もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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52 逃走

 リューネとリミュエル。2人の悪魔は互角の戦いを繰り広げていた。

 決着が付かない理由はいくつかあるが……最も大きな要因はお互いに全力ではないからだろう。

 

 何度も言うようだがリューネは狂人だ。

 そんな彼女は戦いの中で自身が傷つく事すら楽しんでいる節がある。

 そこそこ本気での戦いによる命の削り合い。それを彼女は楽しんでいる。

 所詮この戦いは彼女にとってはただの退屈凌ぎだ。全力には程遠い。

 

 一方、リミュエルはそんな個人の趣向とは関係無く真面目に戦闘している。

 それでも全力ではない理由、それは単純に全力を出す事ができないからだ。

 正統悪魔社の連中は女神すら殺しかけた呪いを使う事ができる。

 寿命を代償にするという禁断の武器だが、あのリューネならリスクを知った上で使ってもおかしくは無いだろう。

 同じ呪いでなくとも、『無防備に受けたら即死する』という類のものが他にあっても何ら不思議は無い。

 そういったものに対応する為に余力を残さざるを得ないのだ。相手が余力を残しているなら尚更である。

 彼女とて戦闘で命を落とす覚悟くらいはできているが、それは命の危機に無策で突っ込むという意味ではない。奮闘の結果の死と死亡前提の作戦とでは天と地ほどの違いがあるのだ。

 

 

 と、そんな戦いを続けていたら不意に呼び出し音が鳴った。

 

「出ぬのか?」

「……せっかく面白くなってきてたのに。一体誰?」

 

 お互いに武器を構えたまま、リューネは通信機を手に取った。

 

「はい、リューネ」

 

「……は? 侵入者? 一体どこのどいつ?

 そのくらい自分で対処しなさいよ」

 

「……へぇ。なかなか面白そうな相手っぽいね

 分かった。殺すのは勘弁してあげる」

 

「は? あんたの事に決まってるでしょ。

 じゃ、今から行くから」

 

 通信は終了したようだ。

 通信中もお互いに不意打ちを試みていたようだが、お互いに隙が無かったため睨み合いのまま終わった。

 

「そういうわけだから、ちょっと行ってくる」

「黙って見送るとでも?」

「私を殺そうとするって事は正義の味方って事でしょ? なら確実に見送るよ」

 

 そう言うとリューネは持っていたカッターを遠くに放り投げてから全速力で飛び立った。

 

「……味な真似をしてくれる」

 

 そのカッターはただのカッターではなかった。と言うかカッターという呼び方がそもそも正しくない。

 その正体は擬態を得意とする魔界の生物だ。

 あのリューネが従えていた生物なだけあってエルシィが度々持ち込む連中とは比べ物にならない危険度を備えている。

 放っておいたら数週間か、あるいは数日で舞島の街の住人が喰らい尽くされるだろう。

 

 強力な武器にもなっていたカッターを手放したリューネ。

 先ほどまでより戦闘力の落ちている今なら追撃すれば倒す事は不可能ではないだろう。

 しかし、リミュエルは無辜の民を犠牲にするような悪魔ではない。

 

「厄介な相手じゃが……よかろう。骨の一欠片すら残さず葬り去ってやろう」

 

 

 

 

 ……その後、その生物を完全に抹消した頃にはリューネに完全に逃げ切られていた。

 リミュエルは苦い顔をしながら懐の中のフィオーレから没収した改造駆け魂センサーを握りつぶした。

 

「同じ手はもう通用せんじゃろうな。どうしたものか」

 

 発信器や罠の類に警戒をしつつ、リミュエルはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ハクアは……桂馬の家に居た。

 

「ふぅ、ようやく帰ってこれたわ」

 

 正統悪魔社の悪魔の追跡には最大限警戒しつつ、無事に帰還を果たしていた。

 

「桂木たちはまだ帰ってきてないみたいね。

 ……ああ、明日から学校祭があるのね。前夜祭があるみたいな事を言ってたっけ。どのくらいかかるのかしら?

 …………地獄絡みのトラブルに巻き込まれてるとか無いでしょうね? 様子を見に行った方が良いのかしら」

 

 通信機となる駆け魂センサーはハクアもエルシィも常に持ち歩いている。

 何かあればすぐに連絡が飛んでくる……と信じたいが、エルシィなので断言はできない。

 他にも、通信する暇すらないほど危険な目に遭っているという可能性もある。

 

「……やっぱり様子を見に行っておこう。予定通りなら学校に居るはず。

 飛んでいきたいけど……流石にちょっと目立つかも」

 

 先ほどそう遠くない場所にある正統悪魔社の拠点にケンカを売ってきた所だ。今頃は結構な騒ぎになっているだろう。

 ちゃんとした魔力探知であれば透明化を看破する事はそう難しい事ではない。個人で簡単にできるようなものではないが、あの組織であればそれくらいはできるだろう。

 

「……のんびり行きましょうか。

 そう焦る事も無いでしょうし」

 

 そしてハクアは家を後にした。

 桂馬たちと合流するまで、もう間もなくだ。







 原作最終巻ではカッターはカッターではなかったみたいですが、初期はどうだったんでしょうね?
 最初からカッターではなかったのなら、リューネの自傷行動には使い魔に()を与えるという意味合いもあったのかも。

 リューネさんとリミュエルさんの戦いは放っておくとどちらかが死ぬまで続きそうだったのでこんな感じで中断させてみました。
 と言うかどっちも負けるイメージができない。

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