もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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イリスの歌姫の物語 運命と対峙する刻

 私の話の続きをしよう。

 

 夏休みに入って、女神が現れた。

 最初は『へぇ』とだけ思って、特に反応はしなかった。

 だってねぇ……私自身に神通力みたいなのが生えてくるならまだしも、赤の他人がちょっと凄い手品を使えるだけだもん。

 

 話が変わったのは、夏休みの最終日。

 『女神の宿主は、記憶操作を受けても記憶を保持し続ける』という情報が齎された。

 この話を聞いた時の私の本音は『めんどくせぇ』である。

 

 桂馬くんは攻略相手に対しては恐るべき洞察力を発揮するが、そうでもない相手には結構甘い。

 だから、隠蔽を始めた当初の不安とは裏腹にかなり簡単に事は進んでいたのだ。ちょっと手を抜いても数年単位で隠せそうなくらいに。

 ここに来て私が疑われる要素を増やさないで欲しい。

 

 全く勘弁してほしいわよ! 女神だかなんだか知らないけど私の手間を増やさないでよ! 現実(リアル)なんてクソゲーだ!

 ……棗ちゃんと桂馬くんの口調が伝染ったけど、それが私の本音だった。

 

 なお、私に女神は居ない……と思われる。

 私の中に何かが居るような感じはしない。女神の声が聞こえるわけでもない。

 鏡を相手に語りかけてみたりもしたけど、特に反応は無かった。

 

「……おーい。聞こえますか~?」

「あら? どうしたの? かのんちゃん」

「い、いいいえ、な何でも無いです!」

 

 そんな現場を麻里さんに見られてちょっと恥ずかしい思いをしただけだ。

 

 但し、断定はできない。何故なら私には記憶があるから。

 『記憶が復活した事』を女神が居る証拠にする事ができないのだ。

 

 実は記憶操作を受けていて、でも最初から記憶が復活していた……という可能性もあるけど、それ以上に協力者だから免除された可能性の方が高そうだ。

 どちらなのか断定ができない以上は真相がどうであれ証拠にはならない。

 

 

 そういう訳で私のすべき事が増えた。

 女神を先に6人見つけてしまえば私の中に女神が居る可能性を疑われる事は有り得ない。

 とは言っても、世界は広い。世界規模の話の中で私たちの近辺に女神が潜んでいる確率はどの程度だろうか? 世界に対する日本の人口割合ってどのくらいだっけ? 人口密度は高いらしいけど、量で世界と比べると大した事ないのは考えるまでもないし、面積割合ならもっと少ない。

 だから、手の届く範囲で何となく調査するくらいしかできなかった。

 その結果、麻美さんが怪しいって事になったのは私に取って幸運だったのか不幸だったのか。全員見つけたなら間違いなく幸運だったんだろうけど、中途半端に見つけても『この近辺に女神が集められている可能性』が濃厚になっていくので逆に疑われる要素になる。

 残りの女神、居るならサッサと見つけ出さないと。

 

 

 

 ある日、『女神は居るのか』と問われた。

 桂馬くんに対して私が今持っている設定は『記憶は戻っていない』だ。だから居るとは絶対に答えない。いやまぁ、そもそも居ないと思うけど。

 でも、断定して否定する事もできないんだよね。記憶が戻ってないから女神は居ないっていうのもそれはそれでちょっと安直だし。

 だから、私の答えは『恐らく居ない』としておいた。

 

 そう言えば、居ない事とかの『無い』事の証明は悪魔の証明って言うらしいね。存在する事の証明だったらソレを持ってくればいいけど、無い事を証明するには存在し得る場所全てを探さないと証明できない。人力じゃとても不可能っていう。

 ……悪魔は居るんだけどね。すぐ手の届く所……に居るエルシィさんは女神だったから違うか。ハクアさんとかね。

 

 そんな事を考えていたかは定かではないけど、桂馬くんは一応納得したらしかった。

 

 

 

 

 

 

 エルシィさんが刺された。

 油断は……していなかったと言えば嘘になるだろう。警戒していた所で防げていたかも分からないけど。

 

 この時、桂馬くんに『記憶はあるのか』と問われたら……流石に正直に言うつもりだった。

 こんな時まで私の我侭を押し通すわけにはいかない。私の嘘が原因でエルシィさんが助からなかったなんて事になったら悔やんでも悔やみきれない。

 

 しかし、桂馬くんからの質問は『女神は居るのか』だった。

 どう返答するかは、少し迷った。けど、結局私は前回と同じような返答を返した。

 

 女神は(恐らく)居ないのに記憶があるって事をわざわざ伝えても桂馬くんを混乱させるだけだ。

 だから、今は伝えない選択肢で正しいはずだ。

 ……我ながらちょっと苦しい言い訳だ。でも、私はどうしても伝えたくなかったんだよ。

 諦めたくは、無かったんだよ。

 

 

 

 

 女神候補が全部で5人しか見つからなくて、最後の1人が全く見当も付かない状態になってからも、私は打ち明ける事はできなかった。

 

 私の中に女神は居ないと思う。

 ただ、女神が全力で隠れようとしたら気付けないかもしれない。

 本当にエルシィさんの事を第一に考えるなら打ち明けて、桂馬くんに全てを委ねるべきだったのかもしれない。

 他の女神の存在も確認できていたから私じゃなくても大丈夫だと判断したという面もあるけど……

 ……エルシィさん。打ち明けられない私を許してほしい。絶対に助けるから。

 

 

 

 

 ウルカヌスさんも復活して、エルシィさんは助かった。

 私は心の底から安堵した。

 ずっと悩んでいたけど、私はまた嘘を続けられる。

 

 ただ、『仲良くゲームで遊ぼう』っていう雰囲気になるのはまだまだ先のようだ。

 私の中には女神なんて居ない事をただひたすら祈りつつ、女神攻略を再開した。

 ……この祈りは誰に届くんだろう? 女神様って一応神らしいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今。

 

『……なぁ、お前は……()()()なのか?』

 

 突然電話でそう告げられた時、身体の末端が一気に冷え込んだような錯覚に襲われた。

 血の気が引くって、こういう事を言うんだね。

 

 どういう意味かはすぐに分かったよ。桂馬くんが私を名前で呼ぶ事はまず無いし、その理由も知ってるから。

 

 桂馬くんから迎えに行くと言われたけど、私は一方的に居場所を聞き出して自分から向かった。

 深い理由を考えて言ったわけじゃないけど、いつ来るかも分からない桂馬くんに怯えて過ごすよりは自分のペースで到着したかったから……かな。

 

 校舎に入って、階段を一段一段踏みしめるように上る。

 2階か3階くらいに着いた時に、こんな事をせずとも飛行魔法を使えば外から一気に行けたと気付いた。今更言ってもしょうがないけど。

 

 屋上の扉が見えてきた。

 階段の手すりを握り締めながら、ゆっくりと階段を上がる。

 

 扉の前まで辿り着いた。

 深呼吸を2度3度と繰り返す。

 

 ……それじゃあ、行こうか。

 

 覚悟を決めて、私は一歩踏み出した。







世界の国々の人口比を念のため調べてみましたが、日本が占める比率は1.9%とかみたいです。
純粋にその数値だけを見るなら女神が6人集まっているのは大体2%の6乗で約64/1000000000000くらい?
尤も、ドクロウが暗躍したり、そもそも地獄の封印の地と繋がってる場所が日本にあるのでそんな確率論は全くの無意味ですが。

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