もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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51 2つの戦場

 センサーの反応の元へとリューネは向かう。

 この街はそう広い街ではない。羽衣に標準搭載されている飛行魔法を使えば5分とかからず辿り着いた。

 

「……この家かな?」

 

 彼女の視線の先には1軒の民家があった。どこにでもあるような平凡な家だ。

 実は洋菓子店になっているとか、道場が併設されているとか、そんな事は一切無い普通の家だ。

 自分に余計な仕事をさせた愚か者の顔を見てやろうと地面に降り立った時、センサーから応答があった。

 

「……あれ? 何だ。ちゃんと返事できるじゃん。

 せっかく来たのに……」

 

 愚痴りながらも先ほど買ったたい焼きを頬張る。

 彼女が怒っているのか、それとも特に何とも思っていないのか、無表情な彼女からは読み取れない。

 

「……とりあえずコレ食べよ。ちょっと買い過ぎたかな」

 

 更に動くのも面倒なのだろう。近くの段差に腰かけてのんびり食べる事にしたらしい。

 その姿だけを見ればただの可愛らしい少女にしか見えない。何か怪我が多い事と、変な角が付いてる事を除けばどこかにありそうな風景だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな何の警戒もしていなさそうに見えた少女が、どこかの歌姫と違って突然の『不意打ち』に反応できたのは、やはり彼女が歴戦の悪魔であったからであろう。

 

 

 ガキィィンという金属音が響き渡る。

 襲撃者の持つ鎌による一撃をリューネがカッターにより防いだ音だ。

 

「……一撃で仕留めるつもりだったのじゃがな」

「ハァ、だから安否確認なんて面倒だって言ったのに。

 ま、これはこれでいいか」

 

 リューネは襲撃者の姿を確認する。

 その身に纏っているのは駆け魂隊の証である羽衣、油で汚れたボロボロの白衣。

 装飾の一部は欠損しているものの刃の部分は鋭く研ぎ澄まされている証の鎌。

 そして、特に隠されても居ないその素顔。

 

 彼女の顔はヴィンテージやその上の組織にも要注意人物として通達されていた。

 団体行動が苦手なリューネはそんな通達はよく見ていなかったため思い出すのに少し時間がかかったようだが、無事に思い出したようだ。

 

「……リミュエル。まさか人間界にいるとはね」

「私の事を知っているのか」

「まあね。こんな所で会えるとは思ってなかったけど」

「会いたかったとでも言う気か?」

「ここのところ退屈でさ。悪魔なのに暴れられないってどう思う?

 合法的に暴れられるせっかくのチャンスだ。私の退屈しのぎに付き合ってもらうよ」

「……噂に違わぬ狂人のようじゃな。お前がリューネか」

「うん、まあね。さぁ、はじめよっか。コロシアイを!」

 

 さっきまでの無表情とは打って変わって獰猛な笑みを浮かべている。

 それとは対照的にリミュエルは無表情で相手を見据えていた。

 

 裏世界の狂人、表の世界のエリート。

 この狭い街の片隅で、2人の悪魔の戦いの火蓋が落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、地区長から降格した某悪魔……ハクアも暗躍していた。

 与えられたナノマシンの解析を終えて羽衣を修復し終えた彼女は指示された場所へと赴いていたのだ。

 なお、ナノマシンには案の定勝手に行動ログを漏らすようなウィルスが仕込まれていた。どう対処すべきかはかなり迷ったようだが、ナノマシンを完全に初期化することで対処したようだ。あっさりと対処してしまうと逆に怪しまれる可能性もあるが、このくらいは中古のパソコンを買う人の一部が普通に行うような行為なのでわざわざ注意される事も無いだろう。

 

「外から見た時は普通の民家に見えてたけど、すっごく嫌な感じの魔力を感じる。

 少なくとも旧地獄に関係するものがあると見て間違いないでしょうね」

 

 彼女が突入した時、建物の中は無人だった。全員出払っているのだろうか?

 だからと言って無警戒に放置されていたわけではない。

 入口には魔法で強化された鍵、内部のいくつかの場所には探知用の結界、その他複数のセキリュティが張り巡らされていた。

 

 しかし、忘れてはならない。彼女は同期の悪魔たちの中でも頂点に立った優等生である事を。

 人間の心を読み解くというアナログな事が要求される駆け魂狩りでは最初は酷い有様であったが、こういったデジタルかつロジカルに対処できる問題であれば彼女は非常に強かった。

 優等生である彼女は犯罪紛いの行為などしたことはないので最初は多少手間取ったもののセキリュティを次々と突破していった。

 

「しっかしやたらと厳重……厳重なのかしらコレ。

 基準が分からないから判断しようがないけど……これだけ仕掛けられてるって事は多分厳重なのよね?

 何か使える情報が手に入るといいんだけど」

 

 そんなこんなで一番奥の部屋へと辿り着いたようだ。部屋には地獄でよく使われているタイプのコンピューターと、その他よく分からない機械が無数に並んでいた。

 罠に警戒しつつもコンピューターを立ち上げて中身を探ろうとする。

 

「…………んっ、これは……」

 

 片っ端からフォルダを開いていたら怪しげなファイルをいくつか発見した。

 彼女は内容に素早く目を通していく。

 

「旧地獄の復活……? あれ? でもそれだけなら女神の力を取り除くだけでも……

 ……この魔力量の数値、境界壁に穴を空けられる最低魔力じゃなかったかしら?

 って事は天界にでも攻め込む気?

 ……違う。大規模な戦闘を行う準備はあんまりしてなさそう。ターゲットは人間界って事?

 えっと、旧悪魔が封印されているのは地獄のグレダ東砦だったはず。あの場所の座標は……流石に覚えてないわよ!

 ……あったあった。地獄におけるその座標って事は人間界基準だと……日本の…………この町の近辺ね。

 ……ああ、この座標か。地図は……ココか。って言うか桂木が通ってる学校の目と鼻の先じゃないの。

 これだけ探れれば十分かな? いや、もっと……」

 

 その時、彼女が右手首に付けていたブレスレットが光り出した。

 この建物に仕掛けられていたトラップを彼女なりに参考にして作ったアラームである。入口の扉が開かれると同時に光るように設定されていた。

 

「誰か帰ってきちゃったみたいね。見つからずに逃げ出す……のは流石に無理か。

 叩きのめして脱出するしか……いや、それやるくらいなら壁を破った方が安全か。どうせ侵入はバレちゃうだろうし」

 

 

 

 その後、帰ってきた正統悪魔社の悪魔が部屋に開けられた大穴と、ついでのように破壊されたコンピューターを発見する事になる。

 その報告がリューネの耳に届くまで、そう時間はかからなかった。







 リミュエルさんがダミーの駆け魂信号を出していた目的はノコノコやってきたヴィンテージの連中を取っ捕まえる為だと思われます。
 なので、緊急時の呼び出し機能と発信機がセットになってる改造センサーを放置しておくわけがありませんね。桂馬の家に置きっぱなしだったのをこっそりとすり替えてありました。
 そして原作通りにリューネさんが点呼を取ろうとするなら……こういう展開は避けられないでしょう。バトル苦手なんだけどなぁ……
 多分具体的な描写は避けてちょっと後に終わったことにする事になるでしょう。(と言うかなりました)


 原作ではハクアが地獄から帰還してから桂馬に合流するまでの活躍が全カットされてるけど、こんくらいの事をしていたんじゃないかなと。
 ゲームじゃあるまいし、『ヴィンテージの計画はこうこうこういうもので、決行はいつだ!』なんてことがストレートに分かるのはあり得ないとまでは言わないけど望み薄な気がします。
 だから、断片的な情報を集めて推測していったのではないかなと。

 境界壁なんて単語は本作オリジナルです。読んで字のごとく三界を遮る壁をイメージしています。
 優等生のハクアなら物理の授業で第二宇宙速度を暗記するようなノリで境界壁破壊の最小魔力とか知っててもおかしくないかなと。

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