理と比べると少々見劣りしますが……人間界の食事としては群を抜いていますね」
「そう言えば、エルシィさんと一緒にここでお昼食べるのって初めてだよね」
「確かにそうですね。姫様か私のどちらかがアイドル活動をしているので学校に2人で居るというのはかなり珍しいです。
そう言えば、お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「……うん。ちょっと長めの休暇を貰ったから」
「そうなのですか? 簡単に休みが取れるような仕事とは思えませんが……」
かのんはエルシィを助ける為に1週間程度の休暇を強引に取ったらしい。
『エルシィを助ける』という一番の目的はこうして達成できたわけだが、休暇を取っておいて突然また『仕事を下さい』なんて言えるほどアイドルは自由な職業ではない。と言うか、よっぽど仕事が溜まってるような職業じゃない限りはそんな暴挙は不可能だろう。
そんな感じの事情をわざわざエルシィに言う事は無かろう。かのんは感謝されたくてやったわけじゃないし、エルシィに気を遣わせてしまうからな。
尤も、今のエルシィなら自力で気付けるかも……
「こんな時にお休みを取れるなんて運が良かったですね」
「う、うん。運が良かったよ」
……思考能力もポンコツのままなんだな。ちょっと安心した。
いや、待てよ? そもそも女神は全員どこかポンコツだったな。エルシィのそれも女神の伝統だったのか。
「桂木よ、何か今失礼な事を考えんかったか?」
「ん~? 何の事だ~?」
流石は神託を下す女神だ。カンが鋭いな。
そんな事を考えながら女神の中でも比較的まともなアポロへと向き直る。
「よし、飯を食い終わった所で話を始めようか。
何の話だっけ?」
「えっと……あ、そうじゃ! お主どうして今朝は妾の所に来なかったのじゃ!!」
「何だ? 寂しかったのか?」
「そ、そんなわけが無いじゃろう!! ただ、その……せっかくお主に勝つ為に準備してたのに無駄になったから悲しいだけじゃ!」
「……それ、僕に言ってよかったのか?」
「…………あ」
やっぱりポンコツだな。
こいつのポンコツっぷりは他3名と違って僕に危害が及ぶ方向には行かないから凄く安心できるよ。
「女神の中では、やっぱりお前が一番好きだな」
僕の紛うこと無き本音を、しみじみと、しかしはっきりと呟いた。
桂馬は安心できるとか言ってるけど、本作のアポロさんはついうっかり心臓を止めてしまうという前科が……