「お姉ちゃんはね、ニンゲンが嫌いなの」
吉野郁美の相談はそんな言葉から始まった。
「……驚かないんだね。お姉ちゃんがニンゲン嫌いだって聞いて」
「そのくらいは予測していたからな。
あの『普通』の性格を演じているのは他人と関わりたくないからだろうって」
「本当になんでもお見通しなんだね」
「まあな。次は茶道部に入ってる理由でも説明しようか?」
郁美は驚きながらも頷くのでその答えを口にする。
「君のお姉さんはそのニンゲン嫌いを矯正する為に、人と直接向き合う茶道部に入っているんだろう?
つまり、彼女は人間が嫌いと言うよりもそういう自分が嫌いなんだ」
「あのさ、君って本当に人間?」
「言ったはずだ。僕は神だと」
「あはは、そうだったね」
「それじゃあ君の相談事は『君の姉の性格の矯正』という事で良いんだな?」
「うん、その通りだよ」
今日の朝の議論の時点で方向性は完全に合っていたんだな。
だが、方針は断定できてもまだ情報が要るな。
「いくつか確認したいんだが……
まず、念のための確認だ。性格の矯正は本当に彼女本人が望んでいるんだな?」
「……うん、間違いないよ。
前からお姉ちゃんは人と普通に話せる私の事を羨むような事を言ってるし、最近ではなんかこう、自分をけなすような言葉が増えてるんだよ」
「そうか。なら間違いなさそうだな」
目の前の妹が嘘をついているとかじゃなければ間違いないだろうし、その妹は嘘をつくような性格には見えなかった。
とりあえずは信用して良いだろう。
「ねぇ、お姉ちゃんが何か思い悩んじゃうようになったのってさ、やっぱり桂木くんを好きになっちゃったからなのかな?
桂木くんと話せるようになりたいから、そうなっちゃったのかな?」
『好きになった』か。
麻美が僕に抱いている感情はおそらくまだ恋愛感情ではないのだが、まあわざわざ指摘する必要も無いか。
「他に心当たりが無いのであれば、その可能性が高いな」
「やっぱりそうだよね。う~ん……」
「それじゃあ次の質問をさせてくれ」
「うん、どんと来い!」
「自分で矯正したがっているという事は、茶道部に入る以外にも色々とやってたはずだ。
どういう事をしてどういう風に失敗したのか知りたい」
「うん、えっとね、クラスでの行事とか皆でどこかに遊びにいく時とか、そういうのには積極的に参加するようにしてるの。
参加するようにはしてるんだけど……途中から耐えきれなくなっちゃうの」
「耐えきれなく?」
「うん。具合が悪くなって、酷い時には吐いちゃったりとか」
「それは……重症だな」
そんな思いをしてまで矯正したがっているのか。
麻美の本来の性格……という言い方も少々おかしいが、本来の性格は人と話す事が好きなのかもしれないな。
それこそ目の前の妹のように。
似ているのは外見だけかと思ったが性格も似ている、とまでは言わずとも通じるところがあるようだ。
しかしここまで重症となると正攻法のゴリ押しでは逆効果になるだろうな。
いや、そもそも正攻法で治るもんなら心のスキマにはならないか。
心のスキマ、その原因……
……どうやら彼女は、本当に人と話す事が好きらしいな。
「喜べ吉野郁美。
エンディングが、見えたぞ」
「……へ?」
「彼女の悩みは近日中に解決する、と言ったんだ」
「ほ、ホント!?」
「ああ。但し、お前の協力が必要不可欠だ。頼めるか?」
「勿論だよ!」
「それじゃあまずは連絡先を教えてくれ」
「うん! えっと……」
その後、今後の大まかな計画を話し合ってから解散になった。
「お、お帰り桂馬くん、ど、どうだった?」
家に帰るなり中川が凄く不安そうに声をかけてきた。
どうしたんだ? 一体何が……ああ、アレか。
「安心しろ。今後お前の出番は無さそうだ」
「よ、良かったぁ……
……良かったんだけど、その言い方は何か嫌だな」
「そうか? スマン」
万が一の場合は僕ではなく中川が麻美を攻略するなんて話になってたからな。
杞憂で済んでほんと良かった。
「やっぱりあの子は別人だったの?」
「ああ。吉野郁美、双子の妹らしい」
「妹さんだったんだね。凄くソックリだったよね」
「会話しなかったらまず間違いなく気付かなかっただろうな」
きっと学校では僕達以外の人間とは話さなかったんだろう。
世間話するような友達も居ないはずだし。
「あ、そうだ。今週末のお前の予定ってどうなってる?」
「え? 今週末?
えっと、今はエルシィさんが手帳を持ってるからちょっとあやふやだけど……確か、『ガッカンランド』って所でイベントだったはずだよ」
「『ガッカンランド』……確か、室内型の大型アミューズメント施設だったな」
一言で言うと大型のゲーセンみたいな所だが……
カラオケやボウリング、漫画喫茶にレストランまで一つの巨大なビルに収まっている。
目玉の施設としてジェットコースターがあり、ビルの中に強引に組み込まれたソレは非常にスリリングで人気だとか。
そんな感じの事をどっかの
「そのはずだけど……もしかして、攻略予定日と被る? 予定空けた方が良い?」
「いや、問題ない。
無難にデゼニーシーで決着を着けようと思っていたが、そこに変更すれば良いだけだ」
「え、大丈夫なの?」
「人が大人数で騒ぐような場所ならぶっちゃけどこでも良かったからな。
むしろ天気が悪くても延期せずに済むそっちの方が都合が良いかもしれん」
「それなら良いけど……」
中川は不安そうにしながらも頷く。
しかしすぐにハッとしたような表情になった。
「え、人が大人数で騒ぐような場所に行くの?」
「ああ」
「吉野さんって人と関わるのが苦手なんだよね? そんな場所に連れて行って良いの?」
「まぁ、大丈夫ではないだろうな」
「大丈夫じゃない事は分かってて、それでも行くんだね?」
「ああ」
「……何も考えずに安直に人と関わらせて吉野さんの人間嫌いを克服させようとしてるとかなら全力で止めたけど、分かった上で行くんだね。
ならきっと桂馬くんなりの考えがあるんだろうから止めない。任せたよ」
「ああ。そっちも最後は任せたぞ」
「うん!」
その後、夕方過ぎくらいにエルシィが帰宅。
中川の予定が詰まった手帳を確認して週末の予定を再度確認したら問題は無かったので作戦を決定する。
続けて、家の電話を使って吉野郁美と連絡を取る。
「もしもし、僕だ。桂馬だ」
『さっきぶりだね。どうしたの?』
「ちょっと追加で頼みたい事ができたんだが、今大丈夫か?」
『だいじょぶだよ~。どうすれば良いの?』
「人を集める場所だが、ガッカンランドにしてくれ。可能か?」
『あ~、あそこね。今話題になってる所だし大丈夫だと思うよ』
「そうか。じゃあ頼んだぞ」
『うん。じゃあね!』
これで一番面倒な準備は全て吉野郁美がやってくれる。
後はエンディングまで一直線だ。