女神メルクリウスの宿主は桂馬くんだ。
この仮定は全てをひっくり返す事ができる。
……いや、この表現は正確じゃあないか。ひっくり返すっていう表現はちょっとズレている。
「……だがしかし、その推理には存在するべきある重要な要素が欠けている」
「それは……勿論分かってるよ。この推理には……」
「「証拠が足りない」」
「……分かってるじゃないか。それじゃあ、証拠を頼む。勿論用意してあるんだろ?」
「何言ってるの桂馬くん。そんなものあるわけないじゃん」
「……は? いや、待て待て、無いのか!?」
「そんなものがあったら仮想宿主の桂馬くんがとっくに見つけてるでしょ。むしろ私が訊きたいよ。証拠っぽいものは無いのかって」
「そんなものがあったらとっくに言ってるよ」
「じゃあ、無いね♪」
ニッコリと、笑顔でそう言い切った。
証拠なんて無い。だからこそ『ひっくり返す』という表現はズレている。
「……そうか、そういう事か。
確かに証拠なんて要らない。そもそもお前が宿主だという仮定にも証拠なんて無いからな。宿主でない証拠が無いというだけであって」
「そう、この推理はあくまでも可能性を提示したに過ぎない。
最後の宿主は私でほぼ決まりだった状況をイーブンに戻したに過ぎない。
……その上で、もう一度訊くよ?
桂馬くんは……私の推理を、信じる?」
最初っからどちらの推理が正しいかなんて問いかけていない。
このゲームにおいては最終的な女神の居場所という結果すら全く意味のない事だ。
お互いに証拠なんて無いイーブンの状態で、桂馬くんは自分を信じるのか、それとも私を信じるのか。
その、結果は…………
「……ふざけるなよ」
「えっ? ふ、ふざけてなんかいないよ!」
「状況がイーブンだと? それを信じるかだと? こんな……こんなのっ、ふざけるなよ!!」
……そうか。私は、やっぱり間に合わなかったんだね。
私が自分の力で名前を勝ち取れる最後のチャンスだったんだけどな。
思ってたより、ショックだ。笑顔は続けられそうにない。
「ごめん桂馬くん。ちょっと席を外し……」
「こんなの勝ち目が無いだろうが! ふざけるなよ!!」
「…………えっ?」
「ああくそっ、勝負が決する条件をもっと詰めるべきだった。
あのな、僕はな、ずっと前から決めてるんだよ。お前を信じるって。
僕が失敗した時、お前はずっと僕を支えてくれていた。
いつだって僕を助けてくれいた。
そんなかけがえのない相棒の言葉だ。信じるに決まってるだろ」
……そっか。無駄じゃなかったんだね。
私の……私たちのこの数ヶ月間の時間は、決して無駄じゃなかったんだね。
「け、桂馬くん……」
「何を泣いてるんだ。もっと勝ち誇れ。
お前の勝ちだよ……
ふと、初めて名前を呼ばれたあの時を思い出した。
あの時の私は、嬉しさと寂しさを感じていた。終わってしまう寂しさを。
だけど、今はただひたすら嬉しいだけだ。
ははっ、ヘンだよ。嬉しいはずなのに、涙が止まらない。
「お前、笑ってるのか?」
「分かんないよそんなの。桂馬くんはどう見えてるの?」
「泣いているようにも見えるが……どちらかと言うと笑ってるように見えるな」
「じゃあそうなんじゃない。ははっ」
「……まぁ、そうだな。ホレ、ハンカチ要るか?」
「うん。ありがと」
桂馬くんからハンカチを受け取って涙を拭う。
洗濯してお返し……いや、どうせ一緒に住んでるんだからあんまり意味は無いかな?
「さてと。それじゃあ答え合わせといこうか。
勝敗には関係ないが、純粋に気になる」
「そうだね。
……万が一どっちにも居なかったらどうしよう」
「そんときはそんときだ。
おいメルクリウス。聞こえてるんだろう? そろそろ出てきてくれ」
桂馬くんが呼びかけたその時、声が響いた。
『……まぁ、いいだろう』
そして、私たちのすぐ傍らで、光が溢れた。
『ユピテルの姉妹は愛の力で蘇る』
『恋愛が一番の糧となるが、それだけには留まらない。我ら姉妹がかつて絆の力を糧としたように』
『喜ぶがいい。我が宿主よ。お前の『信頼』は『恋愛』に並び立った』
溢れた光はぼんやりとした人影を作り、私たちにこう告げた。
『初めまして、我が宿主、そして歌姫よ。
我が名はメルクリウス。叡智を司る女神だ』
と、いうわけで最後の女神の宿主は桂馬でした。
本章投稿前の段階で企画の方では正答者は0でしたが、感想欄では疑っていた方とネタ予想した方がそれぞれ1名ずつ居たようです。
……っていう文章を書いた数時間後に1名ほど企画の方に正答者が現れるという。お見事です。