もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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30 神々は愛を識る

 桂木の事をもっと詳しく知りたい。

 そう思ったのはあやつが謝罪してきた時からじゃ。

 妾から見た桂木、麻美から見えた桂木は常に傲岸不遜で、失敗をしたとしてもそれを強引に正しい行動へと変えてしまうような、そんな存在に見えたのじゃ。

 本人は神を自称しておるが、あながち過大評価とも言いきれぬ。勿論、種族としての神とはまるで異なるが、人間から見れば神の如き存在に見えてもおかしくは無いのじゃ。実際に麻美はそんな感じじゃった。

 

 しかし、桂木は自分の非を認める発言をした。

 絶対的な神であろうとするなら決してできない行為じゃ。

 それは紛れもなく、人間らしい行為。

 

 我ながら身勝手なものじゃ。つい先日まであれほど迫ってきた相手に対して鬱陶しい思いも感じていたというのに、ちょっとした事で途端に興味を持つ。

 ま、妾は神じゃからな。このくらい勝手な方が丁度いいじゃろう。

 

 

 

 妾からの問いかけに対して、桂木は『自分が間違える事がある事を知っている』と返した。

 それに加えて『数ヶ月の間だけでも何度フォローしてもらった』とも答えた。

 コレのふぉろーをできる存在が果たしてこの世界にどれだけ存在しておるのか。少なくとも妾にはできないしやりたくもないのじゃ。

 

 桂木が出した名はあのあいどるの名前じゃ。

 中川とやらについては前にも少し話を聞かせてもらったが、あの時はミネルヴァが倒れておったからあんまり長々とは話せんかったからのぅ。

 この機会に色々と聞かせてもらおうかの。

 

「ところで、あやつとお主はどういう関係なのじゃ?」

「さっきも言ったように『協力者(バディー)』だ。地獄の連中と駆け魂狩りの契約を結ばされた被害者同士というわけだ」

「契約……そうか、そうじゃったな。前にそんな感じの事を言っていた気がするのじゃ」

「この契約を勝手に破棄しようとするとそいつの首が物理的に飛ぶらしい。

 そして、首輪はリンクしている。1つが飛ぶと他の2つ、エルシィの首輪と中川の首輪も作動するようになっているらしい」

「その首輪そんな物騒な魔術が仕込んであったのか!? そうは見えぬのじゃが……」

「……今考えてみたらコケおどしの可能性も十分有り得るな。あのドクロウ室長がミネルヴァの命を危険に晒すってのも少し違和感あるし。

 まぁ、その真偽はどうでもいい。確かめようとして死んだら意味が無い」

「……確かにそうじゃな」

 

 冥界……地獄の悪魔と協力しているという話は前に聞いたはずじゃが、命を握られているというのは初耳じゃ。

 駆け魂の攻略、すなわち恋愛する行為はこやつにとっては命懸けだったのじゃな。

 

「協力者……か。一蓮托生というわけじゃな。

 言葉から感じる雰囲気は軽いのに、とても重い関係だったのじゃな」

「……かもな」

「……お主は……あやつの事をどう思っておるんじゃ?」

「どうと言われてもな……」

「じゃあ質問を変えるが……お主はあやつの事が好きなのかや?」

「何か割と最近似たような質問を受けた記憶があるな……

 好きか嫌いかという極端な2択であれば間違いなく好きだと言える。

 ただ、恋愛的な意味で好きになった事は一度も無い」

「……そうか」

「どうした? 何か不満そうに見えるが」

「何でもないのじゃ」

 

 何でじゃろうな。

 桂木は否定したのに、妾の直感が告げておる。桂木の持つその感情はいつか『恋愛』になる類の物じゃと。

 そしてそれを聞いた妾は……今何を考えておるんじゃろう。

 

 

『アポロ……? アポロ?』

(……麻美か。何じゃ?)

『こっちの台詞だよ。今のアポロ、泣いてるように見えたよ』

(? そちらからは顔は見えぬはずじゃが)

『そんな気がするくらいの感情が伝わってきたって意味だよ。

 まとまらないぐちゃぐちゃした感情だけど、泣きそうな事は伝わってきてる』

(バカを言うでない。どうして妾が泣かねばならぬのじゃ)

『どうしてって……私もあんまりハッキリした事は言えないけど、きっとショックを受けたんじゃないかな。

 桂馬君は完璧に見えるけど、その桂馬君だって誰かの助けを借りる事がある。

 一緒に支え合う人間が居るんだって』

(それは……確かに驚いたが……それがどうして妾が泣く事になるんじゃ?)

『……私にもよく分かってない。けど、私はそう感じたから。

 アポロもきっとそうなんじゃないかなって』

(…………)

 

 麻美にもハッキリとは分かっておらぬようじゃ。

 この気持ちは……強いて言うなら……『寂しさ』じゃろうか?

 ずっと近くに居たはずなのに、どこか手の届かない遠くへ行ってしまったかのような、そんな寂しさ。

 

(……麻美よ。お主は桂木と恋人になる事を諦めた時、こんな気持ちを抱いておったのか?)

『え? うぅん……どうだろう。私はそもそも桂馬君が好きだったのかもよく分かってないから。

 今のアポロの気持ちを感じ取る事はできてるけど、共感はできないと思う』

(……そうか。参考になったのじゃ。

 妾は……自分で思っていたよりも桂木の事が好きだったのじゃな)

『そうだね。中途半端な私よりも、ずっと好きだったよね』

(……そうじゃな)

『私は……私は今の関係で満足してる。でも、アポロはきっと違うよね?』

(うむ!)

『それじゃあ、頑張ってね。精一杯応援してるから』

 

 それだけ言って、麻美の声は聞こえなくなったのじゃ。

 やれやれ、これではどちらが人を導く神か分からぬな。

 

 

「おい、大丈夫か? 何かボーッとしてたようだが」

「大丈夫じゃ。ちょっと麻美と話してたぞよ」

「ああ、そう言えば話せるんだったな。他の連中はそうやって話しているのを見たことが無いが、お前固有の能力なのか?」

「やろうと思えば誰でもできん事は無いはずじゃが……」

「医療……人体の構造を把握しているから、とかかもな」

「かもしれんのぅ」

 

 ……って、違うのじゃ!

 決心したからには行動じゃ! あのあいどるを出し抜く為には……

 

「の、のぅ桂木よ。ちょっとしたおまじないをしてみぬか?」

「おまじないだと? それはどういう効果だ。いつ発動する」

「は、発動? おまじないはおまじないじゃが……」

「だからその効果を訊いてるんだ。大ダメージを受けてもHP1で耐えられるとか、敵から得られるお金が1.5倍になるとか」

「い、いや、その、ちょっと良い事が起こるというだけのおまじないじゃよ」

「フッ、所詮は現実(リアル)のおまじないだな。メリットを具体的な数値で示せないとはナンセンスだ」

「そのくらい良いではないか! いいからやるのじゃ!」

「はいはい、分かった分かった。で、一体何をするんだ?」

 

『で、何をする気なの?』

(見てれば分かるのじゃ)

 

「まずは目を閉じるのじゃ」

「……これでいいか?」

「うむ。そのまま指示するまで目を開けてはならぬぞ」

 

 今、この屋上には妾たち以外は誰も居らぬ。

 そして、目の前の桂木も目を閉じておるから妾が何をしようとしているかは分からない。

 じゃから……

 

 

 妾は、何者にも邪魔されず、そっと、口づけをした。

 

 

「っっ!? お、お前っ!? まさかっ!?」

「はっはっはっ、思慮の女神からの口づけじゃ! きっとご利益があるぞよ!」

「きっとって何だよきっとって!! と言うか唐突に重要イベントをこなすなよ!

 こういうのはもっと伏線を張ってだな……」

「そんなの知らぬ。桂木の唇は妾が奪ってやったぞ!」

「あ、おい待てっ!!」

 

 

 桂木が制止の声を上げるがそれを無視して扉に駆け込む。

 今、止まってしまったら今にも溢れ出しそうなこの白い翼を見られてしまうから。

 想いを告げるのはまだ早い。桂木の活躍は三界全ての存続に関わるから。

 

 じゃが……この件が落ち着いた暁には……

 

「……中川かのんよ。妾はそうやすやすと引き下がったりはせぬからな」

 

 その呟きは、妾と、もう1人だけに届いた。







おまけ

『ところで、さっきのキスってどういう意味があったの?』
「あの中川かのんでも流石にキスはしとらんじゃろう。
 ふっふっふっ、未来のらいばるの一歩先を行ってしまったのじゃ!
 ……ハッ、もしやあれは『ふぁーすときす』というものでは……」
『……私の事、忘れてない?』
「そ、そうじゃった! ぬぅぅ……敵は身内に居ったか!!」
『て、敵って言われても……』


 なお、アポロさんどころか麻美さんよりも先にかのんちゃんがキスしてる模様。
 歩美さんの方が更に先だけど。
 本人にしてみれば割とシリアスな場面のはずなのにネタ寄りになってしまうという……

 あと、母親の麻里さんはずっと早いでしょうけど……まぁ、親はノーカンですね。

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