もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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05 スイッチ

  ……昼休み……

 

「おに~さま、お弁当たべましょ!」

「ああ。そうだな」

 

 エルシィ状態の中川が声をかけてくる。

 しっかしよくやるよな。声質と外見以外に全く違和感が無い。流石は現役アイドルと言うべきか。

 

「それじゃあ……屋上で良いか」

「は~い♪」

 

 二人で教室を出て屋上への階段へと向かう。

 

 

「あ、桂木くん、ちょっと待って!」

 

 こんな声が後ろの方から聞こえてきたのは丁度廊下を曲がろうとした時だった。

 聞き覚えのあるような無いような声を疑問に思いながらも振り返る。

 すると僕達の教室から一人の女子がこちらに向かって走って来ていた。

 

「はぁ、はぁ……こ、これからお昼?」

「あ、ああ……」

「それじゃあさ、一緒にお昼食べない?」

「……僕は構わないよ。エルシィは……」

「……え? あっうん、私も大丈夫だよ……ですよ!」

「良かった。それじゃあ行こ!」

 

 その女子とは、吉野麻美。

 ……で良いんだよな?

 外見は間違いなく麻美なのだが、雰囲気やら何やらが根本的に異なる。

 昨日までの彼女はこんな積極的に動くような人間には見えなかったし、ここまで表情豊かでは無かったはずだ。

 中川も驚きすぎて微妙に素が出てたし。

 情報が増えるのは大歓迎なので向こうから接触してくる事自体は構わないんだが……

 ……何かイヤな予感がするな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、この間テレビで……」

「あ、私も見てましたよそれ! 凄かったですよね!」

 

 中川と麻美がガールズトークに花を咲かせている。

 って言うか本当に麻美なんだよな? 別人だと言われても普通に納得できるぞ!?

 ……なんて取り乱していてもしょうがない。冷静に情報を分析していけば謎は解けるはずだ。

 

 状況次第でここまで性格が変化する。

 おそらくは『二重性格』のキャラという事だろう。

 二重人格じゃないぞ? 二重性格だ。

 二重性格とは、ヒロインの持つ性格(キャラ)が二つに乖離している事だ。

 例えば、みんなの前ではつんけんしているが、二人っきりになると甘えてくるとか、

 例えば、普段はしっかりものだが、二人っきりになると骨抜きになるとか。

 ……ちなみに、今の中川もキャラを使い分けてるが、これは単なる演技なので二重性格には当てはまらない。

 

 でだ、吉野麻美は昨日は平均値が服を着ているような有様だったが、今はご覧の有様だ。

 彼女の中の何らかのスイッチが入ってこうなったんだと考えられる。

 ……考えられるんだが……

 

「ねえ桂木くん、桂木くんはどう思う?」

「ん? ああ、ごめん。何の話だっけ?」

「もー、ちゃんと聞いててよ。

 中川かのんちゃんの話!」

 

 ……ガールズトークはいつの間にか妙な方向に進んでいたらしい。中川も苦笑いしてるよ。

 

「ごめんごめん。で、かのんちゃんがどうしたの?」

「この前のテレビの生放送で何もない所でスッ転んでたりしてたけど何かあったのかな~って」

「……へぇ、そんな事があったんだ」

 

 エルシィがやらかしたんだろうな。きっと。

 だが、スッ転んだくらいなら問題は無い。致命的な問題をやらかさない事を祈っておこう。

 

「え? 知らなかったの?

 もしかして桂木くんってテレビとか見ない人?」

「そうだね、あまり見ないかな」

 

 中川かのんの顔を知ったのもつい最近の事だしな。

 モニターなんてゲーム画面を映す機能があれば十分だ。

 

「へ~、桂木くんって変わってるね」

「まあね」

 

 

 急に話を振られて思考が中断されたが、話を戻そう。

 彼女の中の何らかのスイッチが入って性格が変化した……と思われる。

 しかし、そのスイッチに心当たりが無い。

 昨日の下校から今日の今までに何か僕がやらかしたという事も無いし、周りの環境も対して変わっていない。

 ここまで来ると単純に別人なんじゃないかという気がするんだが……まあ考えてみようじゃないか。

 休日だとハイテンションになるとか、2人きりだと大胆になるとかならまだ分かりやすいんだが……

 ……っと待てよ? 昨日の下校と今の状況で明確に違う点が一つだけあるよな?

 ……いや、まさか、いや、無いよな?

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べ終えても吉野麻美の雑談は続く。

 僕は基本的に雑談には参加せずに居るのだが、そこそこの頻度で僕に話が振られる。

 僕の反応を伺っている、ようにも見えるんだが……考えすぎだろうか?

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ教室に戻ろう!」

「そうですね。麻美さん、今日はありがとうございました。楽しかったです!」

「ううん、こっちも楽しかったよ」

 

 う~む、中川と今後の方針について話し合いたかったのだが、そんな時間は無いな。

 まぁ、授業中にメールで話せば良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 そして授業中、中川は机の下でこっそりと、僕は堂々とメールのやり取りをする。

 

 

”桂馬くん、何か収穫はあった?”

 

”まあな。

 お前の意見も聞いておきたいんだが、今大丈夫か?”

 

”うん、今日の授業内容後で教えてくれれば”

 

”そのくらいなら構わん。

 まず確認したいんだが、アレは本当に吉野麻美なんだろうか?”

 

”まず間違いなく別人だと思うけど……あの子、駆け魂持ちなんだよね”

 

”そうなんだよなぁ……

 心のスキマがあるんだからあれくらいあってもおかしくはないような気がしなくもない”

 

”……どうしよう?”

 

 

 別人かどうかを判別したいならエルシィを引っ張ってきて駆け魂センサーで調べてもらえば一発だと思うが、残念ながらあいつは今ここには居ない。

 ないものねだりをしてもしょうがないので今ある情報だけで何とかする。

 

 

”彼女の事を二つの場合に分けて考えてみた。

 まずは、彼女が双子の姉妹か何かだった場合だ。

 その場合は登校中に話した方針で合っているんだと思う”

 

”もう一つは?”

 

”彼女が本当に吉野麻美本人である場合。

 彼女は男じゃなくて女が好きなのかもしれん”

 

 

「えええええっっ!?」

「おい桂木妹、静かにしろ!」

「あ、すいません……」

 

 思わず声をあげてしまった中川だが、返信はすぐに返ってきた。

 

 

”ちょっと!? どういう事!?”

 

”有り得ないとは思うんだがな”

 

”有り得ないよ!!”

 

”まあ聞け。

 昨日の下校と今日の昼休み、周囲の環境の明確な違いとしてお前が居たか居なかったかが挙げられる。

 お前、と言うかエルシィの有無だけであそこまで態度が変わったんだ”

 

”だからって……それは無いんじゃない?”

 

”茶道部に居るのは着物の女性が好きだから、昨日話しかけても反応が薄かったのは男に興味が無いから。

 そう考えれば辻褄は合う”

 

”いや、いやいやいやいや、強引過ぎない!?

 さっきも雑談しながらも桂馬くんの様子を凄く気にしてた気がするし!”

 

”それも邪魔な男を疎ましく思っていたという事なら……”

 

”もう勘弁してよ!!

 って言うか、『自分以外の女子がその場に居ないと上手く話せない』とかの可能性もあるんじゃないの?”

 

”それも一応有り得るが……そういう問題だったら教室でもっと声を聞く気がする。

 まぁ、あくまで可能性の話だ。あるとしても1%に満たない確率だろう。

 だが、念のため確認する”

 

”えっと、何をする気なの……?”

 

”安心しろ、お前の身に危険が及ぶ事はない。

 まず、お前と僕、そして吉野麻美の3人で下校する。

 その後、急用ができたフリをしてお前だけ先に帰る。

 その後の麻美の態度を見る。

 以上だ”

 

”それで昨日と同じような感じになったら……”

 

”……そうならない事を祈るよ”

 

 全くだな。

 ゆるめの百合属性のヒロインなら普通に居るが、重度のものはギャルゲーの攻略対象としては出てこない。

 頼むから杞憂であってほしい。


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