さぁ、ネタばらしの時間だ!
43 全ての前提を覆す一言
そう言えば、始まりもこの屋上だったな。
喧騒を避けてここでゲームしてたらアイツが話しかけてきた。
そして、エルシィが降ってきて……駆け魂狩りが始まった。
6月の半ば頃だったから……そろそろ5ヶ月になるのか。
『叡智』の女神は始まりの刻より神姫の傍らにて眠る
この『始まり』の解釈はいくらでも考えられる。
古い順に候補を並べていくのであれば……
・地獄の戦争『アルマゲマキナ』の開戦、あるいは終戦
・10年前の女神の封印解除
・ほんの5ヶ月前の駆け魂狩りの契約
・エルシィが刺された時
……こんな所か。
しかし、神託の後半の『神姫』が僕とかのんの事を指しているのであればもっと絞り込める。
2人を指して『傍らにて眠る』とあるのだから2人の距離は近くなければならない。
300年前の戦争時には僕もかのんもまだ生まれていない。魂の輪廻転生がうんたらかんたらとか言われたら流石にお手上げだが、そんなこじつけは無いと信じたい。
10年前も、僕とかのんは出会っていない……ハズだ。一応、前日の夜に訊いてみたが、同じ小学校に通っていたという事も無ければ住んでいた街も違うようだ。まぁ、近くの街なんで何かの偶然で会ってた可能性は否定しきれないが……お互いにそんな記憶は無かったし、そんな事を言っていたらキリがないので除外しておく。
そういうわけで『始まり』はほぼ間違いなく駆け魂狩り契約時かそれ以降に限定されるだろう。
その時期に僕達の傍らに居た人物……
残念ながらエルシィではない。本人曰く、自分の中に居たら流石に気付くとの事。それでもエルシィだから100%信用する事はできないが……まぁ、一理あるので流石に居ないだろう。
他には……うちの母さんとか? いやいや、流石に無いだろう。女神の件はドクロウ室長が仕組んだはずだ。そんな所に配置するくらいならちひろにでも入れろっていう話だ。そもそも、母さんは駆け魂に取り憑かれていない。ただ、駆け魂を除外して女神だけ憑依させる方法くらいありそうなもんだが……どうなんだろうな?
更にそもそもを付け加えると、母さんは今は南米に行ってしまっている。急いで帰国させる事も不可能ではないだろうが……いや、そもそも母さんに女神が居るならドクロウ室長が全力で止めるんじゃないか? 本人が動けないならリミュエルでも動かして全力で阻止しそうなものだ。
……無茶な仮説なだけあって『そもそも』がやたら多いな。この仮説はナシだ。
そうなると僕達の傍らに居た人物は多分もう居ないんだが……傍らってのがどれだけの範囲を指すのかも曖昧なんだよな。
一応同じクラスだからクラスメイト全員が『傍らに居た』と言い張る事も可能だ。
そして、あくまでも『傍らで眠る』のは宿主ではなく女神メルクリウスだ。かのんの体内に物理的に存在してるなら流石に無理があるだろうが、あくまでも憑依してるだけならかのんの中に女神が居る場合でもこの神託は成立するだろう。
神託に照らし合わせたとしても最有力候補はかのん、次点で……ちひろか。
宿主がかのんだと仮定しよう。その場合にどういった矛盾が生じるか。
かのん本人は自分に女神が居るとは思っていない。これは間違い無いだろう。もし把握していたらエルシィが刺された後に自白しているはずだ。
となると、仮定に従うなら『女神は居るけどかのんが把握できていない』という事になる。
相手は『叡智の女神』というくらいだから理力を押さえこむ方法とか、記憶を復活させない方法とかを知っていてもおかしくは無いが……ほぼ状況を把握できていないであろう女神がわざわざそこまでするとも思えないな。
宿主がちひろだと仮定しよう。こちらはもっと厳しそうだがな。
ちひろは『ユピテルの姉妹』という言葉には反応しなかった。女神が宿主に教えていなかっただけの可能性もありそうだが……しばらく待っても何の反応も示さないというのは流石に有り得ないだろう。
それに、そもそもあいつに駆け魂が入ったのは数ヶ月前の話だ。前にも言ったが、その時期にたまたま心のスキマができて、そこに駆け魂と女神をブチ込むというのは運ゲー極まりない。
……1人くらいは妥協して運ゲーにした可能性も一応あるのか? いや、それだったらかのんに入れろよって話だ。
しかしその場合、本人が把握できていないのはおかしい。理力云々は感知できなくてもおかしくはないが、記憶の復活を把握できていないのはおかしい。
記憶を復活させられるほどに女神が復活していないとか? 仮にも僕が1度は攻略した相手なんだからそれくらいは復活しててくれないと困るんだが。と言うかそんな可能性を考えてたらキリが無いんだよ。どの容疑者も『復活が不完全だから』という理屈が通ってしまう。
僕の考えすぎなのか? しかしなぁ……
……しばらく考えてみたが、この壁はどうしても突破できない。
『記憶が戻っていない事』と『女神が居る事』を両立させる手段が全く思いつかない。
それさえなければもう確定で良いと思うんだがな……
「ここにいらっしゃったんですね、神様」
「…………ん? ああ、エルシィか」
思考に没頭していたせいで反応が遅れた。
顔を上げるとエルシィが居た。かのんは来ていないのか?
「中川は居るのか?」
「私1人だけです。姫様はお姉様達の様子を見てます」
「お姉様……ああ、女神達って事か」
自分が疑われている事、あるいは疑われる事を察して顔を合わせないようにしてくれたのだろうか?
ありがたいようなそうでないような……まあいいか。
「で、何か用か?」
「もうしばらくしたら前夜祭が始まるのでお知らせに来ただけです」
「……もうそんな時間か。気付かなかった」
「時間も忘れて何をしていらっしゃったのですか? ゲーム……ではないようですけど」
「そんなもん決まってるだろ。メルクリウスの居場所を考えてたんだよ」
「メルクリウスですか……居場所は分かったのですか?」
「いや、全く。
……ああ、せっかくだからちょっと手伝ってくれ。少し煮詰まってたんだ」
「お手伝いですか? なるほど、私の知性の出番というわけですね。お任せ下さい!」
「……あーそーだなー」
エルシィの知性(笑)には全く期待していない。
僕がやりたかったのは、状況を誰かに説明する事で物事を整理するという手法だ。ぶっちゃけ相手がカカシとか壁でも全く問題は無い。勿論エルシィとかいうバグ魔もとい駄女神でも。
相談できない唯一の例外は中川かのん本人くらいだな。
「女神メルクリウスの宿主の最有力候補は中川だ。しかしながら…………」
結論から言うと、カカシでも壁でもルナでもなくエルシィに話したのは大正解だった。
何故なら……僕の話を聞いたエルシィはこんな事を言ってきたからだ。
「……あの、ちょっとよく分からなかったのですけど」
「ん? ややこしい所は殆ど無かったはずだが……」
「いえ、ややこしいとかではなく……神様が挙げている最大の問題点は……『姫様の記憶が戻っていない事』……ですよね?」
「ああ。その通りだ。ちゃんと分かってるじゃないか」
「いや、分かるんですけど……だからこそ何でそんなに悩んでるかが分からないんです」
「ちょっと待て、こっちが理解できん。どういう意味だ?」
全ての前提を覆す、その一言を。
「だって、姫様ってそもそも記憶操作なんて、されてないじゃないですか」
果たして何名が気付いていたのか。
かのんの記憶が無い根拠はたった1回の自己申告のみだった事に。