もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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 いよいよ最終章……ではなく準最終章。
 適当に書いていて気が付いたら舞校祭当日に突入する前にそこそこの分量になったのでここの辺で区切って投稿しておきます。

 ……本当に準最終章になるのかは神のみぞ知る。




50 災厄の使者

 時は少し遡る。

 

 

 舞島の街を、1人の少女が歩いていた。

 いや、少女なんて呼び方は相応しくないだろう。外見は人間の少女に見えるというだけであり、その本質はもっと悍ましいものだ。

 

 彼女の風貌は異様なものだった。

 どこかの学校の制服の上から白衣を身に纏い、肩からはショルダーポーチを下げている。ここまでは普通だ。

 ポーチについているドクロの飾りと頭の2本の角のようなものは……少々人目を引くがまあ問題ない。

 異様なのは、身体のあちこちに巻かれた包帯。ミイラのように全身に巻いているというわけではないが、だからこそ逆に痛々しさを醸し出している。

 

 彼女の名は、リューネ。

 正統悪魔社の幹部の1人である。

 

 そんな彼女が運命の地である舞島で一体何をしていたかと言うと……

 

「……おじさん。たい焼き1つちょうだい」

「はいよっ、何味にします?」

 

 特にあくどい事はせず、のんびり過ごしていた。

 潜伏中だから大人しくしているとかではなく、気の赴くままに街をぶらつき、興味を持ったB級グルメを適当に買い漁っていた。

 

「何味があるの?」

「あんこにチョコに抹茶に……」

「……面倒くさい。全部1コずつ……」

「おいおやじ、たい焼きくれ! 抹茶とスーパーあんこ!」

「コラ、順番を抜かすな!」

「うっせーな。アツアツの奴よこせよ!」

 

 彼女が注文を言い終えるより前に2人組の不良が横入りしてきた。

 店主のおっちゃんも不良をたしなめるが、それを意に介した様子は無い。

 押しのけられたリューネはブツブツと誰にも聞こえない音量で呟く。

 

「……汚い身体で触るな。

 絶対消してやる。絶対殺してやる」

 

 非常に物騒な事を呟いており、実際に彼女はそれを実現させられるだけの力を持ち合わせている。

 彼女自身には遠慮する理由など無い。ポーチから愛用のカッターを取り出し、カチカチと音を立てながら刃を伸ばした。

 

「あン? それでどうするつもり? オレ達を倒そうって?」

 

 カッターを使って人を躊躇無く傷つけられる人間なんてそうは居ない。

 そういう事を知っているからこそ、不良たちは物怖じしなかったのだろう。

 ただ、相手は人間ではなく悪魔だった。それだけの話だ。

 

 リューネはゴミクズを見るような目で不良たちを睨みながらカッターをゆっくりと振り上げる。

 そして、振り下ろす。

 

ブスリ

 

 そんな嫌な音を立てて、カッターの刃は()()()()()()刺し貫いた。

 

「は、はぁっ!? 自分を刺した!?」

 

 刺された……と言うか刺した本人も痛みは感じているようだ。傷を押さえながらうめき声を上げ、しかしどこか恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「……面倒くさい。悪魔なのに人殺しもできないなんて。

 でももうすぐ、もうすぐだ。その時は千倍で返してやる。

 アハッハッハッハッハッ!」

「な、何だコイツ!? に、逃げろ!!」

 

 不良たちの判断は賢明だったのだろう。リューネは逃げ去る不良たちから興味を無くし、無表情で再びたい焼き屋に向かった。

 

「お、お嬢ちゃん……だ、大丈夫かい?」

「……全種類1コずつちょうだい」

「えっ? ああ……うん。ちょっと待っててね」

 

 今の彼女は、一般人に直接危害を加える事はできない。

 正統悪魔社の術士によってある暗示がかけられているからだ。

 

 その内容は『一般人に殺意を抱いた場合、攻撃対象を自分に変換する』というものだ。

 殺人事件が発生したら大騒ぎになるが、自傷行為をするサイコパスが居るくらいならギリギリセーフという判断だろう。

 そんな判断のおかげでどれだけの事件を回避できたのかは……彼女の傷の量を見れば後は語るまでも無かろう。

 

 彼女はある意味悪魔らしい悪魔だ。本能の赴くままに、欲望の赴くままに動く。

 彼女のような悪魔と、理性により自律する悪魔。どちらの方が正しい姿なのかは誰にも分からないし、そもそも答えなんて無いのだろう。

 

 

 

 たい焼きが焼きあがるのを待っていると電子音が鳴り響いた。

 彼女の持っている通信端末が呼び出し音を鳴らしているようだ。

 

「はい、リューネ」

 

「……はぁ? 付近のヴィンテージの安否確認?」

 

「一週間前に確認したけど、無事でしたよ?

 何度も電波飛ばすの面ど……嫌なんですけど」

 

「……はぁ、私、幹部なんだよ?

 何でそんなお守りみたいな事をしなくちゃ……」

 

「あ~、もううるさい。分かった分かった。

 点呼取ればいーんでしょ。取れば」

 

 リューネはドクロの飾りのボタンを適当に押す。

 面倒とか言っていた割には簡単な動作で電波は発信された。

 

「はぁ、全員異常無しでしょ。っていうかそう答えなさい。

 そうじゃないと私の仕事が増えるから」

 

 タブレットのような物を取り出す。そこに表示されているのは近辺の地図といくつかの光点だ。

 この光点の一つ一つが正統悪魔社の悪魔が持つ改造駆け魂センサーの反応だ。異常無しと応答があれば光点は小さくなり、異常ありであれば赤く強く光る。

 そして、応答が遅い場合は応答すらできない異常事態であるとして時間経過で大きさと光の強さを増していく。

 

「……こんなに居たのか。ヴィンテージ。

 えっと、1番応答アリ、2番もアリ。3から5も大丈夫で……

 ……うん。大体オッケーだね。だから言ったじゃん」

 

 彼女が地図をしまおうとした時、1つの光点が目に止まった。

 

「……あれ? こいつまだ返信してないじゃん。

 一体誰? フィ……文字化けしてる。こんな奴居たっけな。

 ……そこそこ近い。遠かったら誰かに押しつけられたのに。

 仕方ない。行ってみようか」

 

 彼女は反応がある方向へと飛び立とうとする。

 が、飛び立つ直前でくるりと向きを変えた。

 

「おじさん、そろそろ焼けた?」

「もうちょっと……よし、完成だよ!」

「ありがと。これお代」

「はいよっと。えっと……はいお釣り」

「ん。じゃあね」

 

 大量のたい焼きを抱えて、リューネは反応のある方角へと飛び立った。







 地の文でリューネさんの事を『ヴィンテージの幹部』って言い切っちゃったけど、実際にはどうなんでしょうね? 少なくとも本人がヴィンテージを名乗ってる場面は原作には無さそうです。むしろ本話で引用した台詞からはヴィンテージとは別みたいな意識を読み取れなくもないです。
 一応、『幹部』とは自称しているみたいです。ただ、上位組織であるサテュロスの幹部という可能性もあり得そう。ヴィンテージのお守りに反発するくらいだからその辺でもおかしくはなさそうです。
 考えても結論が出るとは思えないので、ひとまず本作では『サテュロスの一員でありヴィンテージの幹部』くらいにしておきましょう。

 ……なおアニメ版では初登場シーンで『ヴィンテージのリューネ』と名乗っています。
 フィなんとかさんがリストラされた影響でアポロ襲撃も代理で担当したために『わざわざ名乗った上にアポロを仕留め損なう』とかいうドジっ子キャラになってますね(笑)


 原作を読み返すとリューネが敬語を使ってる場面があって地味に衝撃を受けました。
 一応エラい人相手にはそれなりの言葉遣いをするのかも……とか思ってたらすぐに常態に戻ってるという。
 気分が悪くない時はちゃんと使う感じなのカモ。


 リューネさんの言動を考えてみるとリョーくん達を殺す事なんて躊躇わないはず。
 だからまぁ、本文で書いたみたいな考察をしてみました。あのサイコパスを人間界に送るんだからあれくらいの安全装置は必要でしょう。
 そうなると何でわざわざ人間界に送ったんだという気もしますが……きっとアレです! あんなサイコパスを自陣の近くに置きたくなかったんでしょう!
 ……実は普通にリューネさんが自重してるだけかもしれないけど、この設定の方が狂人っぽさが出るのでそういうコトにしておきます。

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