もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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29 神の失敗

 『女神の中では、やっぱりお前が一番好きだな』

 

 そんな桂馬くんの台詞を聞いて、私はこう思った。

 あえて『好き』という言葉を使ってはいるけど、それは決して恋愛的な意味での好きではないんだろうなと。

 そして、アポロさんも同じような事を思ったのだろう。

 

「……その台詞、冗談で言っておるわけでは無さそうじゃな」

「ん? 分かるのか?」

「何となくそんな気がしただけじゃ。一昨日の薄っぺらい『愛してる』という台詞よりはずっと心に響いたからのぅ」

「そういうものか。流石は女神……なのか?」

「さあのぅ。妾にも分からぬ。

 しかし……しっかりと響いたからこそ分かる事もある。

 お主のその『好き』という言葉、そこに恋愛は含まれてはおらぬな?」

「……かもな」

 

 否定でも肯定でもない台詞だけど……否定していない時点で肯定しているようなものだ。

 桂馬くんの言う『好き』というのは、きっと麻美さんが桂馬くんに向ける感情と大体同じようなものだろう。

 LOVEではない。かと言ってLIKEともちょっと違う。何て言えばいいんだろう、コレ。

 

「妾とてお主の事が嫌いなわけではない。むしろ好きだと言えよう。

 しかし……『愛してる』と言われた時よりも単純に『好きだ』と言われた時の方が嬉しく感じたのじゃ。

 実に不思議なものじゃな」

「別に不思議でも何でもないさ。要は距離感の問題だ。

 昨日までの僕は…………

 …………」

 

 あれ? 台詞が不自然に止まった。

 何かと思って桂馬くんの方に振り向くと視線で何事かを伝えようとしているようだ。

 今の私に用意された選択肢はそう多くない。私が割り込むような流れでは無かったと思うから……

 

「エルシィさん。ちょっと用事を思い出した。一緒に来て」

「え? お2人は放置して大丈夫なのですか?」

「うん。とにかく来てくれる?」

「良く分かりませんが……分かりました。どこに行くんですか?」

「こっちこっち」

 

 エルシィさんを連れ出して欲しいって事で良いんだよね?

 そう思いながら再び桂馬くんの方に視線を向けると満足そうに頷く姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 かのんが上手く働いてくれた。

 流れのままに台詞を言おうとしたが、よく考えたらこれはエルシィに聞かせるべきではない台詞であり、かのんにはそれ以上に聞かせるべきではない台詞だ。

 

「どうかしたのかのぅ?」

「ああ、すまない。

 昨日までの僕は多分焦っていたんだろう」

「そんな風には見えんかったのじゃが……」

「ああ。僕だって今気付いた事だ。エルシィの命……そしてそれと繋がっている僕達の命が脅かされている状況だったからな。

 振り返ってみると、お前の攻略に関しては少々強引に進めようとしてしまっていた」

「強引……確かに強引ではあったのぅ。神が人に恋するなど……」

「いや、そこに関しては問題視していない。そんな話はゲームでいくらでもあるし、現に今のお前は僕の事を好きだと言っているじゃないか」

「す、好きというのはあくまでも人間性に関してじゃ! 恋愛的な意味では無いわい!」

「その辺の真偽は置いておくとして……僕が反省しているのは『強制的な恋愛』についてだ」

「強制的? ……確かに、ミネルヴァを救うための、妾の力が目当ての恋愛なぞ不可能じゃったな」

「いや、やろうと思えばそれ自体は割と何とかなるんだよ」

「む?」

 

 だいぶ前にかのんにも話したっけな。『許嫁ルート』について。

 一般的には婚約者の意で使われるこの言葉はギャルゲー的には『強制された恋愛関係』という意味で使われる。

 これに則ればアポロの攻略も楽勝……だったはずだが……

 

「許嫁ルート、強制された恋愛関係において一番マズいのはプレイヤーが攻略対象と敵対する事だ。

 あくまでもプレイヤーとヒロインは恋愛を『強制される』側の被害者達であって、プレイヤーは決して『強制する』側に立ってはいけない。

 それを崩した時点で……僕がお前に強制した時点でこのルートは破綻していたんだ」

 

 アポロの攻略をしっかりと考えるのであれば……あの時はハクアかかのんに動いてもらうべきだったのだろう。

 親友を助けてと泣きつくハクア、あるいは協力者を助けてと泣きつくかのん。そういった()()をやらせると考えると非常に胸糞悪いが、許嫁ルートの進行としてはそれが模範回答だったはずだ。

 ただ、そうなったらそうなったで僕は消極的にしか動けなくなるので展開が重くなっていた可能性もある。そういう意味では失敗だったとは言いきれない、むしろ正しい進行を考える事ができたとしてもあえて今の進行を選ぶ可能性もあったが……それを思いつく事すらできず進行にブレが生じていたのは確かだ。

 

「これじゃあ妹の命を人質に関係を迫るだけの最低な奴じゃないか。

 その妹の命を救うという大義名分もあったわけだが……それはそれでなおタチが悪い」

「いや、そこまで不快な思いをしたわけでは無いのじゃが……考えてみるとそういう事になるのぅ」

「ああ。だから……すまなかった」

「……お主でも謝る事はあるんじゃな」

「そりゃそうだ。僕を一体何だと思ってるんだ」

「そうじゃのぅ……絶対的に正しい神であろうとする人間の様……かの」

「それは決して間違いではない。僕は落とし神だからな」

「神の前で神を名乗るとは良い度胸じゃな」

「今のは褒められたと解釈しておこう」

「褒めとらんわい」

「そこはどうでもいい。重要なのはいくら僕が神であっても間違える時は間違えるという事。そしてそれを僕自身が知っている事だ。

 ここ数ヶ月の間だけでも何度フォローしてもらった事か。その度に僕もまだまだだと思い知らされるよ」

「ん? お主ほどの者をふぉろーするとは……一体何者じゃ?」

「……まぁ、教えても大丈夫か。

 エルシィ……ミネルヴァではない方の、僕のもう1人の協力者、中川かのんだよ」


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