もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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42 信じてる

 午後は舞校祭の準備だ。

 あからさまにサボると二階堂がうるさいのでほどほどに仕事をこなしつつ1人になる時間を多めに取れるようにする。

 僕が1人で居れば歩美も話しかけやすいだろう。

 ……と、どうやら来たようだ。

 

「桂木、今、ちょっと話せる?」

「いつでも大丈夫……と言いたい所だが、サボってると二階堂に蹴り飛ばされるんで作業しながらでいいか?」

「う、う~ん……二階堂先生だからなぁ……仕方ない。いいよ」

「スマン」

 

 作業の手を程々に緩めつつ歩美に意識を傾ける。

 別にサボって話してても問題は無いが、『サボっている奴』として注目を浴びるのはお互いに本意ではないだろう。

 

「……結から聞いたよ。事情」

「そうか」

「……マルスの助け無しでエリーが助かったって事は、他の女神が何とかしたって事だよね?」

「……ああ」

「ユピテルの姉妹は全部で6人居る。

 桂木は、他の人にも同じような事をしたの?」

「……今回の件で、僕が何かしたのは歩美を含めて3人だ」

「3股ってわけ? 最低ね」

「否定する気は無い。被害者本人からの言葉なら、尚更な」

「……はぁ、桂木がもっと憎たらしい奴だったら、話は簡単なのに」

「…………」

 

 歩美を無言で見つめ返して続きを促す。

 少し目線を逸らしながら、歩美は続けた。

 

「私は……やっぱり桂木の言葉は信用できない。

 でもね、好きになっちゃったんだよ。嫌いにはなれなかったんだよ。

 だから……私は桂木を信じる」

「……矛盾していないか?」

「してないよ。私は、嘘つきな桂木も含めて全部を信じようって決めたんだ。

 桂木が私に嘘を吐く事は……きっと何度もあるんだと思う。

 でもそれはきっと誰かの為の嘘だ。

 その嘘をバカ正直に全部鵜呑みにするってわけじゃないけど……何て言えば良いのかな。そう、誰かの為に嘘を吐こうとする桂木。そんな桂木を私は信じたい」

「僕がこんな事を言うのもどうかとは思うが、それは辛くはないか?

 僕の言葉をいちいち疑いながら、それでも信じるっていうのは」

「……かもしれない。けど、もう決めたんだ」

「……そうか。『ありがとう』という言葉は言わないでおこう。僕の為にどうこうじゃなくて自分で決めた事ならな」

「そうね。そんなお礼の言葉なんて信用できないし、要らないわ」

「なら、僕から歩美に言える事は1つだけだ。

 これも僕が言う台詞ではないかもしれないが……頑張ってくれ」

「あんたに応援されるってのも微妙にズレてる気がするけど……私なりに頑張る。

 って、桂木? どこ行こうとしてるの?」

「ん? 作業で出たゴミをゴミ捨て場に持っていこうとしてるだけだが」

 

 話を切る丁度良さそうなタイミングだったので、満杯には少々足りないゴミ袋を運ぶ所だ。

 ここで完全に切って前夜祭や舞校祭に持ち越しても構わないし、歩美が呼び止めるようであれば……

 とか考えていたらガシッと肩を捕まれた。イベント続行だな。

 

「ちょっと待ちなさい」

「な、何かな?」

 

 さっきまでの会話とは打って変わって明らかに怒っているような口調だ。

 話の流れを変えるという意味では目論見通りだが、大丈夫だろうか?

 

「私はね、桂木を信じるとは言ったよ?」

「そ、そうだな」

「でもね、この私を騙してくれやがった事はまだ許してないよ?」

「そ、そうなんスか」

「うん。だからね、歯を食いしばりなさいっ!!」

 

 歩美が勢いよく腕を振り上げる。

 これを避けるのは……色んな意味でマズいだろうな。そもそも避けられないし。

 反射的に防ぐのを自制して、せめて目は瞑って衝撃に備える。

 そして……

 

 

 

 

 口元に、柔らかい感触がした。

 

 何か、最近似たような経験をしたような気がするんだが?

 

 

「……これで、勘弁してあげるよ。感謝しなさいよ!」

 

 最初から計算ずくだったのか、あるいは本当に殴るか叩くかするつもりだったのを直前で切り替えたのか。

 まぁ、何はともあれ……攻略完了のようだ。

 

 僕の目の前には、顔を赤く染めた歩美と、その身体を包み込むような純白の翼があった。

 

 これで……あと1人か。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま」

 

 歩美と別れてゴミ捨て場に着いたタイミングでかのんの声がした。

 ずっと透明化して見守ってくれていたようだ。

 

「……これで、あと1人だ」

「……そうだね」

 

 すぐ側に居るかのんは、女神の最有力候補だ。

 しかし、本人は一貫して『女神は居ない』と言っている。

 少なくとも、本人が『自分に女神は居ないと思っている』事は真実だろう。

 

 自覚は無いけど女神は居る。そんな事は有り得るのか?

 仮に、女神の力が弱すぎて認識できないのであれば再攻略すればはっきりと知覚できるようになるかもしれない。

 しかし、そうだったとしても可能なのか? この状態から今更恋に落とすっていうのは。

 かのんによれば僕は『取引相手』らしいんだが。

 

「どうかしたの?」

「……いや、何でもない」

 

 恋愛の記憶があるかのんならまだしも、今のかのんを攻略するのは相当厄介な気がする。時間にそこまで余裕が無い現状で余計な事をしてしくじれば詰みだ。疑うのは止めて別の可能性を探るべきか?

 ……記憶自体は無いんだよな? 復活してたら女神が居るって言ってくれるはずだ。

 女神の覚醒が不完全だから記憶の復活もできていないし知覚もできないというのは筋が通るが……

 

「……屋上に行ってくる。

 少し、1人で考えたい」

「分かった。それじゃあ私は……皆の様子を適当に見ておくよ」

「頼んだ」

 

 最後の一人がかのんなのか、それとも別の可能性があるのか。

 もう一度だけじっくりと考えてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……一方その頃……

 

「ふぅ、ようやく人間界に帰ってこれた。」

 

 人間界に帰ってきた私はまずは自分の拠点に向かった。

 どんな拠点かというと……わ、私のような優等生に相応しいイメージを持つ拠点よ! 詳細は想像に任せるわ!

 決して生活感溢れる古民家だから誤魔化してるとかじゃないわ!

 

「まずはコレの解析からね。ただのナノマシンなら大歓迎だけど……」

 

 羽衣のログ記録部分を狙って壊したとはいえ、電気を使ったので他の部分にも被害が出た。

 実際、さっきまで使っていた飛行魔法の制御が若干だけど乱れていた。私からのマニュアル操作で何とかしたけど。

 それが直せるなら有難い話だ。

 

「って、アレ? 何かしらコレ」

 

 適当なボウルの中にナノマシンをブチまけたら中から何か出てきた。

 丸められた紙だ。

 一応呪いの類を警戒しつつ開いてみる。これは……手紙?

 

『差出人の名前を書く事は控えさせてもらおう。万が一君以外の手に渡った時に厄介な事になる。

 このナノマシンの中に連中の拠点をいくつか入力しておいた。そこを調べれば人間界において連中の企みがどれだけ進行しているかが分かるだろう。

 この情報をどう活用するか、そもそも信じるか信じないかは君次第だ。よく考えて、自分なりの最善の行動を探ってくれ』

 

 差出人の名前は書いてないけど、何となくドクロウ室長な気がする。あの人ならこれくらい仕込めそうだし。

 連中……正統悪魔社の調査か。やっておいた方が良いのかもしれない。

 ……まずは予定通りナノマシンをじっくり解析して、それから行動を決めましょうか。







 本作の桂馬は一体全体どんな作業をやってたんだろう?
 1人でやれて結構なゴミが出るような都合の良い作業なんてあんまり無い気がするし、その作業を選んだ上で誰からも文句を言わせないって結構無理がありそうですけど……きっと何とかしたんですね!


 これでとりあえず歩美(マルス)編は終了です。
 あとはメルクリウスですね。
 途中の一部の流れは決まっているんですが、そこまでどう持っていくかとか、その後どういう風にまとめるかとか、その辺はまだ決まってません。
 女神編の最終回になる予定だから結構時間がかかりそうです。
 ……そんな感じの予定でしたが、もしかするとメルクリウス編の後にもう一章挟むかも。なんかもう作中時間で前夜祭中に決着が付きそうな感じで、何か日程に余裕があるんで原作ほどクライマックス感が無いという。もしかすると年内に投稿できるかも。

 ……ところで皆さん、誰が宿主か分かりました?

 では、また次回お会いしましょう!

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