もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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39 知将の直感

「ちょっと待って」

 

 女神は欺けたようだが、入れ替わりで出てきた歩美はまだこちらを睨みつけている。

 

「流石に都合良すぎない?

 桂木が探してる女神が私の中に居るって。

 本当は最初から知ってたんじゃないの?」

 

 歩美も確信があって言っているわけではないだろう。だが、確信できる理由も無いのにそう思っているというのは非常に厄介だ。

 理由があるならばそれを解消してやればいい。しかし、理由が無いものを解消するのは不可能だ。

 理詰めで説得しようとしても感情まで操作できるわけではない。むしろ逆効果になる。

 だからこそ……この疑心を利用するしかない。

 

「……仮に、知っていたとしたら、何か問題があるのか?」

「本当に知ってたの!?」

「仮にだよ。

 というか、さっきの……何て呼べば良いんだ? さっきのアレがユピテルの姉妹だという事が初耳なんだが」

「……ホントに?」

「本当だ。と言って結局相手を信じるか信じないかという話になる。それだとあまり意味は無いだろう?

 何が気がかりなのか、何が問題なのか。ゆっくりとでいいから話してみてくれないか?」

「……分かった」

 

 歩美自身もその点を言葉にできていなかったのだろう。

 結構な間を置いてから、ゆっくりと、話し始めた。

 

「えっと、桂木はもう知ってるのかもしれないけど、ユピテルの姉妹は愛の力を糧にしているの」

「愛の力?」

「そ、そうよ。愛の力!」

「……つかぬ事を訊ねるが、言ってて恥ずかしくないか?」

「恥ずかしいに決まってるでしょ!! 何で私がわざわざこんな事を説明しなきゃならないのよ!!」

「す、スマン。続けてくれ」

「……私の中の女神……マルスは大昔に力を使い果たしちゃっているらしいの。

 もし、桂木がマルス目当てで私に近づいたのだとしたら?

 もし、女神を復活させる為に近づいたのだとしたら?」

「…………」

「……ねぇ桂木。本当に私の事が好きなの?

 私をその気にさせる為だけに口先だけで言ってるわけじゃないよね?」

 

 驚いた事に正解だ。歩美はそんなに頭が回るイメージではなかったがな。

 根拠の無い疑惑ではあるが、そこまで察しているのであれば……ルートは決まった。

 

「歩美のその懸念は……半分ほど正しい」

「……どういう、意味?」

「その推理は概ね正しい。僕は歩美に女神が居ると踏んで近づいた」

「じょ、冗談だよね? そうだよね?」

「…………」

「何か言ってよ。ねぇってば!」

「……隠し通すつもりだったんだがなぁ。まさか漏れるとは思ってなかったよ」

「う、嘘だ! ヒドいよ桂木! 今日はエイプリルフールじゃないんだよ!

 だから……早くネタばらししてよ」

「この言葉を撤回する気は無い。それが、紛れもない真実だからだ」

「……あ、分かった。これは夢だね。きっとそうだ。そうに違いない」

「……酷なようだが現実逃避はその辺にしてくれ。次の話に進めないから」

「次の話? これ以上何を話すの?

 だって、全部嘘だったんでしょ? 私を好きだって言った事も、全部全部!!」

 

 その台詞を待っていた。

 なかなか言わないから少し焦っていたぞ。

 僕が企みを持って歩美に接触した所までは事実として認めよう。しかし、ここだけは譲れないな。

 

「……そんなわけが無いだろう」

「えっ?」

「ああ。認めよう。最初は女神が目当てだったさ。

 でも、君と一緒に過ごすのは楽しかった。ずっと一緒に居たいと、そう思えた。

 始まりは決して誇れるものじゃあない。でも、だからといってそれからの事が全部嘘だったなんて事にはしたくない。

 君はどうなんだ? 今までの事は嘘だったか本当だったか、決めるのは、君だ」

「……何それ。ズルい。ズルいよ。

 そんなの……本当だったに決まってるじゃん!

 嘘になんてしたくないよ!!」

「……そうか。良かった。

 すまなかったな。そして……ありがとう」

 

 

 その後、歩美は堰を切ったように泣き出した。

 いつ頃から『僕がユピテルの姉妹を探している』という情報を得たのかは分からないが、その時からずっと不安を感じていたんだろう。

 今は……色々とショックが大きすぎるせいで『恋愛する!』って感じじゃなさそうだ。このまま女神も復活してくれれば有難かったのだが、流石に無理か。

 落ち着くまで様子を見ておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「上手く行ったみたいだね」

「そうですね」

 

 桂馬くんが歩美さんに連れていかれた後、当然のように私たちは尾行した。だって先に教室に行っててって言われたからね!

 女神様に剣を突きつけられてた時は飛び出そうかかなり迷ったけど、無事に済んだようで何よりだ。

 

「……あ、そろそろHRが始まる時間だ」

「おや、そうですね。ではお2人を呼び戻して……」

「呼ばなくていいから!! エルシィさんだけ先に行っといて……」

「そうですか? 分かりました。失礼します」

 

 今の良い雰囲気に水を注すのは有り得ないと言ってもいい。

 私はもう少し見守っておくとしよう。多分出番は無いけどね。







 よくアホっ娘扱いされる歩美でもじっくりと考えたら断定はできなくても疑惑を持つくらいは何とかなる気がします。
 だって知将だし!
 むしろ心配なのはマルスの方。最低限の情報はちゃんと宿主に与えてくれると信じたいですけど……

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