もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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41 一般人の視点

 昼休みになった。

 歩美は今頃結と話していると信じて僕とエルシィはある場所へと向かう。

 

「神様、どこへ向かうのですか?」

「お前、昨日の占術世界での事覚えているか?」

「……そりゃあ概ね覚えていますが、どれの事でしょうか?」

「あの黒い靄の発生時の事だ。

 ある1点から広がって行ったのに気付いたか?」

「……言われてみればそうだった気がしないでもないです」

「少なくとも僕の目にはそう見えた。

 で、その発生源っぽい所があの『一本岩』だ」

「一本岩? ああ、あの岩はそう呼ばれてるのですね?」

 

 うちの学校の近くの砂浜から海を眺めると1本の大岩が目につく。

 占術世界の上空からでも見える程の巨岩だ。砂浜から眺めてもその大きさはいまいちピンと来ないがな。

 どういう自然の摂理が働いてこんなものができたのやら。

 

 あの時の黒い靄は一瞬で広がって行ったので断定はできないが……大体あの辺だったように思う。

 と言うか、海の上だけあってアレ以外に目印になるものが存在しない。

 

「とりあえず、近付いてみるぞ」

「了解です」

 

 

 

 

 

 念のために透明化した後、羽衣さんの力を借りて近くまで飛ぶ。

 岩自体に妙な所は見られないが……

 

「……魔力を感じます」

「何だと?」

「新悪魔や姫様のものとは違う、禍々しい魔力。

 あの岩の……向こう側? そんな感じの場所から魔力を感じるのです」

「向こう側? 地下って事か?」

「地下とも違うような……上手く表現できませんが、『向こう側』です」

「向こう側ねぇ……ん?」

 

 一本岩を眺めていて、その視線が根本まで到達した時に違和感を感じた。

 波の様子が妙だ。

 岩にぶつかって水しぶきを上げるはずなのに、ある場所ではそれが無い。まるでその部分だけ岩の下に空洞があるかのように。

 

「少々リスクは高いが……行ってみるか。

 エルシィ、あそこ潜れるか?」

「潜れるかと問われれば潜れますが……」

「どうした? 何か問題でも?」

「……もう少し近付いてみましょう」

 

 エルシィに抱えられて水面近くまで降下する。

 やはり、その部分だけ岩が少し水面から浮いている。空洞がありそうだ。

 

「……これは、結界ですね」

「結界だと?」

「はい。この空洞の少し奥に感知用の結界が張ってあるようです。

 理力による結界であれば完全に掌握できますが……残念ながらこれは魔力結界ですね」

「まぁ、そりゃそうだろうな」

「なので、多少誤魔化すくらいしかできそうにないです」

「そうか……って、誤魔化すくらいならできるのか!?」

「当然です。結界は私の得意分野ですからね」

 

 少しエルシィを見くびっていたようだ。

 ……いや、評価を改めるのはまだ早いか。エルシィならちょっとした操作ミスでうっかり探知に引っかかったりとか有り得そうだ。

 

「で、どうしますか? 結界、破ります?」

「……いや、止めておこう。ここに結界を使って警戒するほどの大事なものがあるって事が分かっただけで十分だ。

 一度戻ろうか」

「了解です。帰りましょう」

 

 禍々しい魔力を、地下ではない『向こう側』から感じた……か。

 ……まさか、地獄とでも繋がってるのか?

 確か前にエルシィが言ってたな。地獄は昔の戦争の影響で汚染されてるとか何とか。そのせいで新悪魔達は地表に住めないとか。

 新悪魔でさえそんな感じなのだから人間にとってはひとたまりもないだろう。そんな世界と繋がるだけでも大惨事になりそうだな。

 そして、当然それだけでは済まないだろう。

 道が繋がったらヴィンテージと旧悪魔が数百数千の群れになって襲ってくるとか普通に有り得そうだから困る。

 確かに街が更地になる以上の事が起こりそうだ。急いだ方が良さそうだな。

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

 桂馬くんが別の場所を調査している間、私は歩美さんを監視していた。

 どうやら予定通りに結さんの所へと向かうようだ。

 

「結、今時間ある?」

「構いませんが、何でしょう?」

「……女神の事について、聞かせて欲しい事があるの」

「…………部室へ行きましょう。あそこなら誰も居ないでしょうから」

 

 そう言って結さんが席を立ち、教室を出る。

 歩美さんと私もその後に続いた。

 

 

 

 

「さて、女神の事でしたね。

 とは言っても、私も女神の存在は把握していますが、詳しい知識は持っていません」

「えっ、そうなの? 結も女神に関わってるって聞いたんだけど……」

「桂木さんからの情報ですか? どういった流れで私の名が出てきたのでしょう?」

「確か……ああ、そうだ。桂木がどうして女神を探してるのかっていう話だったよ」

「……確かに私から説明するのが最適でしょうね。

 はい。その件であれば説明できそうです」

 

 結さんはこの件を知っている人の中で歩美さんにとって最も信用できる人物だろう。

 それに、桂馬くんのやってきた事を一般人目線で語れるという意味でも貴重な人物だ。

 

「桂木さん、彼の目的を一言で言うと『エリーさんを助ける為』です」

「エリーを、助ける……? どういう意味?」

「エリーさんは数日前に悪魔の襲撃に遭い致命傷の1歩手前くらいの傷を負ったそうです」

「…………えっ? な、何言ってるの? どういう事?」

「分かり易く言うと……エリーさんは数日前に悪人に毒ナイフで刺されて死にかけました」

「大して変わってないよ!

 いやいや、待ってよ。刺された? エリーが?

 ここ数日間のエリーにそんな様子は無かったよ?」

「替え玉を立てて普段通りのエリーさんを演じていたそうですよ」

 

 はい、演じてました。

 結さんには見破られちゃったけどね。この件が落ち着いたらもっともっと鍛えなきゃ。

 

「か、替え玉……? 一体誰がそんな事を……」

「…………その質問に答えると話が際限なく逸れていきそうなので今は置いておきましょう。

 今知りたいのは桂木さんが女神を求めた理由でしたよね?」

「そうだけど……そうね。続けて」

「……悪魔の襲撃を受けたエリーさんは一命を取り留めましたが、その時にかけられた呪いは簡単には解けなかったそうです。

 それこそ、女神の力でも借りない限りは」

「と言うことは……桂木はエリーを助ける為に動いてたって事?」

「そういう事になりますね」

 

 妹の命の為に頑張っていた事を一般人から伝えてもらう。

 仮に桂馬くん本人から同じ事を伝えられても言い訳がましく聞こえてしまう。あるいはエルシィさんから……救われた本人から伝えると威力が強すぎて逆に動揺すると思う。

 でも、無関係な一般人視点では美談になる。歩美さんの怒りや動揺はかなり抑えられるし、好感度も上げられそうだ。

 ……そんな感じの事を考えて結さんに話させたんだろうな。こういうイベントを即興で流れに組み込んでしまえるのは流石は桂馬くんと言うべきなのだろうか。

 

「……歩美さん。彼に何をされたのかといった事は訊ねないでおきます。

 また、彼を許しなさいとも言いません。

 しかし、どうか理解してあげてください。彼には彼なりの信念があったのでしょうから」

「……言われなくたって、そのくらい分かってるよ」

「そうでしたか。余計なお世話でしたね。

 知りたいことは分かりましたか?」

「……うん。ありがと。行ってくるよ」

「良い顔になりましたね。

 また何かあれば相談に乗りますから、遠慮なく相談して下さいね」

「うん! じゃあね!!」

 

 そう言って歩美さんは部室から走り去った。きっと桂馬くんを探しに行ったのだろう。

 追いかけ……なくてもいい気がする。でも他にやる事も無いしなぁ。

 そうやって考えていたら、声がかけられた。

 

「……中川さん。いらっしゃるのでしょう? 出てきてください」

 

 透明化しているはずなのに存在を察知された。

 行動を読まれたのかなぁ。透明化できる事までは教えてないはずなんだけど。

 透明化はエルシィさんが居ないと張り直せないので、そのまま結さんに話しかける。

 

「居るけど……よく気付いたね」

「っっ!? ほ、本当にいらっしゃるのですか!?

 もしかしたら居るかもしれないくらいの気持ちだったのですが……」

「えっ」

 

 カマをかけられていただけのようだ。結さんやるなぁ。

 

「……あれ? どこにいらっしゃるのですか?」

「今、透明化してるから探しても見えないよ」

「そんな事までできるのですか。地獄の技術は凄まじいですね」

「そ、そうだね」

 

 いつも使ってるせいで感覚が麻痺してたけどこれだけでも相当凄い技術だ。

 人間界に持ち込んだら戦争が起こるレベルの。

 

「エリーさんを助けたはずなのにまだ何かしているという事は……何かあったのですか?」

「まぁ、ね」

「……私ごときが口を挟める事ではないかもしれませんが、あまり私の友人の心を乱すような事をするのは止めて頂きたいものです」

「……謝ったくらいじゃ、許される事じゃないんだろうね。

 でも、それでも、私たちにはこの選択肢しか無かったんだよ」

「それくらい理解はしています。

 ですが……どうか彼女を悲しませるような事はしないで下さい」

「悪いけど、それも保証できない。

 この物語がどういう結末を迎えるのか、私には分からないから」

 

 結末は、神のみぞ知る。

 いや、きっと神様すら分かってないだろう。

 全てが終わった時、私はどうなっているのだろう。

 未来なんて分からない。だからこそ、今できる事を精一杯こなしていこう。







 軽音部の部室って鍵とかかけてるんでしょうかね?
 まぁ、かかってたとしても結さんが管理してても何の不思議もないでしょう。

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